初めてのテラリウム@異世界
時は少しだけ遡る。
月華がうどんを作り始めている頃、屋敷のどこかの部屋で、テラリウムに没頭する楓とアレクライト。
「出来たー! いい感じだわ!」
「こんな感じかなぁ?」
楓とアレクライトが、思い思いのテラリウムを作り上げ、笑顔を浮かべる。
楓は花のように見えるものを多く使い、花畑風に作り上げた。
アレクライトは草っぽくみえる物を中心に、植物園風に作り上げた。
お互いに褒め合っているところで、ディジニールが帰ってきた。
出来たテラリウムが嬉しくて2人はディジニールへお披露目する。
「ディジー、見て! 可愛いでしょ! お部屋に置く植物にピッタリじゃない?」
「んまぁ! 何これっ!見た事ないわ、可愛いじゃない!! 葉っぱのオブジェ?」
テラリウムについて説明すると、ディジニールのお店に置いてみよう、となったので、楓は紙を取り出し、掛かった費用を書き出した。
小さな多肉植物や小石の代金から、使った分のパーセンテージを書き出し、ガラス容器の代金を書く。お金と数字だけは覚えたのだ。10進数でよかったと心の中で安堵する。
文字は翻訳チートを駆使して、頭の中の日英辞典ならぬ日異辞典で辿々しく書いていく。
「材料費の原価はこんな感じね。あと制作人の人件費の相場はわからないから、書いてないわ」
「あんた……何でこんな事まで出来るのよ……」
簡単な明細を書き上げる。客先提出じゃないので、こちらの利益は乗せず、原価としての一覧を書き出す。
仕事をしていた時は、プログラム組むだけではなく見積書だって作っていたので、物品があり値段がある明細書など、お手の物だ。
楓とアレクライトの作った物では、ガラス代と、使用した植物の種類が違うので、金額も異なる。
「小売からではなく、卸売から仕入れれるようになれば、原価はもっと下がる可能性があるわ」
計算が出来れば、問題なく算出できる内容だ。楓は明朗会計のために、ディジニールに報告。
細かい計算を暗算で行う様子に、教育水準が高い所から来たことを、アレクライトとディジニールは再認識する。
「だけど、コレは渡さないわよ?」
楓は雫型のガラスをサッと下げる。
この世界での楓テラリウム1号なのだ、手放すものかという気分である。
アレクライトも、自分の部屋に飾るから渡さないとディジニールの前から遠ざける。
残りの材料で再び作り出す。
アレクライトも慣れたのか、先ほどより手早く多肉植物を切り出し、挿していく。
残っていた容器で別のテラリウムを作り上げた。
「これ、お店に置かずにアタシの部屋に飾るわ……」
掌に乗るガラス容器の中にある、小さな花畑を見てうっとりするおネェは、ポロリと言葉を溢す。
お店に置いてもらわなきゃ、売り物になるかわからないと楓が慌てるが、ディジニールは確実に売れると睨んでるので、材料の仕入れ先を考えているという。
「でも、やり方さえわかれば、誰でもできる物だし、ロングセラーにはならなさそうよ?」
「1番初めってのが肝心よ。商品登録を行って販売契約を結べば、独占販売が5年間可能だし、その間に、模倣した物を売ると罰せられるのよ」
商人でもあるディジニールはちゃんと継続的にお金になる道を教えてくれる。何も知らない楓を騙して、利益を毟り取る事も出来るのに。ディジニールの優しさに嬉しくなる。
「商品登録とか……私、住民登録ないんだけど無理じゃない?!」
「とりあえずこっちで、移民として登録するわ。身元保証人でシェリッティアが入れば、審査で落ちる事はないもの」
異世界人という事は伏せるそうだ。
登録はしても国籍を持たない事も可能で、出国の際の身分保証にもなるそうだ。
過去の教訓から、王族によって民衆のストレスの捌け口にされたりしないように、異世界人ではなく、移住希望の一般人として登録する事に決めたそうだ。
その方が出国もしやすいので、国外に行きたい・暮らしたいなどの様々な希望にも対応できるようにしておく。
住民管理の甘い国から来たということにすれば、照会されても辿りきれないので、登録は簡単なのだそうだ。
それらは、シェリッティア家とスヴァルニー家で密かに取り決めたそうだ。王族が保護しなかった場合としての措置として定めた物だが、まさか現実になるとは思わなかった。内心ディジニールは、大きなため息が漏れる。
異世界の人というのは、民の間に伝わっているものは聖女の事のみ。聖女は歴史の教科書にも出てくるが、他の巻き込まれた人の内容が出てくるのは、癒しの魔女だけだ。
『〇〇年の聖女召喚と同時期に現れた魔女で、正体は謎』と、1〜2行書かれてあるだけ。
巻き込まれた人は記録も少なく、一般人として暮らし帰れないまま、この地に眠っていった。
「ただ、登録は年明けがいいわね。一旦うちの実家で記録読んでから、身の振り方を決めたいでしょ? それまでに材料の仕入れ先選んでおくわ」
「何から何までありがとう、ディジー」
「ふふっ、チカラになれてるなら、これ以上の喜びはないわよ」
様々な可能性を提示してくれる友に感動しきりだ。
ディジニールがテラリウムの代金を払うと言い出すと、楓は首を振って断った。
「友達へのプレゼントよ」
「カエデ……! あぁん、かわいい子ね!」
ディジニールは楓に抱きつく。楓も背中に手を回し抱擁する。アレクライトに射殺さんばかりの瞳を向けてられてるおネェは、悪戯じみた笑顔でべっと舌を出していた。
楓はディジニールを、男としてのカテゴリから外してるのだ。なので抱擁も恥ずかしくなく行える。
羨ましいような気がしなくもないが、その域に行くべきではないので、ぐっと奥歯を噛み締めて堪える男の姿がひっそりあった。
「オレも、カエデが作ったテラリウム貰っていいかな?」
残ってる材料で楓は2個、アレクライトは1個テラリウムを作り上げていた。
楓は勿論! と頷いたので、アレクライトは自分が作ったテラリウムを、恥ずかしがりながら差し出した。
「カエデに習って作った拙いものだけど、オレの作ったのと交換でいい?」
イケメンが頬を赤らめるの眼福!! と心の中でガッツポーズをしながら、ニッコリ笑ってテラリウムを交換する。
よく異世界転移物のラノベやゲームだと、男の人は宝石やドレスを贈るけど、そんな贅沢品より心のこもった、小さな世界の箱を貰う方が嬉しいんだな、と楓は心が暖かくなる。




