癒し系(物理)
「んぉ……ふっ……ぐぁあぁああ」
声を抑えてはいるが、漏れている。
マッサージで気持ちいい、というより、痛い方の声だ。
シロは眉間にシワをよせて、肩を押していく。
「ゴリッゴリに凝ってんじゃんか、寒さのせいだけじゃなく日常的に凝り固めたな、コレ……」
肩、背中、腰、腕、足……指で押したり掌で圧したり、揉み解したり様々な方法で全身を解す。
じっくり解すのではなく、手早くマッサージをしている印象だ。
「このくらいにしておこうか」
彼女は手を止めて、ゼランローンズから離れる。
彼はゆっくり起き上がり体を動かしてみると、とても表情が明るくなる。
「全身暖かいし軽くなった、ありがとうシロ」
そう言って2人は、拳をゴツっと合わせた。
その後、シロは手を上下に振って楓を呼ぶ。ブーツを脱いで横たわり、今度は楓がマッサージを受ける。
ゼランローンズにやっていたような、勢いのあるのもでは無く、掌から指までをゆっくり使って、優しくほぐしてる。
「すっごく気持ちいい、あったかくなってきた!」
駅前のマッサージ屋に何度か惹かれたことはあったが、利用した事は無かった。こんな感じなのだろうか、と思いながらマッサージを受ける。
冷えた足はゆっくり揉みほぐされて、温かみを取り戻す。
デスクワークでデスマーチをしていて、ガチガチに凝った肩も解れてくる。
すでに、シロのマッサージを受けたゼランローンズは、感心しながら問う。
「すごいな、シロは。何処で覚えたのだ?」
「自分のガチガチに凝った体を解して、覚えた」
現場に行って重労働したり、事務所でデスクワーク漬けになったりと、様々な肉体の酷使で、疲れの抜けない体になっていたのを、何とかしたくて、自己流で培った技だと言う。
「風呂上がりにアロマ焚いて、マッサージオイル塗って、解す方が気持ちいいんだけど、できないから仕方ない」
口をへの字にして、口惜しそうな顔を浮かべるシロに対して、アロマの香りに癒され、マッサージオイルで解す様を想像した楓は、極楽の予感しかしない、と顔を綻ばせる。
ゼランローンズも、大きく頷き同意を見せる。
「何だかオレだけ蚊帳の外っぽくて、拗ねそうだなー」
外から戻ってきたアレクライトが、カラカラと笑いながら声を掛ける。クッションは手に入らなかったと眉を下げ謝る彼を、責めるものはいない。
楓はマッサージが終わり、椅子に戻って、少しぬるくなったミルクティーを飲む。
シロはアレクライトを見ながら、寝転がりスペースをぽんぽん叩く。彼は一瞬吃驚した表情を浮かべたものの、すぐニッコリ笑って、いそいそと寝転がった。
「あ゛〜〜〜いっだだだだっっ、いぎぃいぃ?!」
「マジか……1番ガチガチだ……」
もう、痛いと言ってしまっている。表情も歪んでいて相当痛そうだ。だがシロは手を止めない。
ゼランローンズはその様子を見ながら、アレクライトに声を掛ける。
「俺がやって貰ったものより、力は入ってなさそうだぞ?」
「え゛、うぞでじょ?! これめっちゃくちゃいたたたたたた」
回復の魔法とか無いのだろうか? と呟き、楓はシフォンケーキを頬張ってマッサージを見ている。
ゼランローンズが楓の方に向き直り、紅茶を一口飲み口を開く。
「基本、自分の治癒力がモノを言います。疲労はきちんと食事を取り睡眠を取らねば、溜まる一方です」
「魔法で万事解決って訳じゃ、ないんですね」
「えぇ、傷を、何のリスクもなく癒せる治癒魔法を使えたのは、過去に聖女とともに此方へやってきた人のみで、その方は『癒しの魔女』と呼ばれました。その方以外は、記録されておりません」
聖女は居るだけで、魔物を弱体化させ発生を抑制するが、それ以外の特別な力が使えるわけではないらしい。
魔法の力に目覚めた初代聖女は、例外中の例外という扱いのようだ。
巻き込まれた人も『癒しの魔女』1人しか、魔法の力に目覚めなかった。
ならば自分はただの一般人だろう、堅実に生きてく道を見つけなければ……と、心の拳を楓は握りしめた。
「いだだだっ、ちょっ、シロさっっ、あぎぃいぃ」
「よくこれで、体壊さなかったですね……」
「い゛っ、いまが壊れそうでっっ」
その後、シロはうっすらかいた額の汗を拭い、マッサージを終えた。アレクライトは涙目になりつつもブーツを履き、立ち上がる。その瞬間に彼は目を見開いた。
「な、何だこの軽さ……まさか回復魔法?!」
「いや魔力の流れは感じなかったぞ」
驚くアレクライトにゼランローンズは言葉を返す。
存在しない回復魔法を口にするほど、よくなっているようだ。どれだけ凝り固まっていたのだろうか。
腕を回して頷いて、足踏みをしてまた頷く。そして、シロの両手を包む様に取り、上下に振る。
「ありがとう、シロさん。本当に助かりました!」
「何言ってるんです? そこまでゴリッゴリだったのは、不摂生もしてるからですよ?」
そして彼女は包まれてた手を振り解き、逆に掴み返す。そして彼の掌を上に向けると、真ん中あたりのツボ"労宮"を、軽く押してみる。
「い゛〜〜〜?!!」
痛がる反応を見て、シロはため息を吐く。
「不眠症に胃痛……心身共に不調じゃないですか……。普段どんな生活してるんです?」
「いや、その、はははは。よくわかりました、ね」
アレクライトは、昨日の夕暮れ前まで全く接点のなかった人に不調を当てられ、乾いた笑いを出すことしか出来なかった。
ゼランローンズが庇う様に言葉を落とす。
「あのボンクラの暴走を止めようと、奔走していたからな……そう責めないでやってくれ」
何処の世界も、何かしら疲れてるのは一緒ね、と楓が呟くとみんな頷いた。




