脳筋は精神も筋肉なのか?
「基礎体力が、楓とは違うよ。楓は、ごく一般的な成人女子だもんよ……そうとう、きつかったんじゃないかな?」
「鍛えていれば、精神の安定は大きいしな」
「だなー」
「脳筋が増えた……」
世界を渡って2日しか経っていない今は、殆どが新しい事だらけ。
元の世界に居たって、新しい事が無いわけではない。
職場に新人が入ってくるとか、仕事に慣れた頃に、部署異動が起きたりと、何かしらの変化は起きるものだ。
月華はわりと考え方が雑なので、そういうもんだな、と思っている。
自分の力で抗える事は立ち向かう。
出来なきゃ諦めて、その中で出来る事をやればいい、と。そのため、精神的疲労はあまり無かった。
「ツキカはその、平気なのか? 此方の世界の都合に、巻き込まれてしまったというのに……」
気丈に振る舞っているだけ、かもしれない。
此方に全面的に非がある行為に、巻き込まれ不当な扱いを最初に受けたのだ。心の傷だってあるはず。
会って2日の人間に、口を割る事は無いかもしれないが、少しでも助けを求めるなら、其れに応えたい。
そんな思いを込めて、ゼランローンズは意を決して訊いてみる。
「ん、割と平気。無職になったダメージがあるくらい」
「そ、そうか。その点は全力で支援する。他困った事があったらすぐ言うんだぞ?」
「わかったー。そういや、騎士の職辞めてきたっぽいけど大丈夫なのか? 2人は」
「大丈夫ですよ、これでも領地持ちの貴族家の者ですから。騎士になったのも、聖女に関する事に関わりやすくするためなだけ、でしたし」
聖女は国が保護した。
そして、巻き込まれた人は、国が手放した。
ならば自分たちはそちらの支援をするべきだ、と考えている。
そしてアレクライトには、姉が侍女頭として王城に、ゼランローンズには、妹がいて、侍女として働いているのでおまじない効果で、どちらかは関わる事になるだろうから、記録に関しては問題ないとの事だ。
「引き継ぎとかはちゃんとするんだよ……な?」
一般社会人を経験してる月華は、念の為訊く。
何の連絡も無く、来なくなる人がかなり居たので、一切されない引き継ぎで、被った迷惑は数知れず。
任せていたデータは作り途中、資料は一切なし。
データの素を保管してる場所も、ファイル名も、グチャグチャ。それが年に数回発生、という地獄を思い出して、身震いした。
「「え?」」
アレクライトとゼランローンズは、目を見開いて一言発しただけだった。
2人はとっとと王都から離れて、楓と月華の支援に移るつもりだった、と言い出したので、月華が笑顔だが、低めの声でお願いする。
「引き継ぎした上で、職場に置いてある、私物の引き上げをしてこい♪」
「「はい……」」
男たちの返事にヨシと頷き、ジョッキの酒をグッと飲む。
そして、店員に別の酒を注文する。
ペースが早い気がするが、彼女は顔も赤くなってなければ、呂律が回ってないわけでもない。
「ツキカさん、お酒強いんですね?」
「うん、多分強い。多少は酔ってるよ。いつもより口数が多いくらいだけど」
「確かに、よく喋ってくれますもんね」
「ま、流石に此処まで親切にしてもらって、自分の事隠し通しますって事は、したくないし」
月華は無愛想に思えるし、他人に興味がない感じだが、ここまで世話をしてくれた人らは、他人のカテゴライズにはいれないようだ。
「しかし、明日はツキカとカエデ嬢を連れて行く場所があったのだが……」
引き継ぎキチンとして来い、と言われて返事をしてしまったから、明日は城に行かなければならない。
連れて行きたい場所があったが、2人には宿に篭ってもらう事になってしまう。
「ん? どっか行くなら、楓と2人で行ってくるよ? 街中は、こんな時間でも外を女性が歩き回ってるって事は、治安のいい場所なんだろ?」
窓の外を見ると、女性がひとり歩きをしているのを幾度か目にした。日が沈んでも、店の前にはランプが灯っていて、通りも明るく見える。
「……わかった、宿から遠くない場所だし、己の足で歩く事も必要だろう。手紙と地図を書こう」
「おい、ゼラ!」
いきなり、知らない世界で外を歩けと言うのは、ひどい話だろうと思い、アレクライトが止めるが、ゼランローンズは首を振るう。
そしてゼランローンズは酒場の人に金を払い、封筒と便箋を買い、ペンとインクを借りて手紙を認めだす。
ここの筆記具はインク壺にペン先を入れてインクをつけて描くタイプのペンらしい。インクやペンは携帯するものではないようで、お店で金を払えば貸し出してくれるようだ。
文房具屋以外で、便箋と封筒が買える事に驚きながらも、文化が違うからそういうもんか、と月華は深く考えず受け入れる。
「金髪兄さんよぉ、どーみても私より歳の低い女の人が、この時間に道を歩いてるんだが?」
「いや、そりゃここは治安のいいところですし……」
「んじゃ、明るい時間に散歩がてら、手紙を届けるくらいワケないよな?」
「ま、まぁ、そうですけど……」
「前にいた所でも、知らない町へ、仕事に行く事とかもあったんだ。知らない所だからって、尻込みする理由にならねぇよ?」
「アレクよ、ツキカの胆力を見ただろう。何も問題あるまい。行ってもらう場所は、よく知っているあそこだしな」
手紙と地図を書きおわり、ペンとインクを店員に渡したゼランローンズは、月華の力量を認め任せれると判断したようだ。
「あー、もう。わかったよ。でも、お守りくらいは渡すからな」
「うむ」
「あ、店員さーん、この酒おかわり!」
そして3人世間話で盛り上がった。夜が更ける前に店を出て、宿を目指す。
楓はアレクライトが運んでいる。
宿で部屋の鍵を貰い、部屋へ到着後、ベッドに楓を下ろすと、男2人は騎士団の宿舎に戻ると言うので、月華は引き継ぎの念押しをする。
ゼランローンズが頷き、月華の手に、木で出来たタグ2つと、財布と地図、そして手紙を渡す。
朝食は2階のレストランで取れるので、木のタグを入り口にいる受付に渡せばいいとのこと。
明日、地図にある印の家に行き、手紙を渡す事を頼まれた。手紙を渡したあとは暇になるだろうから、大通りで買い物なり、お茶なり自由に過ごしてほしい、との事だ。
「めぼしい店は地図に書いてある。わからなければ大通りの店の人に訊けば、教えてくれるだろう。寒いのでコートは必ず着るように。ツキカは片目は隠すようにな、あと路地裏には入らず、遠くても大きな通りから、行って欲しい。楓嬢から離れないようにな。2人で行動するんだぞ? それから……」
「常に危険を予測し、安全性が高いものを選択して、ピンチになったら蹴りあげる、でいいか?」
「うむ」
「こちら、お守りとしてお持ちください。2つの指輪の距離が一定以上離れると、いかずちが立ち昇るので、わたしらへの合図と共に、お2人の間でも目印となるでしょう」
おかんレベルで心配事を口にするゼランローンズに、何やらよろしくないフラグを立てるアレクライト。
そんな2人の優しさが嬉しいと思いながら、指輪を受け取り、おやすみの挨拶をして別れた。
「何か気が緩むな……命の危機にならないどころか、至れり尽くせりで御の字コースだな……大丈夫かな……」
いい事が起きれば、悪い事が起きる。
そんな言葉を聞いた事がある。そのため月華は一抹の不安を覚える。
すでに、異世界召喚に巻き込まれた、という特大の悪い事が起きているにもかかわらず。
そんな不安を、いつまでも考えているのは無駄な事なので、明日に備えて月華も眠りについた。




