食べたい物じゃない物のコレジャナイ感
楓は、ふかっとしたベッドで目を覚ます。
何故か薄着だ。酒乱にでもなってしまって、ナニかをやからした?! と慌てて周りを見回すと、ベッドサイドにある椅子に、昨日着ていた服が、綺麗に畳まれている。
部屋の真ん中を挟んで反対側にあるベッドからは、見覚えのある、綺麗なプラチナブロンドの髪が垂れていた。
あの綺麗な髪の持ち主が、自分が知っている、あの人でありますように……とそっと近づいてみる。
すると布団がバサッと跳ね上がり、自分の知ってるあの人が起き上がった。
「おはようさん」
「お、おはよう。シロ」
これは、賭けに勝ったな? と思いつつ、月華は念の為、確認してみる事にする。
「おはようさん、酒乱な楓ちゃん」
「ご、ごめんなさい!! って、何で、名前…………あっ……ああぁあぁぁぁっっっ!!!」
その後、頭を抱えた様子を見て、「あ、記憶残ってた、負けた……」と、月華はチベットスナギツネの如く、目をスンッと細めた。
服の替えがないから、脱衣所のクリーニング箱に入れるのに剥いた事、自分が持ってた服を適当に着せたと伝える。
昨日風呂に入ってなかったので、朝風呂に2人で入った。
お風呂にはシャワーがついていた。
これも魔導具で、ボタンを押せばお湯が出た。日本のお風呂と変わらないレベルだ。
浴槽は2人横に並んで入って足が伸ばすと、膝が少し曲がる長さだ。
最初に泊まった所よりは狭いが、十分広い。
「ごめんなさい……めちゃくちゃ酔っ払いしてたわよね……」
楓は小さく体育座りをして、昨日の事を詫びる。
月華は気にしてない事を伝えて、ゆっくりと楓の腕を取り、揉み解してる。
王都というだけあって、宿のアメニティはかなり色々置いてある。
マッサージクリームまであるのだから、侍女付きの貴族が、泊まりに来ることもあるのだろう。
日本であった、1回分の使い切りパック袋のようなものではなく、瓶で置いてある。
なので、肌を痛めないよう、たっぷり塗って優しく解す。
次の移動が、1週間くらいあるらしいので、昨日の乗馬の疲れを、少しでも減らしておかないと、疲れの度合いが酷くなりそうだ。
道中、宿が取れるとも限らないから、コンディションを整える事は大事だと、月華は念入りにマッサージを施した。
「月華って……スタイルいいのね、一昨日はテンパってて、全然気づいてなかったけど…」
「サポーターで押えてるんだよ」
「私もそうしようかなぁ……」
「着れる服があるなら、やめた方がいい」
月華の場合は、背があるのと、元々の骨格と、鍛えている事で、女性服が中々フィットしない。
既製品で売っているレディース服の大きいサイズを買って、縫い縮めるか、胸を押さえつけて、メンズ服を着るかになるので、後者を選択したようだ。
「この背丈の女性が、滅多にいないらしく、この世界でもメンズ服のお世話になっているよ」
「変装のためじゃなかったのね……」
風呂から出て着替える。
月華は楓に、昨日ゼランローンズに言われた事を伝える。
そして、彼らは引き継ぎの為に出勤中だとも。
「うん、うん。いくら、くるくるぱーがトップだとしても引き継ぎは大事だわ。仕事内容がくるくるぱーの秘書だったら、引き継ぎ無しでもいいけど!」
楓も王に対して、全く良い感情は無い。むしろ困ればいいくらいの気持ちだ。謝罪と保護を申し出てきたあたりは、まだよかった。
アレクライトとゼランローンズが辞すると聞いてからの王の行動が、最低だった。思い返すとイライラが溢れてくる。
とりあえず、イライラを消すためにも朝ご飯を食べることにして、レストランへ足を運ぶ。
ゼランローンズの言ってた通り、木のタグを受付に渡せば中に入れた。
ホテルのラウンジみたいな雰囲気のレストランで、案内された席は、フカフカのソファにガラスのテーブル。
ステキな喫茶店でお茶をするような気分だ。
フルコースのように一品一品運んでくるスタイルか、選んで注文した、デザートと食後のお茶以外の品を、まとめてテーブルに並ぶスタイルか、の選択が与えられたので、2人は後者を選び、料理が来るのを待った。
「米が恋しい……」
月華の呟きで、楓まで米が恋しくなった。
味噌汁も欲しくなる。
だが、テーブルに乗った食事は、バターロールと、ローストビーフのような薄切りの山盛りになった肉と、サラダそして、オニオンスープのようなものだった。
月華はカトラリーにあったナイフで、パンに切れ目を入れて肉とサラダを挟んで食べ、スープを飲む。
楓はパンを主食に、肉と野菜を食べる。
「何か、物足りない……何でかしら……?」
「おそらく、米を欲してるから……」
「ご飯の話で、口が米気分になってしまったのね……」
食べたい時に食べれないと、その味をよく思い出して、引っ張られるものだ。
コンビニで、目当てのお弁当が無かった時の虚無感と、そっくりだ。
味はとても美味しいが、やはり米を食べたくなってしまっている。
あとで、保護者に訊いてみよう! と意気込んでデザートのカットフルーツと紅茶に手をつける。
朝食を取った後、部屋へ戻り、外に出る支度をする。
楓はモコモコの帽子に、厚手のミトン型の手袋、そして裏地がモコモコしたフード付きのマントで、モコモコ尽くしの格好をする。
王都には色々な地方から人が来るので、防寒アイテムをガッツリ身に付けていても、違和感がない。
月華は風を通しにくいマントを1枚羽織るだけ。手袋もしていない。
「そんな薄着で大丈夫?」
「平気平気。今日マイナス5度くらいだから、暖かいし」
不安そうに声をかける楓に、対してカラカラと笑って答える月華。
マイナス5度くらいと言っているが、マイナスである。
氷点下なのである。暖かいわけがない。だが、月華にとっては暖かいらしい。
「月華は何度くらいから寒いって感じるの?」
「ん〜…10度かなぁ。楓みたいな格好してたら15度くらいなら平気」
マイナスがつかずに、冬の気温を言うのは、北国の人あるあるだと、都道府県の風習を紹介するテレビ番組で見た気がするが、本当の事だった……。
あの番組盛ってるわけじゃ無かったのか……と、テレビを見てうっそだー! と笑ってた記憶を蘇らせた。
北国あるある!
逆にプラスの気温の時だけプラスってつけるよね、って言ったらマイナスになんて滅多にならねぇよ。と現在の居住地では言われました。




