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全て考えることを放棄した訳ではない、はず。


――考えることを諦めた、と告げたシロの目は、諦めの目ではない。そのくらい私にだってわかる。


「篝火の炎じゃ、完璧にはそうだと言いづらいけど、あの中はかなり明るかった。あのカラフルな髪の色は、ヅラや染め物ではない。あの甲胄だって、コスプレの為に用意した紛い物じゃない、使い込んでる傷も見受けられた」


 彼女は男どもと対峙しながらも、状況把握のため観察していたらしい。動きながらなのに器用だと楓は感心する。


「最後の変態が抜いた剣も、おそらく本物の剣だ。他の奴らだって帯剣してた。剣を抜く前にぶちのめしたから、本物かわからんけど、剣が地面に転がった時の金属音からして、偽物だとしてもかなりの重量だ。コスプレの為にあの重さは出さないと思う。よほどのスキモノじゃなければ」


 男たちと戦ったシロは、色々見て、聞いて、考えていたようだ。


――シロちゃんってば、ちゃんと喋れるのね、今まで短文な言葉しか聞いてなかったから、そう言う喋り方の子かと思ってたわ…。


「後からきた2人、あいつらも、常日頃から鍛えてる人たちだろう。クロをお姫様抱っこして、雪道を平気な顔して歩いていたし、デカい男は見るからに筋肉質だ」


 シロはよく見ているようだ。

 楓は、自分のいた世界と、違うものばかり見えて、泣きそうになっていたのに。


「すごいね、シロ……私は、ただ混乱してばっかりだったのに……」


 楓は俯向(うつむ)く。狼狽えるしかできない自分が、とても恥ずかしくなった。シロは、そんな彼女の頭をぽんっと叩く。


「言っただろ? わたしは考える事を放棄した。自分の知ってる物と比べて考えるより、目の前に起こってる事の対処を優先したんだ。久し振りに、派手に暴れることができて、スッキリもした」


 楓に罪悪感が出ないように、言葉を選んでくれてる……と感じた。

 知らない世界で、ひとりぼっちじゃなくてよかった……と楓は心底安心した。


 2人は風呂から出る。


「シロ……その背中の傷どうしたの?」


 備え付けのタオルで体を拭いてると、シロの背中にある沢山の古傷が目についた。

 シロは何事もなかったかのように、「ガキの頃施設で受けた虐待の痕だ」とあっけらかんと答える。

 答えづらい事を聞いてしまったか、とあわてて楓は謝ったが、シロは楓に堂々と背中を見せて、ニッと笑う。


「歴戦の猛者っぽくてかっこいいだろ!」


 シロの背中は鍛えてあるのか、細マッチョみたいな筋肉質で、傷痕が本当にそのように見える。


「ふふっ、確かにバケハンのハンターさんみたいね」


 楓は、自分が遊んだ事のあるハンティングゲーム『バケモンハンター』通称『バケハン』又は『ケモハン』のプレイキャラを思い出す。

 キャラクターメイキングはありつつも、男女ともに細身のなよっこい容姿には、出来ないやつだ。

 瞬間移動のような動きをするわけではなく、武器を使って武器固有の決まった動きで、バケモノを狩るゲーム。

 シロもバケハンを知っていたようで、2人はその話題で盛り上がった。

 体を拭き終わったところで、2人は動きを止める。


「「着替え、どうしよう……」」


 ハッキリ言って、体を洗う前に着ていた物を、体を洗った後に、身につけたくない。シロも同じようである。

 その時、少しくぐもった音の、ノックが聞こえた。部屋のドアが叩かれたようだ。

 シロが脱衣所のドアを開けて、部屋の外に繋がるドアへ向けて、声を上げる。


「誰だ?」

「先程の者です」


 全員名前を名乗ってなかったから、名前で応えても意味がないと思ったのか、金髪の男の声は名を名乗らず、声を返す。


「着替えが無く、ドアを開ける気になれん」


 シロは、ぶっきらぼうかつストレートに、現状を伝える。

 すると、金髪の男は、「脱衣所の中に衣服用の浄化魔導具があるので、そこに衣服を入れると、10秒くらいで服がキレイになります」と教えてくれた。


 脱衣所を見回すと、学校にあった掃除用具が入っていたような、ロッカーくらいの大きさをした箱が設置されている。

 2人は、脱いだ服を入れて、ロッカー? の扉を閉めて、10秒くらいして、半信半疑で扉を開けると、そこにはシワひとつないスーツや、さっきまで汚れていたはずだった作業着などが、キレイになった状態で、何故かキレイに畳んである。

 シロは30秒くらいでサクサク着替えて、脱衣所を出る。


「クロはゆっくり整えてから、おいで。わたしが出たら、念のためカギかけな? あいつらが脱衣所に行こうとしたら、蹴り上げとくから」


 と言って、彼女は脱衣所のドアを閉めた。

 言われた通り鍵を掛けて、落ち着こうと自分に言い聞かせながら、着替えをする。


――まだ手が震えてるの、バレちゃっていたのかしら


 と手を見て、握って、開いてを少し繰り返してから、着替えだした。



「すまん、時間を取らせた」


 シロは軽く謝罪して、扉を開けた。


「いえ、此方こそ説明が足りず、申し訳ありません」


 突然、髪の色や長さが変わったシロに、吃驚しながらも、金髪の男は、町で買ってきた食事を手渡そうとしたが、シロは部屋へ入れと、無言で促す。

 金髪の男と、後ろにいた大男は、夜に女性の部屋に入るなんてとんでもない! と首を横に振るった。


「現状の把握がしたい。腹も減ったから、食いながら聞きたい。どうしてもと言うなら、あんたらは装備全部外して、ドアの近くに置いて、わたしはモンキー……武器を片手に話を聞こう」


 シロは、リュックサックから飛び出してる金属を手に取り、引き抜く。先程、甲胄集団と戦っていた時に手にしていた、工具が出てきた。

 謎の譲歩を行う事で決着がつき、男2人が軽装になった所で、楓が脱衣所から出てきた。


「クロ、飯食おう!」


 楓はシロに促されて、暖炉の近くにある、応接セットのようなソファに腰を下ろした。

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