異世界だった、やっぱり。
楓は目を覚ますと、まぶたが重たく、目も乾燥していて開きにくい。眠たいわけではない。思い当たる原因に彼女は声を上げた。
「やっば! コンタクトしたまま寝ちゃった!! 目がガビガビっ!!」
楓は、コンタクトレンズ使用者だった。
あまりにも色々あった、目まぐるしい変化のせいで、寝る前にコンタクトレンズを外すことを忘れていた。
ベッドから出て、隣のリビングみたいな部屋に、昨日置いた記憶がある、自分の鞄の中から 目薬を取り出して点眼した。
コンタクトレンズや目が、ほんの少しだけ潤いを取り戻したので、コンタクトレンズを外す。
1日使い捨てタイプのレンズなので、本来なら寝る前に外して、捨てていなければいけなかった物だ。
ポケットティッシュに包み、鞄の小さなポケットに、ゴミの一時保管として入れた。
コンタクトを取ると、裸眼だ。あたりの景色が、ぼかされたものに一変する。
楓は慣れた様子で、カバンをあさり、眼鏡ケースから眼鏡を取り出し、掛けた。
周りの景色のぼやけは無くなったものの、まぶたの重さは変わらない。
「目の開き方、半分くらいよねぇ……」
昨日、ひたすら泣いた後の記憶がない。おそらくそのまま眠ってしまったのだろう。きっと瞼が腫れている。
洗面台で顔を洗って、朝の支度と瞼のケアをしようと思い、洗面台がある脱衣所に向かった。
身支度を済ませて、リビングルームっぽい部屋へ戻る。
奥の部屋ベッドルームの様子を伺うと、シロの姿が見えない。
だが、彼女のリュックサックやカートが、リビングルームの端に置いてあることから、何処か知らない所へ行ってしまった訳ではないようだ。
そう思っていた時、部屋の、外の廊下へ続く扉が開く。
作業着に、プラチナブロンドの髪、左右の瞳の色が、しっかりくっきり異なっている彼女が入ってきた。体を動かしてきたのか、少し頬が紅潮してる。
「シロ?! その目どうしたの?!」
昨日見た時は、三白眼気味ではあったが、日本人らしいこげ茶の目だったはずだ。
だけど今は、この世界のカラフルな人の一部に、溶け込んでいる色合いだった。
「あー、この色だと、ガイジンガイジンって、周りがうっさいから、茶髪のヅラと、気持ち三白眼になれる茶色いカラコン……フチが白いやつを、付けてたんだよ。昨日は仕事で現場に出てたから、外歩く時は日本人風の色にしててさ。クロこそ眼鏡なんてどうした?」
「私のコンタクト、1日タイプなのよ……。仕事で遅くなりすぎると、目が限界を迎える事あるから、常に眼鏡も鞄に入れていたから、よかったものの……」
日用品は大抵、自分の家にある。仕事帰りで着の身着のままだった彼女らは、圧倒的に日用品が足りてない。
何とか凌げたものの、これからだって足りない物が、いくつも出てくるだろう。不安に溜息が漏れる。
シロの目の下には、絆創膏テープのような物が貼られてた。昨日はそこに、痛々しい青痣があったはずだ。
「目のココ、手当てしたの? 言ってくれれば、私やったのに……」
楓は自分の目の下を指して、シロに問う。
シロはちょっと苦い表情を浮かべて、首を横に力なく振るう。
「あの大男たちが、手当てをさせろってしつこかったんだよ……。ほっときゃ治るってのに。金髪男が、こちらを助けると思って手当てを受けてくれって……」
相変わらず名前は覚えてなかったようだ。そんな話をしてると、扉からノックの音が聞こえた。
「おはようございます。ゼランローンズです。クロ嬢はお目覚めになりましたか?」
「あ、はい。起きました、おはようございます」
知った声に挨拶を返し、扉を開ける。
ドア枠の大きさを超えている彼は、頭の先が見切れてる。
そしてその手にはトレーがあり、朝食を運んできたようだった。
昨日夕飯を食べたテーブルに、朝食です。とトレーを乗せて、一礼して部屋を出ようとするとシロが呼び止め、ソファに座ってもらう。
シロと楓もソファに着いたところで、シロが質問を飛ばす。
「そういや、昨日は答えをもらっていなかったので、答えて欲しいのですが。私たちを保護するメリットは、貴方がたには無いですよね? 理由は?」
「『聖女召喚の儀』に於ける、記録を保管するものとしての、使命だと思っております故、得や損での行動ではありません」
翻訳チートが働かない。星詠師の時のような納得感が湧かない。どういう事なのだろうか? 楓は小首を傾げその意味を考える。
少し長い話になる、食べながらで問題ないので聞いて頂きたい。と前置きしてゼランローンズは再び口を開いた。
「わたくしの実家シェリッティア家と、アレクライトの生家であるスヴァルニー家は、代々聖女についての記録を行い、保管してある家となっております。最古の記録は約2400年前の物で、初代と思われる聖女について書かれてあります」
ゼランローンズの家には聖女の手記が、そしてアレクライトの家には、聖女と関わったこちらの世界の人が書いた、記録が保管してあるそうだ。
古くからの手記は状態保存の魔法を掛けてあるそうで、紙面やインクの劣化は止められており、今でも読む事が出来るのだそう。
しかし、こちらの世界の言語ではなく、元々の世界での言語で書かれており、未だに解読ができないらしい。
何の因果かわからないが、彼らの先祖は、毎回聖女に関するものに、必ず関わってしまうらしく、記録が家に残されているようだ。
初代聖女は、魔法の力に目覚めたらしく、手記を劣化させない保存魔法を使い、使い方も教えた。
記録はゼランローンズの家に必ずあり続けるよう『おまじない』まで行ったようだ。
そして、『聖女召喚の間』に翻訳チートの魔法を組み込んだらしい。
言語習得にかなり苦労したそうで、再び同じ事が起きる時は、少しでも苦労をしないように、と。
そして初代聖女は、日常を豊かにする魔法を開発していたらしい。
――初代聖女、グッジョブ! 貴女がいなければ、いま私たちは意志の疎通が、ちっとも出来てなかったって事よね……
と、顔も知らぬ聖女に、楓は感謝の気持ちを抱く。
聖女が現れれば、魔物を生み出す瘴気の濃度が薄くなるらしく、束の間の平和が訪れる。
その期間というのは、この世界で聖女が生きてる間のみ。
中には、こちらの世界にきて半年で、病で亡くなった人もいたらしい。
その後の149年半は、魔物がどんどん活性化し、小さな村はいくつも魔物により淘汰され、地図から消えていった。
その後は聖女が永く生きれるよう、国が保護するように法を整えた。
聖女が生きてる間は、魔物の活動が緩やかになるらしく、今後活性化しそうな地域の魔物を屠り、次の召喚の時まで凌ぐらしい。
聖女は国に保護されていながらも、『おまじない』効果で、アレクライトとゼランローンズの先祖たちは、聖女や巻き込まれて呼ばれた異世界人と関わる事が、多々あったらしい。
そこまでいくと、『呪い』の域まで達してるようなものだ。
文字は同じでも、まじないではなく、のろいの方だ。
そんな風に楓とシロは感じていたが、聖女関連に彼らは関わり続けてる事に、誇りを持っているらしい。




