可愛い服は見る専です。
「服違う」
「今のアンタたちに似合って、かつ実用的な服よ! つべこべ言わず着なさい」
月華の抗議を両断するおネェは、靴を見繕っている。そして、試着室の前に置いて、その後はアクセサリーが置いてある場所へ歩みを進め、ブツブツ言いながら選んでる。
ディジニールにとっては、ただの負担のはずなのに、とてもとても楽しそうに、いろいろ手にとっては戻しを繰り返してる。
本当にお洒落が好きなようで、アクセサリーが決まったら化粧品に手を伸ばす。自分が取り扱っている商品なので、迷いなく取っていく。
服を着て、靴を履いた楓を、椅子に座らせて、化粧を施していく。
様々な疲れで覇気のなかった顔は、ほんのり色づいた。化粧品の微かに甘い香料が漂っている。
その後、丁寧に髪を編み上げて、纏めたら髪飾りを挿していく。
ピアスもつけて、よしよしと頷き満足げな表情を浮かべた。
上半身は胸部分にシャーリングが入ったブラウスで、ゆったりしたデザインだ。下半身はコルセットスカートで、ウエストラインをすっきり見せてくれる。
デザイナーを謳うだけあって、身体に合うものをしっかり見つけてくれて、オシャレも抜かりなしといったところだ。
楓は鏡を見て、自分じゃない気分になっていた。
こんなに着心地のいい服なんて、日本にいた頃にすら着た事がない。
月華が漸く出てきた。
いつもサクサク着替えてる彼女にしては、とても時間かかってる。
「何で、服も靴もサイズがあるんだよ!!!」
タートルネックのオフショルダーニットに、ボディススカート姿で、月華が盛大なツッコミを入れる。
だが、お構いなしに飄々とディジニールが答える。
「答えはアンタの目の前にいる、ア・タ・シ よ。可愛い服って、この背丈だと、作らないと手に入らなくてねぇ。このサイズ色々作っても、中々売れないから、ちょうどよかったわ」
月華の足のサイズはだいたい27.5くらいだ。
女性物は市販でほぼ無いので、靴も男物だ。
だが、今、その足が履いている靴は、どう見ても女物のデザインで、冬用のショートブーツだ。
全身女性物の服を着たのは、学校の制服以来ではなかろうか……というくらい、久しぶりすぎて、落ち着かない様子の月華をお構いなしに引っ張り、座らせて髪をセットする。
頭頂部に髪の毛でリボンを作り出す。
何故か叶結びようなリボンだ。水引きか……? という気分になるのは、熨斗のイメージがあるからだろう。
化粧は肌が弱いからと断ったので、施されなかったが、他は、もう気にかけるのを諦めた。
髪飾りをつけ、アクセサリーをつけて、ディジニールにされるがままにしておいた。
「姐さん、旅支度って、どんな物選べばいいんだ?」
「私たち旅なんて未経験だから、サッパリです……」
日用雑貨を前に、立ち尽くす2人は助けを求めた。
ディジニールは彼女らに頼られた事が嬉しくて、破顔する。
実家に行くまでの道を考えると、必要な物を選択して、トランクに入れていく。
別のトランクに着替えをいくつか入れた。
シワになりにくく、暖かな素材でいて、なおかつ可愛い物を選んで入れていく。畳んでるのはメイドさんだが。
「カエデはキャメルのトランクで、小さい方に日用品、大きい方に着替えが入ってるわ。んで、ツキカのは赤いトランクね。どうせ実家に行って、聖女の記録読んだら、ここに戻ってくるし、大荷物にはしないわよ?」
「「え?」」
ここに戻ってくるってどういう事だ? と楓と月華は顔を見合わせる。
その様子に、ディジニールの口がワナワナ震えてる。
「ゼラちゃんたち、何の説明もしてないの……?」
「この世界に慣れるための時間が必要だろう、って事ぐらいかしら? 具体的なことはなにも……支援してくれるっていうザックリな事しか聞いてないわね……」
「あんの筋肉おバカ……」
そんなやりとりを他所に、月華はマイペースにディジニールへ、言葉を放つ。
「そろそろ着替えたい」
そう言われ、カッと目を見開くおネェは、せっかくオシャレしたのになんでよ!! と憤慨した。
「いや、だって今日の筋トレしてないし……」
「あんたも、筋肉おバカなの?!」
どこにいようが、自分のやりたい事はちゃんとやっておきたい。今日の予定に筋トレはあっても、着飾るものはなかったと力説するが、ディジニールは首を横に振るう。
「だーめよ、今日は筋トレお休みの日! 昨日、神殿のあたりから王都まで、馬に乗ってきたんだから、身体が悲鳴をあげてるはずよ?」
「え? 何ともないぞ?」
「やっば……アンタほんとに女の子なの?」
「さっき服剥いたくせに、何言ってんだ……」
遠慮のないおネェに、どんどん月華も遠慮をなくしていった。
支度に必要なものは揃ったので、商会の従業員は帰っていった。
物が無くなったホールは、ガランとしいて少し寂しくも見えるが、本来の姿になる。
3人は再びサロンへ戻ってきてソファにつく。
ディジニールがスケッチブックと、鉛筆と、ペンと、色鉛筆をテーブルに置いて、鉛筆でドレスのラフスケッチを始めた。
どんどん形になっていくドレスに、2人は感嘆を漏らすばかりだ。
「ゴスロリ系は無いのか……」
さまざまなタイプのスケッチを見て、月華はポロッと言葉がこぼれた。
その小さな小さな独り言を、ディジニールはしっかり拾って顔をあげた。
「何? ゴスロリって?」
自分の知らない型があるならば、気になるところ。すかさず、描けと言わんばかりに、別のスケッチブックと鉛筆を差し出した。
月華も余計なこと言ったかなぁ? と思いつつも諦めて、鉛筆を走らせた。
3点ほど、それっぽい物を描いて、小物としてヘッドドレスやボンネットなども余白に描く。
一部の愛好家に親しまれている服装で、全ての人が気軽に着る服装ではなかった、と伝える。
ディジニールは描いてもらった全体像をみて、最初に描いた物の詳しい説明を求めてきた。
月華は、専門家じゃないし、広告(インターネット通販サイト)で見た物だから、個人の見解だけどと伝えて、次の紙に、構成されてるパーツごとの三面図を描いてみせる。
楓も気持ちはわかってた。
自分で着るには勇気が必要なので、ゴスロリ服のサイトを見ていたり、まとめサイトをみたりした記憶が蘇る。
あくまで、見る専だ。




