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☆  彼が見る夢は(エルヴィン)

 夢を、見ていた。


 これが夢だと分かった理由は、学校の廊下に立つエルヴィンの正面に、普段見慣れた姿とはかけ離れた様子の担任・ディアナがいたからだ。


 いつも柔らかい笑顔で皆を指導するディアナとは全く違う、やつれて生気のない顔つき。豊かだったはずの栗色の髪には艶がなく、ばさばさになっている。

 そして……女性の体をまじまじと見るのは失礼だと分かっているが、紫のドレスに包まれた体も不健康な痩せ方をしているように思われた。


 どうしたのだろうか、と不安になって手を伸ばそうとしたら、やつれたディアナがエルヴィンを見て苦笑した。


「……そう、ですか。あなたはもう、学校を去らなくてはならないんでしたね」


 かすれた声で言われて、エルヴィンは把握した。


 ――これは、夢だ。


 この夢は――「補講クラス六人全員進級」という目標を叶えられなかった世界を表しているのだ、と。


 気がついたら、エルヴィンは右手に大きなトランクを持っていた。この中には、自分が一年間の魔法学校生活で使用したわずかなものが詰め込まれている。


 そう、夢の中の自分は、もうすぐスートニエを去る。

 エルヴィンは授業をサボり続けて――進級できなかったのだ。


「そうですね。でも、先生を恨む気はありませんよ。俺はこうなることを最初から願っていたんですから」


 夢の中の自分は、すらすらと語る。

 自分はエルヴィン・シュナイトとしてディアナと向き合っているはずなのに、他人事のようにさえ感じられた。


「……さっき、ツェツィーリエにしばかれました。あいつはなんだかんだ言って、全員で進級したかったようですからね」

「……ごめんなさい」

「謝らないでくださいよ、先生」

「……ごめんなさい」


 ディアナは震えながら同じ言葉を繰り返すだけだった。


「シュナイト君も、ライトマイヤー君も、ブラウアーさんも……できることなら、進級させたかった。でも……できなかったのは、私のせいです」


 ディアナの言葉を聞きながら、なるほどどうやらこの夢の世界軸ではエルヴィンとルッツ、エーリカが退学処分を受けたようだと分かる。


「……別に。ルッツとエーリカも、分かっているでしょう」

「……」

「じゃ、俺はもう行きます。……さようなら、先生」

「っ……さようなら、シュナイト君。……先生らしいことができなくて、ごめんなさい……!」


 きびすを返したエルヴィンの背後でディアナが泣き崩れたのが分かったが、振り返らなかった。


 ……振り返る資格は、なかった。











 かすかな冷気を感じて、エルヴィンは目を覚ました。


「……朝?」


 元々朝に弱いエルヴィンだが、今はいつも以上に頭の中がごちゃごちゃしているようだ。


 腹を掻きながら上半身を起こし、膝を抱えて丸くなる。

 そうして目を閉じて思い出すのは、先ほど夢の中で見たディアナの顔。


「……先生」


 どうにも、不安になってくる。

 まさか、今日教室で会うディアナは、あの夢の中の彼女のようにやつれているのではないか。


 そう思うと眠気もけだるさも吹っ飛んでいって、エルヴィンは過去最速レベルの手際のよさで身支度を調えると、部屋を出た。


 ……出てから、生徒である自分では教師の宿舎棟に立ち入れないので、授業が始まるまではディアナに会えないのだと思い出して、がっくりした。

 がっくりしてから……そんな当たり前のことが頭からすっぽ抜けていたくらい、今の自分は焦っていたのだと思い知る。


「……あれ? どうかしましたか、シュナイト君」


 なんだか恥ずかしくなり自室に戻ろうとしたエルヴィンの背中に、優しい声が掛かる。


 この声は。

 大人の女性らしい落ち着きの中に少女のような無邪気さも混じっている、エルヴィンが聞きたかった声は。


「先生……!」

「おはようございます、シュナイト君」


 振り返った先にいたディアナは、いつも授業中に着ているドレスではなくてブラウスとハイウエストスカートという珍しい格好だった。


 どくん、と心臓が高鳴った理由は、いつも通りのディアナを見られたからなのか、それともいつもとは違う服装のディアナを見られたからなのか。


「お、はようございます。その……散歩でもしようと。先生は?」

「私は、朝摘みのハーブをもらいに行こうかと。ヴィンデルバンドさんがほしがっていましたし、私も魔法実技の授業で使いたかったので」

「……そう。それなら……俺も行きます」

「いいのですか? シュナイト君も、何か用があったのですか?」

「用は……なかったけれど、できた」


 ――元気なあんたを見ていたいって、用事が。


 さすがにそこまで言う勇気はなかったので、エルヴィンはふいっと視線を逸らしてから「行きましょう」とディアナを誘い、冬の中庭に足を踏み入れた。

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