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16 新たなる壁②

「あの子たちは、恥なんかじゃない。補講クラスを掃きだめだなんて、言わないでください!」


 その叫びに、職員室内がしんと静まりかえった。

 目の前の校長は顔を赤くしてぷるぷる震えているし、フェルディナントも無言で頭を抱えている。


 やってしまった、と分かっている。

 採用されて一ヶ月少しの自分が校長に刃向かうなんて、とんでもないことだ。


(でも……前言撤回したりはしない)


 生徒たちの努力を、足蹴にされたくないから。


 校長はしばし沈黙していたが、時々「この」とか「よくも」という言葉が漏れ聞こえていた。

 だがやがて我に返ったようで咳払いをすると、じろりとディアナをにらみつけてきた。


「……よくもまあ、そんな口がきけるものだ! 速攻クビになりたいようだな!」

「校長、それはさすがに同意しかねます」


 まさかのクビ発言にディアナはビクッと震えたが、すぐさま副校長が反論した。


「ディアナ・イステルに退職を命じる権利が校長にあることは、承知しております。しかし、今後のことを考えると今ここで彼女を退職させて新たな教師を探すより、ひとまず彼女に半年間の採用を継続させる方が得策かと」

「新規採用者は、おまえが探せばいいだろう!」

「もちろんそうなれば、私も候補を探します。が……新任者と補講クラスの生徒の折り合いが悪く、万が一にでも六人全員が退学処分となれば……さすがに、『学校のあり方そのもの』に疑念を抱く者も出てくるのではないでしょうか」


 ひやひやしながら二人のやり取りを聞いていたディアナは、ぎゅっとスカートを掴んだ。


(回りくどいけれど……副校長先生は、私を庇ってくださっている)


 やはり校長や副校長としては、補講クラスの生徒全員が進学できない――つまり生徒のうち一割は一年次で退学処分というのは、外聞が悪いことがあるのだろう。


 副校長の指摘に、校長はぐっと言葉に詰まったようだ。

 どうもこの校長は見栄や自分の評価が何よりも大好きらしいので、生徒が退学になるのはともかく、それによって自分の評価に傷が付くのは避けたいのだろう。


 校長はしばらくの間考え込んでいたようだが、やがてディアナを見てきた。


「……そういうことなら、分かった。補講クラスの生徒は、おまえが皆面倒を見ろ」

「は――」

「しかし、だ。……落ちこぼれを落ちこぼれと言われたくないのなら、おまえが担任教師として生徒たちをうまく指導すればいい話。――ということで」


 校長はずいっとディアナに詰め寄ると、右手の指全てと左手人差し指で、「六」の数字を示した。


「おまえが掃きだ――補講クラスの生徒六人全員を進級させたならば、補講クラスのあり方について再考してやろうではないか」

「さ、再考……?」

「ああ。おまえは、あの連中が落ちこぼれではないと言うのだろう? 卒業しても我が校の恥にならないと言うのだろう? では、それを証明してみせろ。おまえが六人全員を進級させられたなら、連中にきちんと実力があったという証左になる。そうでなければ、連中の実力はそれまでだったということだ」

「校長先生! それはさすがに、あまりにも酷です!」


 声を上げたのは、フェルディナント。

 彼は立ち上がるとディアナを庇うように、校長との間に立った。


「確かに、補講クラスの生徒たちには可能性が十分にあるでしょうが……イステル先生の手腕だけでどうにかなるわけではありません!」

「ああ、分かっているとも。……ディアナ・イステル、おまえは何も無理をして六人全員を進級させずともよい。前にも言った、三人以上進級で正式採用の約束はまだ健在だ。おまえにはそちらの方が大切だろう?」


 そこでディアナも校長の意図が分かり、さっと全身の血が引いた。


 つまり校長は、ディアナを揺さぶっているのだ。

 六人全員進級は夢のまた夢だから、無理に目指さなくてもいい。補講クラスのあり方が再考されても、ディアナ本人に利益はあまりない。


 ――ディアナの正式採用だけを狙うのなら、三人を見捨ててもいいのだ、と。


(……なんて手を……!)


「そんなの……!」

「おや、いいのか? おまえがうまくやれば、来年から補講クラスそのものを撤廃することも考えられるのだが?」


 ニヤニヤ笑いながら言われて、ディアナの胸の奥が揺れた。


 ――それはつまり、「掃きだめ」や「落ちこぼれ」と皆の嘲笑の的になる生徒がいなくなる、ということ。


 補講クラスに入れられたというだけで他の同級生からも冷めた目で見られる、とお茶会で教えてくれたのはエーリカだった。

「廊下ですれ違ったときとかにも、言われるのよ。『あれが落ちこぼれクラスに入れられたやつらか』ってね」と、彼女は寂しそうに笑って言っていた。


 今の補講クラスは進級が難しい生徒を助けるための存在ではなくて、同級生から指を指されてもいい生徒を集めた場所のようになっている。


 それが、なくなるのなら。


 ディアナが何も言わないでいると、校長はふんと鼻を鳴らした。


「……ということだ。この場にいる全ての教員が証言者になるから、私は約束は違えないぞ。だがもちろんのこと、この条件については生徒に言ってはならない。いいな?」

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