スーパー金持ちの実態は庶民にはわからない。
ふと月華は思い立ったように顔を上げて、アレクライトを見る。視線に気づいたアレクライトは先に口を開く。
「朝食後の食休みの後、カエデさんを魔法療養士に連れてくから、組み手はしないよ」
「あぁ、それは残念だが用件は違う。あん時の賭け、アレクたちの勝ちだろ? どうする?」
「そういえばそうだね。得意もしくは好きな物を、作ってくれればイイよ?」
賭けの話とは……あまり良くない事をしてるのでは? と思った楓は、事の流れを訊いて、遠い目をした。
己の酒乱っぷりをおさらいする事になるのだから、死んだような目で遠くを見つめるしか出来なかった。
「んじゃ、楓が医者っぽいとこ行ってる間に、買い物にでも行ってくるか」
「なら俺が街の案内と、荷物持ちで、着いて行こう」
「ん、よろしく」
ちゃっかり話を聞いていたゼランローンズが、名乗りを上げる。保護者という役割を負っているので、拒む理由はない、と月華は了承した。
この後は楓と月華は別行動になる。少しずつ離れる時間を作り、自立する頃にはお互い離れても問題ないようにしておこう。月華はそう考えてる。
「え、カエデちゃんもツキカちゃんも、出掛けちゃうの?」
リーナネメシアはせっかく休みで、(まともな思考を持った)稀人に逢えたのにー、と口を尖らせて不満を漏らす。
ディジニールは仕事で、貴族からのドレスオーダーを取りに行くそうだ。
「お前は侍女寮に帰ればいいだろう? なぜわざわざニールの家に来たのだ?」
「休みの日に寮にいても、専属だからって呼び出された子何人かいたのよ! 呼びつけに、慌てて休みの日なのに、わざわざお仕着せに着替えて、髪まとめて聖女のトコ行ったら、他の出勤者にも出来ることだったってのよ? 今じゃ誰も、あいつの専属は休みの日に寮にいないわよ! 寮から出ること考えてるわよ、専属侍女たちは!」
「……性格悪いのか……。今代の聖女は……」
その話を横目に聞いていた同郷の2人は、控えめに言ってドン引きしてた。
着替えや風呂なんて、現代日本人が使用人に任せるなんて聞いたこともない。もしかしたら自分が知らないだけで、どっかにはいるのかもしれないが。
家事をしてもらう家政婦・夫さんを雇っている金持ちハウスなら、テレビで見たりした事はあったが、それは金持ちの事で自分には無縁と思う。
そんな中、幼児ではなく、高校生が、堂々人を使用する胆力は、正直恐れ入ったものだ。
だが、申し訳ないとは一切思わなかった。
王族連中と連んでるならば、自分には関係ない人だと、心の中で切り捨てた。
話を聞きたくないのもあって、月華は楓に向かって口を開く。
「楓、うどん食える?」
「え、うん。好きよ?」
「よし、んじゃうどんを作るか。醤油がなければ、カルボナーラうどんになる」
「和洋どっちも大好きよ!」
つい、食い気味で返してしまう。うどんを作れるなんて凄い、とテンションが上がるのは仕方ないことだ。
楓にとってのうどんは、カップ麺か冷凍食品のうどん、もしくはチェーン店のランチで、手作りは存在していなかった。
「ウドンってなに?」
「こっちにうどん無いのか。なら尚更いい」
アレクライトがうどんという単語に首を傾げたので、賭けに負けたご飯は決まった。
ディジニールの商会でお箸を取り扱っていたので、貰っておいてよかった、と楓は胸を撫で下ろす。
「ん? ツキカあんた何か作るの?」
「あぁ、あっちで食ってたメシを作ろうかと」
「え、アタシも食べたいんだけど!!!!」
「え? 異世界ごはん食べてみたい!」
おネェと妹が食いついてきたので、頭の中で材料の分量を増やした。
部屋にキッチンルームもあったので、そこで作ろうかと思ったら、屋敷の厨房を借りれる事になり、早速買い物へ出掛ける。
アレクライトと楓は、療養士の所へ馬車で向かった。
ディジニールは異世界ごはんを楽しみにしておくわ、と嬉々として仕事に出かけていった。
月華とゼランローンズは徒歩で大通りまで行く。リーナネメシアも一緒に行くという。
「あの、アレクライトさん……」
「何ですか? カエデさん」
「えっと、その、月華にはとても砕けた口調ですよね? なら私にもそうして頂けたら……と思いまして……」
「彼女は淑女として扱われる事を嫌うようですので、ああいった口調になっていますが、これでも淑女に接する礼儀は弁えていますよ?」
「私が淑女だなんて……とてもむず痒くなってしまいます。砕けた感じでお願いしたいんです」
月華とアレクライトの砕けた感じが、とても羨ましく見えたし、月華は呼び捨てで、自分だけ敬称が付いているのは、とても疎外感を感じることを、辿々しくなりながらも伝えてみた。
アレクライトは眉を下げながらも優しく笑い掛けてくれる。
「カエデ。じゃあオレのことも、アレクって呼び捨てにしてね?」
「は、はいっ」
「敬語もなし。ツキカに喋ってるみたいにして?」
「わ、わかったわ」
少しだけ距離が縮まった気がして安心した。
魔法療養士に診てもらうというのは、翻訳チートで理解した。
魔力の残り香? 残りカス? がないか見てもらって、体に影響や後遺症が出てないかを調べてくれる人。
魔物から受けた毒とか、魔力が含まれた毒(魔力を持った毒キノコとか)の治療もしている。
中毒症状を回復してくれる人みたいな感じで、日本では全く馴染みのない職業だ。なんせ魔力がないから。
「駆け出し騎士の頃はよく、魔物に噛まれてお世話になったんだよ」
「噛まれて?! 痛そう……!」
「めっちゃくちゃ痛かった。しかもそれ、先輩がオレを盾にして負った怪我だから、すっげー理不尽を感じたね」
「え、先輩にって、普通、後輩を庇う立場じゃ?」
アレクライトは昔話をして空白を作らないよう、楓との距離を縮めれるよう言葉を繋ぐ。
お互いに距離を測ってる状態なので、ほんの少しずつ詰めてみようと、アレクライトは試みてる。
昔話を笑いながら言えば、楓の緊張も解れて会話が広がるかもしれない。
働いていた楓は、職場の理不尽あるあるに食いつき、会話は弾む。楓の持っていた、職場理不尽あるあるも聞いて、大いに同意したり常識の違いに内心驚いたり。
お互い、ほんの少しだけ、距離が縮まったような気分を持っていた。
そして、魔法療養士のいる建物へ到着する。




