とろける金髪は省略されました。
予定外のゴッドハンド(仮)を手に入れてしまったが、まだ確証を得たわけではない。
仮定の段階で話を広めるのは、やめたほうがいい。確定要素が欲しい。
「やはり魔力は流れてないな……」
ゼランローンズは再び、月華の手に触れじっくりと見つめる。
手のひらに指を這わせてみたり、手の甲に自分の掌を当ててみたりして、魔力の流れを見てる。
そんな中、再び部屋の扉が開かれるが、2人とも気づかず集中していた。
「カエデ嬢は、熱はまだ高いが、容態は安定してるそうだよ」
アレクライトが入ってきた。
2人は丁度いい! とアレクライトをテーブルのところに招いた。
そして月華のゴッドハンド(仮)を相談する。
手を取り、指を這わせていた雰囲気からして、花開く相談かと思ったが、そうではない事にガッカリしたが、内容を聞くうちに、甘い雰囲気を期待していた思考は吹き飛び、眉間にシワがよる。
「だからな、アレク……」
「オレが痛いのは却下だよ?!」
「いや、既に金髪兄さんは筋肉痛だろ? だから、ちょっとその辺、10キロくらい全力疾走して、筋肉痛を鍛えてくれれば……」
「痛みを鍛えるって何?! これでも、結構動くのしんどいんだよ?!」
「なら痛みが消えたら、ちゃんとわかるのか……?」
月華は腹筋のある部分を突いてみると、アレクライトは顔を歪めて痛がった。
これなら検証出来るだろう、とゼランローンズは自室の風呂にアレクライトを押し込んだ。
そしてベッドルームに、背もたれのない長い椅子を運び込み、防水布をかけ、マッサージオイルを用意する。
「マジかよ……どうしてこうなった……」
片手で顔を覆って、項垂れる月華とゼランローンズ。
ぴょんぴょん飛び跳ねて、体を動かすアレクライト。
「ツキカさんは『癒しの魔女』みたいですね。過去に治癒魔法が使えた方のようだ」
「だが、魔力が流れていない」
ゼランローンズが気にしてるのは、そこなのだ。
そもそも、魔法の無い世界にいた月華には、ピンとこない。
「なぁ……今のわたしは筋肉痛と青痣が治せる『かもしれない』異世界人ってとこだよな? どうする、これ?」
どこまで治せるか検証するにも、被験者がいなければ無理だし、被験者が口が固いかもわからない。
何をするにも、付き纏うリスクを浮かべて、その結果保護者に迷惑を掛ける未来しか浮かばない。
そして、出る結論はやはり、秘匿。
念のため、シェリッティア家とスヴァルニー家の人間にも隠しておく事にするそうだ。
この世界での立ち位置が不確定で、常識も知らない状態で、特技が湧き出ても、使う事すら恐ろしい。
回復魔法が存在しない世界なのは、どっちも一緒だ。
そう考えると、迂闊に見せびらかしは出来ない。
「もっと一般的で、金になる能力が欲しかった……」
今日は何回項垂れただろう……と月華は遠い目をした。
手から光が出たり、魔法陣が浮き出たり、小っ恥ずかしい呪文唱えたりと、わかりやすい形で何かが起こってくれれば、なんだかソレっぽくてテンションあがったんだろうな、と思いながらも、出来もしない"もしも"を考えるのは無駄だと気持ちを切り替える。
「金になるって……ツキカさん一先ず、自立は置いときましょう? あ、そうだ。失礼かもしれませんが、ツキカさん……婚姻のご予定はおありでした?」
「予定どころか相手もいなかったが?」
恋人がいたら無理矢理引き離された状態だ。そこをアレクライトは心配する。
月華は素直に答えるが、聞かれた事以外は言わない傾向がある。
月華の事を知るには、ひたすら訊くしか無い。
アレクライトの怒涛の質問タイムが発動した。
「ご家族は?」
「5才の時に両親が行方不明になった後、孤児院育ち。14才の時に祖父に会えたので、そこから祖父の家に20歳までいた。その後は家を出て、働いていた。2〜3年前に祖父が他界したので、実質独り」
「ご友人は?」
「友人と呼べる人はあっちには居ない。職場の人は知人にカテゴライズしている」
「その……恋人はおらずとも、想い人は?」
「一切いない」
ゼランローンズが、一旦アレクライトを止める。
世界を渡ってきた人に、元の世界の事を思い出させる内容を訊くのは、よくないだろう、と苦言を呈する。
月華は首を傾げる。
「クマ兄さん……わたし『向こう』に未練ないけど?」
「…………は?」
「離れてしまって後悔するような、ガチガチの人間関係組んでた人なんていないし、両親が少し気掛かりだけど、20年以上逢えてないから、もう諦めているし」
「………とは言え」
ゼランローンズは、自分が何も持たずに、常識も通じない世界に放り込まれたらどうなるか想像して、相手の気持ちに立って考えてみる。
悲しいし、悔しいし、できれば時間による解決もしたいので、時間も欲しい、そう彼なら望むのだ。
だから、月華のドライすぎる反応に戸惑っていた。
「多分……わたしは生活出来てれば、いいんだと思う。この世界で、自分の力で稼いで、食っていければ問題ないから、そんなに気に病まないで欲しい」
「望みが薄すぎる……もっと欲張っていいんだぞ?」
「望み……」
———何か希望を持って生きていた訳でない、自分は多分どこか壊れてる
施設での虐待経験は、心を壊すのに充分だった。
人を信じる事で裏切られ、殴られて、蹴られて、飢えさせられて、辛い思いをしていたが、次第に何も感じなくなった。
祖父が月華を見つけ、施設から引き取った後、安心して過ごせる環境になったが、喜怒哀楽が戻らず淡々と過ごした。
そんな中、祖父が教えてくれた。
父と母はとても、月華を愛し、慈しみ、育てていた事を。
もし、自分たちに何かあったとしても、月華には生きて欲しい、と祖父に伝えていた。
そんな両親だ。だから、何か事件に巻き込まれているのだろう、自ら月華を手放す事は有り得ない、と祖父は力強く言ってくれた。
そこから、生きるために必要な表情は、練習した。
職場の人には、常にボーッとしている、とか言われたりはしたが、最低限仕事に支障が出ない範囲として、受け取ってもらえるくらいには、取り繕えるようになった。
元々の気質で無鉄砲さはあったのだろう。
ゴマスリは頑張っても出来なかった。
だけど、生きていけてる。だからいいや
月華は掻い摘んでそれらを話した。
「だから、壊れてない楓の方を気にかけてやってくれ」
「ツキカだって壊れてなどいない……!」
「そうですよ……顔を繕うくらい誰だってします。それに友人では無かったカエデ嬢を、そんなに気に掛けれる貴女はとても優しい人だ」
必死に男2人は、月華のいい所を言い合う。
そんな2人を見て、顔が綻び、笑みを作る。
「ありがとう、ふたりとも」
「それなら、そろそろ名前で呼んで欲しいですね」
「そうだな」
月華の笑みに2人が笑顔で答えると、彼女は真顔に戻り口を開く。
「名前、なんだっけ……?」
人の名前を覚えるの事は、月華には、とても難しい試練だった。




