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何処にでもある『職場あるある』


 魔法療養士に診てもらった。

 呪いの残滓は無く、後遺症もない、至って健康。帰ってよし! と診察室を追い出された。


「何事もなくてよかった……」


 緊張が緩み、大きく息を吐き出すアレクライトに、楓は小首を傾げる。魔力の中毒症状と言われても、翻訳チートがイマイチ働かない。

 症状が多岐にあてはまる場合は、ふんわりと頭の中に『そういうのがある』としか浮かんでこないのだ。

 日本にいた時でもそうだった。盲腸は痛いと聞いていたが、なった事のない人は、どこがどう痛むのかなんてサッパリなのと一緒だ。


「魔力の中毒症状は、自分の魔力へ、害をなす魔力が、体に残ろうとまとわりつくんだ。その魔力が魔力だけでなく、体にも害をなして、痒みが起きたり、呼吸がしにくくなったりと鬱陶しいんだよ」

「拒絶反応みたいな感じね……」


 アレルギー症状みたいなものか、と詳しい説明を受けてようやく翻訳チートが働いた。もうチートではない気がすると思いながらも受付に行き、診察代をアレクライトが払い、建物を後にする。


 楓が払おうとしても、こちらの世界の人によって害されたのに、楓が得たお金を使わせるわけにはいかない、と断られてしまった。


 馬車には帰ってもらっていた。後遺症が酷かった場合、入院もありえるし、治療にかかる時間も長いためだ。


 なので巡回馬車に乗って、大通りに出て少しぶらついて帰る事になった。

 巡回馬車はバスの座席のように、長椅子が壁面に沿って設置されている。


「あれ? たいちょー?」


 巡回馬車に乗ると、アレクライトに声を掛ける男がいた。

 ガタイのよい人懐っこそうな笑顔を見せる青年だ。アレクライトも気軽に手をあげて挨拶する。


「元、だ。今日は非番か?」

「そうっす、お目当ての子とようやく、デートの約束できたんで張り切ってるっす。たいちょ……アレクライトさんもデートっすか?」

「そうだ」


 楓はグッと堪えて顔が緩むのを防いだ。きっとアレクライトは、面倒なやりとりを省略したかったのだろう。

 そう思うとちょっと寂しくなるのは、昨日月華に言われた言葉を、意識してしまってるせいだろうかと思ってしまう。


「あ、そうそう。3日後に、討伐遠征に行くんスけど、ボンとセイが参加したがってるんですよ」

「ボンは魔物に差し出せばいいと思うよ?」


 見習い隊員でも参加したがってるのか……先走るな、生き急ぐな若者よ……と知らない誰かを案じてる楓。

 5分くらい会話したところで、青年は馬車から降りてった。


「今度彼女ちゃんと紹介してくださいね、俺も彼女を連れて行けるように頑張るっす」


 ニカッと笑って馬車を降りてく青年に、楓は一礼だけした。

 アレクライトは楓の耳元で小声で話しかける。


「ボンはボンクラ、セイは聖女の事。さっさと騎士団やめて正解だったよ、ホントに……」

「え、討伐遠征について行くって、ピクニックじゃないんだから迷惑かけるんじゃ?」


 アレクライトの方を向いて、楓もつられて小声で言葉を返す。


「迷惑なんてもんじゃないよ。戦闘訓練してないボンクラが、以前討伐遠征に無理やり参加してきた事あったんだけど、近衛騎士が役に立たないんだよ。魔物と戦った事ないから、護衛も満足に出来なくて結局うちの隊員が、お守りに何人も割かれて、討伐の殆どをゼラに任せてしまった事があったよ」


 職場あるある。上の気まぐれによる業務参加(足手纏い編)である。

 楓にもあった。ろくにコードが組めない上司が、「このコードはこうじゃないのかね?」とか付け焼き刃の知識で意見してきた事があった。


 周りを見たら、トップ連中の参観日みたいな感じになっていたので、デキる上司アピールをしようと頑張ってるようだと悟るが、流石にそこは、第一線で頑張っている自分が折れる理由はない。「この言語が組めないから丸投げしてきたの課長ですよね?」と大きめの声で伝えたのは、懐かしい思い出。


 上司ならこうやって、鼻っ柱折ってやれば問題ないが、王族だとそうもいかないだろう。

 面倒くさい予感しかしないね、とアレクライトに言う。

 もう辞めたから関係ないけど、かつての仲間が苦労をするのは申し訳ないな、と眉を下げる。



 20分ほど馬車に揺られて大通りに着いた。アレクライトが先に降りて、後から続く楓に手を差し出しエスコートの形を取る。

 出逢って早々に、斜面を滑走してるので、足元に対する信頼感は自分の事ながらゼロだ。素直に手を取り降りる。

 降りた目の前に可愛らしい雑貨屋が見えたので、目を見開く。アレクライトはその様子を見てそっと、楓の手を引いて店に入る。


「うわぁ、可愛い……」


 可愛らしいシュガーポットや、猫やウサギのモチーフが着いたペン、ぬいぐるみ、薔薇が描かれたアロマスタンドなど、部屋にあるだけで明るくなりそうなアイテムが沢山だったが、楓がいそいそと歩いて向かったのは、雑貨屋のすみっこにある、サボテンなどが置いてあるエリアだ。


「明鏡、レインドロップ、リラシナ……子持蓮華もある!! 姫星、スマロに乙女心まで……! 仙女盃……うん? 季節がごちゃ混ぜね……??」


 自分の好きな多肉植物に目を輝かせながらも、売ってる時期がバラバラのものが沢山だ。

 店員が、そそそっと近寄ってきて、魔導具の植木ポットで、その植物に最適な環境を作っているので、季節問わず植物が手に入ると教えてくれた。


 ただ、割高のようだ。

 春型、夏型の植物の方が値段が高い。魔導具のポットによるプラスの値段分か……と目が据わりそうになる。


「カエデはサボテンが好きなの?」


 アレクライトが優しく訊いてきた。楓は笑顔で大きく頷く。


 このままおねだりしてほしいなぁと、アレクライトは思ったが、目の前の女性は、絶対に自分を頼ってくる事は無さそうだ。

 先程の魔法療養士の診察代だって、王に呪いをかけられたのだから、楓に非は何一つないにも関わらず、自分で払おうとした。

 そんな彼女が、初めて瞳を輝かせ食い入るようにサボテン見つめていたのだ。


 爛々と目を輝かせていたが、急に考えだす顔になり悩み出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「この言語が組めないから丸投げしてきたの課長ですよね?」と大きめの声で伝えたのは、懐かしい思い出。 良いね!
[気になる点] 楓はいつどうやって現地マネー稼いだんですか?
2023/10/21 14:24 退会済み
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