とろける熊
ゼランローンズは、元職場の元上司である友へ、馬車の返却頼んだので、彼を家から送り出す。そして、月華をサロンに誘う。
サロンでは、できるだけ座り心地のいいソファへ座ってもらい、少しでも休めるように努めようとする。
「あぁー、しくったなぁ……」
楓の事を気に病んでるのか、月華は項垂れたままだ。
自分の判断が、負担を大きくしたと後悔してる。
「わたしは雪国出身だから、雪を見ると、体が冬に対応しちゃう感じでさ……季節が変わったからといって、風邪をひくとか一切なくて……」
「まさか、夏の終わりから来たとは、思わなかった……」
「こっちも、いきなり冬になるなんて思ってなかったよ……今何月だ?」
「11月の終わりだ」
王都は冬がとても長い。
11月の初旬には根雪になり、3月下旬から4月の中旬頃にようやく溶け始める。
1年は12ヶ月で、日にちで数えると360日だ。
そして月に当て嵌めない『無月』というのが、何日かある。
年末と年始の間で、星詠師が無月の始めと終わりに、天啓を受ける。
無月の初めは、12月30日の翌日なので、みんなわかるが、無月の終わりは、星詠師が受ける天啓次第で、だいたい5日から7日あたりらしい。
無月の時は、町じゅうお祭り騒ぎだ。
王都は祭の規模が大きく、盛大に祝う。次の1年への祈りを込める期間らしい。
簡単に暦の説明を受けた。
ついでなので、今度は月華が、地球での暦も説明しておいた。
季節も違えば温度も違う。
本来ならゆっくり気温が下がっていく中で、体が自然と慣れていく。
こちらの世界のこの国では、暖かな北から、いきなり南の王都にやってきたような感じだそう。
気温差に慣れてない人は、風邪をひくらしい。
楓はまさしく、その状況も加わっている。
ともあれ、既に起こった事は避けようが無いので、受け止めるしかない。いまは楓の快復を待つしかできない状況だ。
ふと月華は顔を上げて、ゼランローンズを見た。
「……クマ兄さんおかしくないか?」
「何がだ?」
「楓だよ、昨日のハードな移動で熱を出した、ならまだわかるけどさ、筋肉痛になってないんだよ」
「む、確かに。馬に慣れてる俺やアレクですら、王都と神殿の往復もあってか、今日は少し体に響いてるのだが……。昼間見たカエデ嬢は、筋肉痛などなってない動きだったな……」
一般成人女性で、デスクワーカーだった楓が、普段使わない筋肉を酷使したのに、朝から元気だった。
朝食をとるのにレストランに行く時も、ディジニールの家に行く時も、元気に歩いてた。
それがおかしい事に、今気づく自分も、相当頭の中は疲れてるのかも知れない、と思いながらも、月華は原因を探す。
「まさか……な……」
ゼランローンズは、ふと思いついた事があったが、そんな筈はないだろうと頭を振るう。
月華は首を傾げ、ゼランローンズを見ると、彼の瞳は真っ直ぐ彼女を捉えてる。
「ツキカのマッサージ効果では?」
「んな、バカな……。あんなのただの気休めだ」
「ならば、検証してみようか」
「筋肉痛気味の兄さんに、マッサージしてみるってか?」
「うむ」
ゼランローンズの部屋にて、楓にマッサージをした状況……風呂で温まった後という同じ条件になって貰うため、風呂に入ってもらう。
風呂上がりの彼を、防水布を敷いたベッドに寝かせて、たっぷりのマッサージオイルで、楓に行ったのと同じ、優しいマッサージをしてみる。
とろけるクマが出来上がる。
月華から顔は見えてないが、もう、至福のひと時に、どっぷり浸かりきって、顔も緩んでる。
「腕が溶ける様な心地良さだな……」
「マッサージの店とか、メイドさんのが、こういうのは本職だと思うけど……」
「ツキカのマッサージを受ければ、あんなものマッサージと呼ぶには、痴がましいレベルになってしまう……」
「……メイドさんのマッサージに夢を見る世の男性に謝れ」
そして優しいマッサージを終えて、オイルを流す為に、ゼランローンズは再び風呂へ戻る。
月華は防水布をメイドさんに渡して、洗面所で手を洗い、メインルームへ戻り、ソファに腰掛けてゼランローンズを待つ。
少し経ってベッドルームのある部屋から、着替えを済ませたゼランローンズがやってくるが、その顔つきは険しかった。
やはり痛みが消えてなかったか……と、月華は検証結果を頭の中で出した。
「筋肉痛が全て無くなってるんだが……」
「うそだろ……」
「いや、本当だ。多少は和らぐとは思ってたが……」
「風呂に薬湯でも入ってたんじゃ?」
「浴槽は、俺の水魔法と火魔法で張った」
「マジか……実は兄さんに……」
「過去に俺の出した湯では、筋肉痛は和らがないのは、経験済みだ」
2人の間に無言の時間が走る。
体へ掛かった負荷をリセットできるようだ。
楓の体への負荷は、月華が軽くしていたようで、少しはマシな状態に無意識下であれ、回復出来ていたのだと、ゼランローンズは月華を慰める。
だといいな、とこぼした彼女の瞳は、晴れてない。
「兄さん、どうするよ? この回復出来る『かもしれない』って言う不確定な状態……」
「国には秘匿しよう。ツキカが利用されるだけになる」
「あの王族相手に、働く気はないよ」
「だろうな。ところで、ツキカ……顔にあった痣は化粧で隠してるのか?」
「いや? 治った」
「顔にマッサージしたか?」
「風呂で毎日…………」
再び浮き上がった『かもしれない』が、無くなりそうになる項目ができる。
「……兄さん、わたしの肩あたりを思いっきり殴「殴らんぞ」
――試したい
出来たばかりの怪我なら、効果がよりわかるはずだ、試したい。
月華の顔に、そう書いてあるかのようだった。
ゼランローンズはそんな月華に、にっこりと笑ってアレクライトで試そうと提案してきた。
彼が帰ってきたら足を蹴るか捻挫させよう。
と危ない提案をする。効果がすぐわかりそうなそれは魅力的だが、やめようと月華は首を振った。かろうじて残っている理性が何とか仕事をしたようだ。
雪を見ると体が冬モードになる、は中々理解してもらえない感覚です。
ふと、体が温かくなった感じがして雪の降る気温でも平気になるんですよね。




