趣味って時々すごい勢いになるよね。
「好きだけど、足りないわ……」
「え?」
真顔になって足りないと言う。こんなにサボテンがあるのに何が足りないのか、と思いながらアレクライトはこ首を傾げる。
「テラリウムを作りたくなったのよ 」
「テラリウム?」
テラリウムはここにないのか、アレクライトに興味がないのか通じなかった。語りたくなったので、場所を移動した。
開店してから時間が経ってないのか、客が少なめの喫茶店でテラリウムについて説明した。
向こうにいた時の趣味で、たまに熱が上がり、作りたくなるものだった。
穴の開いたガラスなどの透明な器に、石と土を敷いて多肉植物をちょっとずつ挿していくもので、バランスよく飾りつける。出来上がったものはインテリアとしても使えるもので、作りっぱなしにはならないし、会社のデスクにも飾っていた。
「……それ、ニール君に相談してみたら? もしかしたら仕事になるかもよ?」
本当のところアレクライトは、相談しろと言う言葉は掛けたくなかった。女性に仕事をさせるのは恥という感覚があるので、仕事をさせるような真似はしたくなかった。
自分の恋人でもないのに、そんな気分になるのは既に彼は楓に囚われてるから、なんとしても添い遂げる存在になりたいと、気持ちが逸ってる。
だが、ゼランローンズと話をして、仕事面では男性と同じように接する方が彼女たちにとって、侮辱にならないであろうと言われて、そう接するよう試みる。
「……! どうかしら……でもやってみたら案外行けちゃうかもしれないわね! なら、材料買って実物をディジーに見てもらおうかしら……!」
「じゃあ、ガラス工房にまず行こうか、ここから乗合馬車で10分くらいのところにあるよ」
パッと明るくなる顔に安堵してしまう。やはりゼランローンズの読みは当たっていたようで、少々悲しい気分になってしまうが、彼女の笑顔のために、この街にある店を回ろうと、記憶を総動員させた。
「ごめんなさい、何だか巻き込んじゃって……」
「いいのいいの、テラリウムっての気になるし!」
「じゃあアレクも一緒に作りましょ!」
「わかった、楽しみだ」
可愛らしい雑貨屋の後に喫茶店で一休み。
デートっぽいけど、中身がなんか違う気がする……と各々が心の中で独り言つが、デートだと言い聞かせて席を立ち乗合馬車の停留所へ行く。
のんびり趣味のために出掛けるなど、半年以上していなかった楓は、とてもわくわくしてた。自然と口は弧を描き、周りの景色も明るく楽しいものに見えてくる。
それから10分後、馬車を降りる。ガラス工房併設のお店で、ガラス製品を眺める2人。
小さな瓶から、大きなビーカーのような物まで、様々な物が置いてある。
その中で、楓は両手で底が包めるくらいの、下膨れ度合いが大きめな雫型のガラスを手に取った。隣で見ていたアレクライトは、瓶に加工するための素材である事を教えてくれる。
「これに穴が空いてたらカンペキだったのに…」
「おう? 嬢ちゃん、穴あけ加工をする為の商品だぜ? そりゃ」
楓の後ろから、屈強な体躯の男が声をかけてきた。
ガラス工房の職人さんだと思われる。オーバーオールのつなぎに、冬なのに日焼けした肌と半袖のシャツ。どう見ても売り子さんではない。
楓は振り向いて、職人へ瓶をだして、ここにこのくらいの穴が欲しい、と下膨れ部分に丸を描く。
職人は驚いたのか、目と口を限界まで開いてるような表情だ。
瓶として使うには、あまりにもおかしい位置に穴が欲しいと言うのだから当然だろう。
だが、客の要望だ、応えよう! とニカッと笑う。
他にも、球に近い物を手に取り、正面やや上に穴を頼んだ。立方体の天板部分が開けてる物なども購入。
箱に綿を詰めて梱包してくれた。
雪道に慣れてない楓が持つのは危ないと、アレクライトが荷物を持ってくれる。
確かに転んでしまったら、せっかくのテラリウムが作れなくなるので遠慮なく甘えておいた。
そして、園芸用品店へ行き、小石を買い、小鉢の多肉植物を7種ほど買って、中々の荷物になったので帰る事にした。
雑貨屋で見た多肉植物より、種類が多くてあれもこれもと買ってしまいそうだった。
選択肢の分母が広がるのは、目と財布に毒だ。選べなかった物への後悔をしそうだったが、吟味して選んだ植物たちを飾りつけて、目一杯楽しんで愛でよう。と決意し帰路に着く。
部屋へ戻り、メイドさんから、クタクタになった雑巾になるような余っているシーツをもらって、テーブルに広げ買ってきたものを並べる。
アレクライトに説明しながら、テラリウムを作っていく。
「小石を敷いたら、土をかぶせて、更に小石を敷いて、多肉植物を切って挿す。が基本なのよ。自分の好きな見た目になるように、飾るだけよ」
雑な説明だが、それ以上説明のしようが、楓にはなかった。習い事の教室に通ったわけでもなく、ネットで何かを調べてるうちに、脱線して見つけた多肉植物テラリウム。
作り方のページだったので、そのまま読みふけり、ネットでキットを買って作るようになる。気づけば、バラで各材料を買うようになってのめり込んだ。
ガラスの中の小さな世界は、楓の心を癒す効果があった。
小さな癒しの世界を再び作れる事に喜びを感じ、指を進めるのだった。




