3巻発売記念SS:バーレ家の人たち+特別イラスト
イラスト先:作者ツイッター(@airs0083sdm) イラスト:しろ46
事はカレンがバーレ家から退去して後。現当主であるイェルハルドは、皇太子との話し合いが終わるなり逃げ帰ろうとした男を捕まえた。
「どうかね、彼女はお前の娘と思うか」
「そうでしょうね」
イェルハルドの問いにそっけなく答える。
「ほう、やはり覚えがあるとみえる」
「娘が美人ならそりゃあ私の娘でしょうよ」
こともなげに言ってみせるが、イェルハルドは流されない。義父の眼差しに頭を一振り、ベルトランドは呆れたと言わんばかりに天井を見上げた。
「そこらの行きずりの女ならともかく、故郷の貴族の女くらいなら覚えていますとも。ですがイェルハルド、私の色恋沙汰をそんなに掘り返さないでもらいたいもんですな。お望み通り義姉義兄共への忠告は果たせたでしょう」
「そうさな。あやつらへの注意はこれで済むだろう」
イェルハルドは顎をひと撫でする。
「儂は殊の外あのお嬢さんが気に入っているゆえに聞きたいのだが、なぜ覚えてないと答えた。故郷での出来事は弟から聞かされていただろうに」
「そりゃあ色々あったみたいですがね、私が父親やるより、まともに愛情持って育てた親の方が子供も幸せってもんでしょう。自分で言うのもなんですが、私は女性達の恋人としては帝都一として自負していますが、人の親としちゃ欠けるところだらけだ」
「大陸一と言わんだけ謙虚になったな」
「流石に歳ですからね、身体が追いつかない」
ろくでもない男である。
だがこの男を養子にしたのもイェルハルドだ。慣れた様子でろくでなしの話を流した。
「自分の欠点を正確に言えるのなら良いことだ。うん、お前の判断は正しかっただろう。そのまま先方には迷惑をかけることなくやってくれ。あとは儂がうまく取り持とう」
「あんたの場合は趣味仲間を増やしたいだけでしょう」
「それの何が悪い」
「悪いとは言ってませんが、あんなゲテモノ道楽に付き合わせるのは可哀想でしょうよ」
「失敬な。あれは演技などではない、本気で茶に喜んでいる顔だ」
この男もイェルハルドの趣味の理解とはほど遠い。孫のロビンでさえ祖父の趣味には辟易しているのに、さてあの娘はどこまで付き合えるのか。
興味を抱きつつも話題は次に移った。
「私も聞きたいんですがね、あの皇太子殿下とはどこまで付き合うつもりです」
「そこは儂の判断するところではないから任せよう。ただ、お前から見てあの御仁はどうだね」
「危ういですな」
一言で言い切った。これにはイェルハルドも苦笑気味だ。
「皇帝陛下ほど悪趣味でないのは褒められますが、まあ大概の人間は陛下よりまともですからな。なんにせよあの御仁が皇帝になれば人使いは荒いでしょうよ」
「忙しいのは趣味ではないかね? まともに話したのは初めてだが、合理的な方ではあったな。それに内に野心も秘めておられる」
「ありゃあ噂通りの戦好きだ。見事に人の命に執着がないし、皇女殿下と反発し合うのも納得できる。長生きできんか、もし生き延びたとしたら国が荒れる方の人間だ」
「それか、もっとも栄える方のどれかだと思うがね」
「なんにせよ両極端でしょう。関わり合いになりたい人間じゃない」
ライナルトと行われた会談だ。はっきりとではないが、彼らは此度の皇位争奪戦に関しライナルトに協力を望まれている。皇太子、皇女、どちらの派閥にもつかないバーレの選択肢は両陣営に大きな影響を与える。本来なら当主であるイェルハルドが決めるべき事項を、当のイェルハルドがベルトランドに委ねていた。
「さて、しかし私としてはどちらに味方しようがやることは変わらない。なのでイェルハルドに任せようと思ったんですがね」
「約束通り、やることをやってくれるのなら、儂はどちらでも構わんよ。例え皇女陣営に付こうが、目的は違えておらん」
「なら面白そうな方にしますか」
その「面白そうな方」がどちらに該当するのかイェルハルドは問わない。老人は本当にどちらでもよかったのだ。この男を引き込んだ本当の目的を、孫娘の存在一つで変えてしまう人間ではない。
「ところでもしもの話だが、カレン嬢が殿下と良い仲になってしまったらどうする」
ベルトランドは眉根を寄せた。
この男にしては返答までに時間がかかったと思われる。それにイェルハルドは低く喉を鳴らした。たしかにバーレとコンラート家はほぼほぼ無縁だが、ベルトランドとカレンに血のつながりがある以上、人々は完全に無関係とみなさない。
普段飄々としてつかみ所のない男でも、あの娘の取扱いは困るらしい。それどころかあれだけ先回りが好きな男が可能性を考慮していなかったのはわざとなのか、無意識なのか。イェルハルドにとっては愉快だった。
「気にするな。手が早いと噂の御仁だが、あの様子では本当になにもあるまいて。噂通り、ただの協力関係だろうさ」
「私は引退したら恋人達を連れて避暑地で余生を送ることが決まってるんです。老後まで忙しいのは真っ平御免だ」
ベルトランドと入れ替わりで入室したのは庭師だった。イェルハルドと顔なじみの老婆で、すっかり背が曲がっているが未だ元気である。
「お嬢様は薔薇には目もくれず、旦那様のお花や木に感激していらっしゃいましたよぅ」
「木か? あれの花も見ていないのにかね」
「とても良いものだとおっしゃってねえ。ええ、ええ、世話をしているあたしも嬉しいです」
イェルハルドが苦心して手に入れた海の向こうの国、クレナイで愛でられている木だ。こちらの大陸では気候が合わず、大量の虫が付くから育てるのが大変だった。苦労に見合うだけの価値はある薄桃色の花弁を見せてくれるが、その花弁を見ずに「良いもの」だと言ってくれる人はいない。
「旦那様、年齢は関係なく、趣味が合う方は大事にしてくださいねぇ。旦那様にもしものことがあったとき、あの木々を誰にお譲りするかが大事なんですから。せっかく丹念込めてお世話してきたあの子たちを枯らすなんて御免ですよ」
などととんでもないことを言う。
婦人は笑顔で室内の花を入れ替える。本来そういった作業は別の者がやるはずだが、この婦人の行動を咎める者はいない。当主たるイェルハルドへの態度ですら同様だ。
実際、この二人は気が知れた仲だ。名家当主と庭師の枠を超えて友情を育んでいる。
「上のお二人はまず枯らすでしょうし、ベルトランドさんも園芸には興味ありませんから育て甲斐がありません。ロビン坊ちゃんは及第点でしょうけど、まだお若いですから心配ですよ。あたしの後任を育てる気力が足りてません」
「……儂にはもう決める権利がないんだが」
「あら、そうなんですか。残念ですよぅ、せっかく丸め込んで理解のある人に株を分けようと思ったのに」
「そんなこと好きにすれば良いだろう。あれの所有者は儂だが、世話してるのは君だ。任せると言ったろうに……」
「ただの植物なのに、ちょっと珍しいだけで上のお二人がぐちぐち反発しますからね。お嬢様には変な注目を浴びせちゃいけないんでしょう?」
「おい、おい、進言したいのなら儂ではなくベルトランドに言ってくれ」
「進言って、あたしはただの庭師ですよ。バーレ家の次期当主候補様にかける言葉なんて持ち合わせちゃいません」
「傭兵団の団長が馬鹿を言うんじゃない」
「誤解ですよ。結成時に少し名前を貸しただけで、人を集めて団を大きくしてまとめ上げたのはベルトランドさんですからね。そんな権利ありません」
「前身は君の団だ。師みたいなものだろうが」
「そーんな立派なものじゃありませんよ。それにあんな大きくて可愛げのない弟子はお断りです」
ほほほ、と笑う老婆はイェルハルドの言葉をのらりくらりと躱す。歳に見合わぬ上腕二頭筋が服越しでも隠しきれていなかった。
「引っ込んだ年寄りが表舞台に出張っていいのは若者に泣きつかれたときだけですよぅ」
バタン、と扉が閉じられる。
しばし頭を抱えるイェルハルドに、それまで沈黙を保っていた執事が口を開く。
「あまり悩みすぎるとまた禿げますぞ」
「言い方」
「旦那様の頭髪を案じるのも役目にございます」
ぐう、と呻いた老人は頭を抱え込む。
名家バーレの実体が無礼者の集団だと誰が知ろうか。この当主に対する気安さ、間違っても他の者には見せられない。
しかしながらこんな彼らだからこそ、イェルハルドのある決意にも付き合ってくれるわけであって……。
「頭の話はするな」
「毎朝努力して隠しておられる御髪が薄くなってきております」
「やめい」
いつからか続く因襲も打ち壊せるだろうと信じているのだった。
3巻は書き下ろし特典(カレンが恋心に気付く話)含め恋愛要素等を追記し、本編も大幅に加筆修正しました。
挿絵もかなりいいところを選抜したので必見です。
他、しろ46さん(@siro46misc)、オロロさん(@ororooooooops)からのお祝いイラストがあります。




