冬の寒さが痛さっておかしいと思うのよ
「馬車なんて初めて! ちょっとテンション上がる!」
ワクワク感を抑えられない楓に対して、シロはテンションが低い。
「シロ嬢は馬車は、初めてでは無いのですか?」
アレクライトが問いかけると、シロは首を横に振るう。
「とりあえず"嬢"をやめて下さいませんか。そんな柄ではありません。特に、今のこの格好でそう呼ばれたら、違和感しかないでしょう。馬車は初めてです。乗り物酔いと尻がダメージ受けそうで、不安になっています」
「わかりました、シロさん。隣の町に着いたら、クッションでも仕入れますかね。配慮が足りず――」
「謝らないで下さい」
アレクライトの言葉を遮り、言葉を重ねたシロはため息を追加する。
「貴方は昨日から謝ってばかりですよ、こちらは感謝こそすれど、謝ってもらう事は何もありません」
楓も隣でこくこくと頷く。
彼らの言ってる事が本当のことだとしたら、こちらは、ただただ善意で、至れり尽くせりを受けている。
この世界の人、という括りで何もかもを、彼らに押し付けるつもりは一切ないのだが、今は面倒を掛けて申し訳ないと、感謝の気持ちより先に、来ている申し訳なさを伝えた。
アレクライトがふっと優しい笑みになり言葉を零す。
「逢えたのが貴女がたでよかった……。心優しき異世界からの来訪者殿……」
楓は、アレクライトのイケメンスマイルに、真っ赤になりながら首を振るう。
ふと、思いついたように、アレクライトは言葉を続ける。
「そういえば、聖女には会いました? わたくしたちは入れ違いで会えなかったので、どのような方か存じ上げないのですが……」
聖女に関わる家系なら、気になるところだろう。
会ったというか、見ただけという状態だ、と楓が伝えていた時、シロは苦虫を噛み潰したような顔をし続けてた。
そういえば、聖女として連れて行かれた高校生に、シロは駅のホームで、明らかに向こうが悪いのにイチャモンをつけられてたのだった。
あまりいい感情は無さそうだ。
「どういう人物かは、王子とやらに聞いた方が、耳障りな甘い答えが返ってくると思いますよ」
シロは苦虫顔のまま、棘のある言葉を返す。
「あのボンクラでは駄目ですね。聖女がどんな我儘を言っても、尽くしに尽くしそうで」
アレクライトも、王子をボンクラ呼ばわりだ。王族への敬意がないと言うより、王子への敬意がない感じだ。
「我儘聖女とか過去に居たんですか?」
聖女という名前からして、慈愛に満ちた素敵な女性であろう。否定の言葉が返ってくることはわかっているけど、ノリで訊いてみた。
「ええ、いましたよ。記録にありました」
笑顔でサラッと言ってるけど、それはもう聖女ではないだろう、という気持ちになった。
「王宮にも記録が残っている、15代目の聖女ですね」
アレクライトの家にある記録には、15代目の聖女は次のように記録されていた。
聖女の役割はただ居るだけでいい。
生きている事が義務で、その為に国が保護をし、平穏に過ごしてもらう事を約束するという話なのは、彼女は理解したようだ。
だが、「私は今まで生きてきて築いたもの、そこから発生する人生を奪われた。私がいることでのメリットが、あなたたちにしか無いなんておかしい」と彼女は憤慨した。
そして、その日の気分でドレスを要求し、宝石を求め、男を漁り、何かを下賜することなく、只管に贅の限りをつくした彼女は『傾国の聖女』と呼ばれた。
歴代の聖女ほとんどが王宮にいながらも、慎ましやかに暮らした記録が多く残っていたので、当時の記録者は、とても頭を抱えたらしい。
「我儘放題の度がすぎるとは言え、彼女の言い分は分からなくも無いので、誰も文句をつけれなかったのでしょうね」
と、言葉を締めた。
シロが首を捻り考えながら、口を開く。
「その傾国の聖女さん、白い大きな襟の服を着た状態で、召喚された……とか?」
昨日、召喚の間で聞いた言葉を思い出す。王宮にも記録がある、という言葉と結び付けて、質問してみた。
アレクライトは、目を見開いて言葉を返す。
「よくお解りになられましたね、まだお伝えしていない事なのに……」
「白い大きな襟の服を着た女が、聖女の証であるとか何やら言ってて、召喚の間から、真っ先に連れ出されたんですよ」
王宮にある記録に書かれてあった傾国の聖女は、やはり、あのお嬢様学校の生徒だったらしい。
記録にある聖女との共通点があれば、テンションうなぎ上りだろう。最高潮に興奮した状態で、他の者など目に入るわけがない。
楓は、ちょっとだけドヤ顔男の行動に納得した。
しかし、共感した訳では無い。人に対して、捨てろと言える奴なんて、ロクでもないという評価は一切変えなかった。
話が一区切りしたところで、シロは外の空気吸いたいと、御者台に移動して行った。
「寒いのに元気だわ……シロは」
雪に慣れてない楓は、この寒さは苦手なようだ。
今まで経験した事のない寒さ、いや痛さに近い。気温は絶対氷点下だ、と楓は確信を持つ。
馬車についてる厚手のカーテンのおかげで、直接外の空気が当たりはしないけれど、寒いのには変わりない。
アレクライトから借りてるマントに縮こまりながら、包まっていても、まだ寒さがある。
奥歯が寒さでカチカチ鳴りそうだ。もちろん吐く息は真っ白だ。
凍えて死んでしまうのではないか、とさえ思うようになる。馬車の揺れでお尻も痛いけど、寒さの方が一大事だ。
ふいに頭にフワッとした何かが乗る。耳当てがついたモコモコの帽子が被せられた。
「こちらも最初にお渡しするべきでしたね、申し訳ありません」
アレクライトが被せてくれたようだ。
気遣いがありがたい。楓は力なく笑って、お礼を言う。
自分が居たところは1年のうちに多くても、3回くらいしか雪が降らなかったので、寒さに慣れてない。
余計に気を遣わせてしまって申し訳ないと謝ったが、彼は首を横に振る。
謝り合戦になるからやめよう、とお互いに提案して笑い合う。
「何で返すのだ!」
幌の中にいた2人は不意に聞こえた、腹に響くような低音の声にビックリして、肩を揺らす。




