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王様の言う通り。んなわけねぇだろ。


「なるほどなぁ、名前で捕縛する魔法かぁ。差し詰め、わたしらを人質に取って、この2人を離さない腹づもりってとこか?」


 シロの表情は、穏やかと真逆の位置にある。

 眉間にシワを寄せ、こめかみには青筋、唇は引き吊っている。

 殺意を顔で表したらこうです、と言わんばかりの顔で、王を睨みつけている。

 楓も、王への感情はマイナスのものに、成り果てている。


「偽名を王に名乗るとは、無礼にも程がある! お前たち、こいつらを捕らえよ!」


 王子が慌てて、周りのローブの人間に命令するが、誰も動けないでいた。

 アレクライト、ゼランローンズが殺気を放ち、彼らを竦みあがらせている。


「もう、話は不要ですね? 失礼します」


 今まで聞いた事がない、とても冷たい声でアレクライトは言い放ち、楓を立たせて部屋を出て行った。

 誰も彼を阻む事ができず、立ち尽くしていた。

 ゼランローンズもシロを伴い後を追う。扉を出る前に彼はシロに訊ねる。


「そういや、殴らなくて良かったのか?」

「殴る価値もないからいいや。腹減ったし」

「そうか、ならば食事にしよう。いい店を知っている」

「楽しみだ」


 振り返る事なく4人は王城を後に、街へ消えていった。



 応接室には、しばらくのあいだ、沈黙が流れる。

 張り詰めて痛かった空気が次第に消えて、誰かが安堵の息を吐き出した途端、金切り声に近い甲高い声が響く。


「何なの、あいつら?! アタシのお陰で、魔物と戦うのが楽になるってのに! 感謝の言葉すら言えないわけ?!」

「あぁ、ジュエル……不躾な者どもと、対面させて悪かった…。部屋へ戻ろう? さっきの事なんて、忘れさせてあげるよ」

「王子様……はい! いっぱい優しくしてくださいねっ」


 甘すぎる空気だけを纏って、先程起きた事など振り返らず、歩みを進め、王子の私室へ2人は消えていった。


 王は、ズルズルと半分ソファから体を滑らせ、荒く息を吐きすてた。

 ローブを纏った男たちが慌てて、王へ首を垂れる。


「名の鑑定が、第一隊の2人の魔力に阻まれ、行えなかったので、会話の端々に出ていた名で縛ろうとしましたが……申し訳ございません」


 王は「よい」と言いその場を立ち去った。

 部屋に残った面々も各自、散っていった。


 王は最初から、楓とシロを捕らえるつもりだった。

 謁見の間に入ってきた2人は、巻き込まれた女たちを大事にしてるように見えた。

 異世界からの訪問者を大事にするよう育てられてきた、あの2人ならば当たり前の行動で、護るべきものと認識している。


 それを捨て置けと言い、聖女のみを大事に扱った王子と、聖女を喚ぶ事に反対せず、陰ながら推し進めた王を見限る事は、容易に想像できた。


 そこで、巻き込まれた女性たちを人質として飼えば、この国の最強騎士を手放さずに済むと考え、別室に移ることを咄嗟に伝え、準備の時間と称した打ち合わせ時間を作り出し、作戦を練った。


 魔術士の中でも名の鑑定ができる者、捕縛魔法が使える者などを部屋に控えさせ、機会を窺っていたが敵わなかった。

 名で縛ることができる魔術を使えるものがいる事は、ごくわずかの人間しか知らない。

 アレクライトやゼランローンズにだって伝えていない。

 それなのに、あの2人は偽名で呼び合っていた。名で縛る事を、見越していたかのような感じだった。


 聖女の少女は警戒のけの字もなく、息子に名を教え、平穏な暮らしを約束するというエサにぶら下がり、身も心も全て委ねて差し出したというのに……と歯噛み、息を漏らす。

 聖女は子供だから、御する事も易かったのかもしれない。


 そして鑑定魔法は、アレクライトとゼランローンズが、魔力を放出して阻んでいた。

 鑑定を使える魔法使いより、彼らの魔力は、量も、質も、優れている為、鑑定魔法を容易に阻み、拒める。

 女たちを挟む配置が、護る為だった事に気づく。


 彼らの異世界人博愛精神を侮っていた。

 騎士団に所属しているということは、国に仕えている者ということだ。王への忠誠心が始めにきて然るべき、と王は心のどこかで驕っていた。


 聖女という存在の前に、巻き込まれてきた者など、取るに足らない矮小な者だ。

 巻き込まれた者のほとんどは、何の力も無いただの人間。

 聖女の方が大事にされて当たり前。聖女に携わる家の者ならば、尚更聖女を取るはず。

 なのに、彼らが手を取ったのは巻き込まれた2人だった。


 だが、聖女は手中だ。聖女を大事にしていれば、民衆からの支持は切れることなどない。

 魔物だって弱くなっていくし、発生頻度も減るので、討伐隊を出す頻度が減り、費用も削減される。

 その分浮く費用で街を整えて、その後少しだけ、税を下げれば、優しい王様扱いしてもらえる。


 自分が生きてる間の安泰プランを練り、盤石なものと確信したところで、先ほど味わった恐怖は忘れ去り、部屋に控えているメイドへ退出を促し、ひとりきりになる。


「まぁ、よい。あの矮小な者どもは、すぐに死ぬ……さすれば聖女を守るために、最強騎士だって戻ってくる」


 自室で高級なワインを手酌で、貪るように飲みながら、結局自分の都合しか考えてない王は、高らかに嗤う。

 この親にしてあの子あり、といったところだろう。


 あの傲慢な王子の態度は、この親から倣ったものだが、巧く隠してる王は慕われ、隠すことなく良く言えば、素直に育った王子はボンクラ呼ばわりだ。


 王は傾国の聖女の二の舞にだけなならないように、今代の聖女を手玉に取る手段を、講じるのだった。

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