やさぐれ気分はアルコールで消毒!
「っっんっとに、な、ん、な、の、よ!! 子供があっぱらぱーなら、親はくるくるぱーじゃない!!」
ダァン!! と木のジョッキを、テーブルに叩きつける楓。
有り体に言えば、酔っ払いだ。もちろん目が据わってる。
「くるくるぱーだから、あっぱらぱーが育つんだな……」
シロはそう言いながら、串肉を頬張る。
隣でゼランローンズも酒をくぴりと飲んで頷く。
アレクライトが深々と頭を下げて、ひたすら謝っている。
「まさか、貴女がたを捕らえようとするとは、思いもよらず……呪術師がいたとは……」
「謝らないでって! 何度も! 何度も! 言ってるじゃないのよー! アレクライトさんたちは、助けてくれて、親切にしてくれて、感謝沢山してるのよー!! ありがとー!!」
楓はアレクライトにハグをする。まさに酔っ払いだ。
だが、振り切る事をせず、顔を真っ赤にして狼狽える彼を向かい側の2人はニヤニヤ見ている。
酔っ払いの行動は、自分が被害に遭っていなければ、面白いものなのだ。
「偽名だったのが功を奏したな……」
ゼランローンズは、シロの頭をポンポン撫でる。
シロは口の中で頬張っていた肉を、噛み砕き飲み込んで、酒をグイっと飲む。
「向こうの世界には、いろんな娯楽があって、その中の物語で割と見るのが、名前を教えると自由を奪われるってのがあったんで、念の為用心してたらコレだよ」
「俺も王が呪術師を持ってるとは知らなんだ。怖い思いをさせてしまってすまなかった」
「そんなにレアな職業なのか?」
「んむ、血族継承職と呼ばれる物で、その一族でしか具現しない能力と言われてる。代を重ねるごとに血が薄まり、途絶えたものだと思っていたんだがな……」
「2匹いたぞ、それ」
「双子だな、宮廷術師に双子が1組だけいる」
酒を飲みながらも真面目な話をしている。
そんな様子を、楓は据わった目で、アレクライトを抱きしめたまま、見つめる。
「シロちゃーん? お酒の席ではお仕事の話はダメよ〜?」
「おう、わかったよ、酔っ払い。胸元の男、解放してやれ」
「はぁ〜い」
「ぷぁっは…クロ嬢、飲み過ぎです!! これいじょ――」
「クロじゃないー、楓って呼んでー」
「「「あ」」」
酔っ払いは、ポロッと名前を明かす。
そして、シロの座ってる椅子に、自分の体を捻じ込み腕を組む。
「ホントはシロの名前だって知りたいのよー? ねーねー? おねーさんに教えてー?」
「クマ兄さん助けて。わたし、直に絡んでくる酔っ払いの捌き方、しらない」
「アレク、引き剥がすんだ」
「オレまかせ?! ……ほ、ほらカエデ嬢、シロさんが困ってるよ」
「むー、シロを困らせたくないー」
優しく諭し、楓を席に戻す。
木のジョッキを持ち上げ、ゴクゴクと飲みだす。
楓以外の3人は「寝てもらおう」と心の中で、各々思っていた。なので、誰も酒を止めない。
すると再び楓は、シロに絡みだす。
「シロちゃーん、おーなーまーえー」
「兄さん、たす……」
「ゼランローンズさんらって、シロちゃんのおなまえー、知りたいれしょー?」
「ん、あ、あぁ。だが、無理にとは言わぬ……」
急に矛先を変え、楓の勢いに押されて返事をする大男に、シロの気分は「くまーたす、お前もか」となる。
「シロちゃんだめよー? 眉間にシワよせちゃー。美人さんなんだからわらってーわらってー」
「は、はははは……」
渇いた笑いしか出ない。
ゼランローンズは、そっと席を立とうとすると、手首を掴まれる。
掴んだ主は瞳で訴える。「に げ る な よ」と。
潤んだ上目遣いではなく、眉間にシワを寄せ唇を三角に歪ませ三白眼の瞳で射殺すように訴える。
観念して大男は身を縮こまらせ座った。
「なぁ、クロ「か・え・で!」……楓、名前教えるから、席に戻ろうな? な?」
「わかったー」
絡みついてくる酔っ払いを剥がす事に成功して、ホッとため息を出す。
そして、男2人にこそっと質問する。
「これは記憶が飛ぶパターンか? それとも朝になって身悶えるパターンか?」
アレクライトとゼランローンズは考える素振りをみせ、目を閉じるがすぐに開き、答えを口にする。
「身悶える方に、ワイン賭けましょう」
「俺も身悶えるに、ステーキを賭ける」
「じゃあ、飛ぶ方にわたしは賭けたいが、提供できるのが材料費そっち持ちで、飯か菓子を作るくらいだな」
「……まったく問題ない、成立だ」
こそこそと賭けを進めて、話が纏まったところで、シロは楓に向き直って手を差し出す。
「シロ改め、月華だ。よろしくな」
「ツキカ……」
名前を教えてもらった事に、楓は瞳を潤ませ、差し出された手を取って、ぎゅうぎゅうとにぎる。
名前を教えてもらった事で、何かの糸が切れたかの如く、楓はテーブルに突っ伏して眠った。
「はー、酔っ払いの攻撃がやんだー、女の子に絡まれたの初めてだから、どう対処してよいものやら……」
「まぁ、常に緊張していたのだろう、何せ世界を渡ってきたのだし……」
「それは、ツキカさんも同じだろ……」
すやすやと穏やかな寝顔を見せる楓を横目に、3人は酒を飲みながら話を続ける。
大衆居酒屋のような場所で、食べ物も大皿にどーん! と盛られていたり、お酒もテーブルにどかっ! と置いていく。
細かな配膳はせず、おおらかな雰囲気の場所で、楓は居酒屋の気楽さを思い出し、気が緩み、酒乱と化した。
「それにしても、大丈夫なのか? 酔っ払いの勢いに負けて名前出ちまったけど……」
月華が訊ねる。
先程ゼランローンズが、呪術師と言っていた、名前で縛る魔法を使える奴は、途絶えたと思われているほどレアな魔法使いのようだが、王族に情報を売る人間が近くにいるかもしれない。
月華自身、何か嫌な空気を感じていないから大丈夫と思い、名を教えたが、念の為確認をしておこうと思った。
「あぁ、付け回す者の気配は感じ取れぬし、聖女が王族のそばにいるから、俺やアレク、そしてツキカとカエデ嬢を捕らえる事に労力は割くまい」
「聖女は、魔物を弱くする。魔物討伐隊の出番は減って行くから、オレやゼラが抜けても痛手にならないってわけ」
アレクライトやゼランローンズを率先して、城に戻す動きは無いと教えられる。
「ふーん、ならいっか」
月華はグビグビと酒を水のように飲んで、串に刺さった肉をモシャモシャ食べる。
「なんていうか……ツキカさん、タフですね……」
この女性は異界から渡ってきたけれど、楓のように泣く事もなく、淡々としている。
自分より少し下くらいな歳に見える女性だ。自分が知る限り、ここまで達観している者はいない。
楓のように不安な表情を浮かべる事もなく、食事も酒も喉をするする通す。
アレクライトは、何でも受け止める月華に、驚きが隠せなかった。




