表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
356/365

日常を彩るただ一人の・前

 寒い。


 外套を掻き合わせて両肘を抱いた。吹き抜けの廊下で案内を務めるのは侍女頭のルブタン婦人。他には私付きになる侍女達が後ろをついて回っている。


「こちらの見所はなんといっても広大な庭でございます。門までは少し歩きますが後宮ほどではなく、奥まった場所にありますので来る者も制限されやすいとわたくしは考えております。元々多くの者が務めてはいませんから、比較的静かにございますね」

「ここからは……目の塔は見えないのね」

「はい。カレン様のご希望通りの場所かと存じます」

「庭を歩いてみて良いかしら。見える範囲にいるから供は不要です」

「心ゆくまでご覧ください。わたくし共はお部屋をあたためておきますので、つらくなったらいつでもお戻りくださいませ。じきに陛下もお出でになります」

「ありがとう」


 庭を凪ぐ風は冷たいが、未来の皇妃サマの真似事から解放されたので気は楽だ。

 冬の季節もあって花壇は彩りに乏しいが、それでも庭師の努力があって栄える作りだ。これまで見て回った中でも広めだし、ここに決めたらもっと変わっていくだろう。

 飛び出た黒鳥に話しかける。


「……正門までは遠くなるけど、静かだし、広めのお庭があって、陽当たりが良いのはここね」


 黒鳥は寒くもないだろうに寒い、と身をもって表現するのだが、段々と伝え方が上手になっていく。次にルカが帰ってくる時にはびっくりするのではないだろうか。

 ここがどこかだけど、お察しの通り宮廷だ。

 式の日取りが段々と定まりつつある中で「そろそろ何処に居を構えたいか決めてほしい」と懇願が入った。中々珍しい連絡だが、それというのも従来皇妃は本来後宮に居を構えるものの、現在あそこは閉鎖されている。私の入居と共に再び開いても、元が側室が何人も住まうのが前提とされた広さなので、私ひとりでは扱いかねた。加えてライナルトが住まう本宮と距離がある。

 婚約すると噴出してくる現実問題。そのあたりを皇帝陛下様に相談すると、彼は言った。

「希望するなら別棟を造らせても良いが、私がいちいち通う必要もあるまい。カレンもこちらに住めば良いのではないか」と。

 私は理由があって後宮には入りたくない。

 ライナルトも前帝が使っていた部屋を「無駄に豪華で悪趣味」だと嫌い、とっくに違う一室を自室にしている。以前看病のために入った部屋がそうなのだが、実はまだ仮居室扱いだ。

 彼は近い将来、元後宮を文官に明け渡すと告げた上で言った。


「侍医長達にもっと良い場所に移れとしつこく言われている。将来的にカレンも移ってくることだし、宮廷にいくらか手を加えて新しく私たち専用の区画を設けさせるか」

「――それって従来通りの住まい分けをせず、一緒に住むってことですか?」

「そうだが。毎度時間をかけ貴女の元に通う必要もあるまい」

「そうだが、じゃないです。さらっと言ってるけど、結構な改造計画ですよ。そんな簡単に決めて……」

「人的資材なら問題ない。カレンは私と毎日顔を合わせるのは不服か?」

「そんなことは言わないけど、わかってるんですから。それ、場所の選定は私に任せるって言うんですよね!」

「私に任せたら情緒がない風景を毎朝窓から見ることになるが、それでもいいなら任されてもいい」

「……私が選ぶけど、文句は受け付けませんからね!」

「私は風景に拘りはない。カレンの元に帰れるならそれでいい」

「だからそんなこと言って……」


 従来の後宮規則だと、皇帝が後宮に渡るたびに人が走って「陛下が参ります!」と知らせていたみたいだから、大幅な時間短縮が図れるのは違いない。

 これでほだされてしまったのはともかく、私も親しみやすい形で暮らせるのは嬉しいので引き受けてしまったのだった。

 つまり、はい、端的に表現するならこれは新居探しで、これで内見三度目になる。

 場所は宮廷だし変わらないじゃないかと思いきや、とにかく場所の候補がたくさんあるので、内見だけでも大変時間を食っている。

 なにせ私たちの住まいの他にも、そう離れてない場所にヴェンデルのための区画も用意してもらう必要があるから、配置等々考えると難しくなってしまうのだ。

 ヴェンデルについては、義息子なので当然ながら宮廷に移ってもらう。どうせ部屋数も多いし、同じ区画に住むかも尋ねたのだけど、これを本人は辞退。理由は「新婚の邪魔をしたくないから」といったもので、折衷案としてちょっと離れた場所に住まいを移してもらうことになった。

 ……なんというか、あの子は度々コンラート邸やキルステン邸に帰る気満々だから、内見に関してはあまり真剣になれないみたい。

 他のコンラートの面々だけど、今日一緒に来てくれたジェフは新たに加わる私の近衛の面接に、マリーは宝石と生地類の選定のために離れてしまった。どちらも彼らの選別の後、最終的に私が目を通す手筈となっている。

 ……一緒に移り住むとはいっても全員ではない。今のコンラート邸は買い取るため、数名は向こうに残る選択をした。

 そのため、コンラート家でも宮廷に居を変えるのはヴェンデルとウェイトリーさん、それにジェフとリオさん、ハンフリーに決まりそうだ。あとは同性が欲しくて、マルティナに一緒に来てもらえないか頼み込み、検討してもらっている。

 クロードさんやマリーなんかは通ってもらう方が都合がいいと話し合いで決まった。

 けれどもヴェンデルはコンラートやキルステンに泊まる頻度が増えそうだし、ウェイトリーさんもお年だから無理をさせられない。体調次第ではコンラートの家が良いだろうし様子を見ているのが現状だ。

 コンラートを出るのは寂しいけど、疲れたときの休息地として二つの家があると思えば悪くなかった。

 住居決めはもちろん、作法の復習、踊りの練習、法律の勉強、結婚式の準備、コンラート当主代理の役目とやることが目白押しだ。新しく預かる桜の木や世話人の庭師の受け入れもあるし、早くも諸々めげそうである。


「……桜を植えるならここが一番良さそうなのよねぇ」


 なんとかもう三株入手してコンラート家、そして市街地、魔法院区画とそれぞれ植えたいと考えているが、これは長期計画だ。

 記憶を掘り返せばいつか夢に出ていた桜の木もここにあった気がするが、思考はすぐさま冷気に攫われた。

 散策するうちに天候が悪化した。最近はもういつ雪が積もってもおかしくないと言われていたから、わあ、と口を開いてちらほらと降り始める粉雪を目で追い始める。

 雪が降り積もればこの庭はどんな風に表情を変えるのだろう。


「カレン」


 声をかけられるまで気付かなかった。

 目鼻立ちの整った金髪の男性こそオルレンドルの皇帝陛下だった。呆れた様子を隠しもせず、来るなり持っていた肩掛けを首に巻いてくれる。


「雪が降ったのなら――」

「かがんで」

 

 頬に唇を寄せた。

 驚く理由はわかっている。彼から愛情を示される機会は多々あれど、私から行動に移すことは少ない。

 彼にばかり好きと言わせるのは如何なものか。たまには私から、とずっと機を伺っていた。

 ……何も言わずとも熱々なのは最初だけ! 行動に移さないと、いずれ相手を不安にさせて愛想を尽かされてしまうかも!

 などと先日の女子会で熱弁されたのが一番の理由だけど。

 なお参加者はエレナさん、マリー、マルティナにバネッサさん、そしてリリーのところのエリーザ嬢となっている。


「いまは誰もいないので」

 

 慣れない行為は照れくさく、顔に血が集まるのが止められない。

 愛想笑いで誤魔化して庭を見た。


「この庭、雪が積もったら綺麗だと思ってたの。結局ライナルトが提案してくれたここが一番よかったみたい」

「……ここが気に入ったか?」

「ええ、ここなら庭いじりも自由だし、クーインを移動させても問題なさそう」

「あれを近くに置くのは避けたいのだが……」

「でもやったら駄目なこととか、基本的に言えば聞いてくれますよ。シスの言ったとおり番人としては最適です」


 クーインはサゥ氏族から献上された虎で、シュアンに相談してヨーにちなんだ名前を付けた。シスの言うことを聞いてくれていて、私は近寄っても威嚇もされず、この間は頭を揉むのに成功した。

 あの気高い虎については話題にするうちに、ライナルトの態度で私は悟ったのだ。

 いまは宮廷に余裕があるから放置しているだけで、邪魔になるか、サゥとの関係が冷めればいつ狭い檻に収監するか、それとも命を奪うか知れたものではない。彼はクーインに興味を示さないし、ならばこちらで監督を引き受けようと決めたのだ。

 ライナルトに肩を抱き寄せられた、寒いのでされるままになっておく。


「カレンに任せると言ったのは私だからな、仕方あるまい」

「ここを推薦したのはライナルトですけど」

「提案しかしていない。塔が見えない場所となれば特に限られていたのでな」


 私に任せるとはいいつつも、来る度に様子を見に来て相談に乗ってくれるので、実質二人で選んだみたいなものだ。


「風が強くなってきた、一度引いた方が良い」

「はぁい。……公務は平気?」

「ジーベルに休めと追い出された」


 ニーカさんも言ってたけど、本当に休まないからなぁ……。おかげで私が来る度にこれ幸いにと顔を出すのも文句が出ないらしいが、そうでもしないと休まないのは心配だ。


「本当にどこから歩いても塔が見えないのね」

「完全に見えないとなればここくらいだろうな。後は何処を見ても大概目につく」

「そうね、他のところがそうだった」

「壊したいなら言えば良いものを」

「そこまで出来ません。……だって塔がグノーディアの象徴だって思ってる人、多いんだもの。私が嫌だからって壊せるわけないでしょ」

「私は一向に構わないが」

「だめ。だめったらだめ」


 とはいいつつ『目の塔』が民の心を集めていなければ、壊したかったのも本音だ。

 だからその気持ちは尊重するものの、宮廷に住むにあたっては『目の塔』が見える位置に居室を構えたくなかった。

 理由は……その……。

 城壁外からだとまったくわからないし、私もこちらを訪ねるようになって知ったんだけど、宮廷内から見上げたとき限定で運が悪いと見ちゃうんだよね。

 

『目の塔』最上階から落ちていく……人影……。



 次回→火曜日

 その時にお知らせもあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ