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302、話したいのに話せないふたり

 ヴェンデルが邪悪な顔をするときはろくな事がない……とはいえ、気にかける余裕はないし、無事に誕生日を迎えてみると、ただ明るく喋ってくれるだけで感慨深くなる。

 招待客リストを携えた父さんが部屋を訪れた。


「最後にもう一度招待客の確認をしてもらいたいのだが、時間はあるかね」

「はぁい、こちらの準備は終わってます」

「はい、は短く一度だ」

「お客様が見えたら直しますー」


 なにせ招待客の数が多い。ヴェンデルのお友達は勿論、コンラートが懇意にしている取引先や知り合いに声をかけた。さらに皇帝陛下が来るのは周知の事実だし、ヨー連合国のサゥ氏族長まで足を運ぶ。いわばうちが開催する初の大々的なパーティーになるわけで、昼会といえど手を抜くわけにはいかなかったのだ。


「そういうことならいますぐ気を引き締めなさい。もうすぐバーレのイェルハルド殿がいらっしゃる」

「もういらっしゃるのですか」

「静かな方がゆっくり話せるからと仰せでね。ヴェンデルも一緒に出迎えて挨拶なさい」

「そうね、イェルハルド様なら挨拶の練習にちょうどいいかも」

「ちょうどいいって……僕はイェルハルド様をそんなに知ってるわけじゃないんだけど……」

「でも警邏を貸してくれたお礼はしなきゃいけないし、いきなりみんなの前で挨拶するよりは良いんじゃないかしら」

「カレン、ヴェンデル。急ぎなさい」

 

 ヴェンデルは平然としていても、毎日口上の練習を欠かさなかった。イェルハルド老は大物だけどこうして一足先に来たのなら内々にといった意味もあるだろう。

 実際、先にイェルハルド老が訪ねてくれてよかった。出迎えた折、仲良くさせてもらっている私やエミールはにこやかに挨拶できたけれど、ヴェンデルはそうもいかなかったのだ。


「こんにちは、イェルハルド様。この度は僕の誕生会にわざわざお越しいひゃ……」


 なぜなら噛んだから。

 無言で口を押さえるヴェンデルの頬は赤い。これにイェルハルド老は揶揄いもせず、笑いもしなかった。何事もなかったかのようにしれっと挨拶を交わした。


「……すみません」

「失敗は誰でもあることだ。むしろ儂で失敗できたのなら良かったのではないかね、次は頑張りなさい」

「はい」


 イェルハルド老は気にするどころか、微笑ましいと言わんばかりに目元を和ませているのだけど、ヴェンデルはそうもいかない。ずぅんと落ち込んでいるけれど、フォローは後だ。


「……いいなぁ。オレが失敗してたら素振り百回は追加だぞ」

「追加されたことあるの?」

「嫌ってほどにな」


 ぼやいてきたのはロビン。子供好きらしく、知り合ったエミールとも仲良くやっている。最近はベルトランドがバーレの後継の選び方を変える旨を宣言したせいか、次の後継者なのではと噂されていた。本人は迷惑がっているけど、イェルハルド老の血の繋がった孫でベルトランドにも可愛がられているとなれば、噂の的になるのは仕方ないのかもしれない。


「さて、早くに足を運んでしまって済まないね。うちの使用人達がうまくやっているのか気になってつい早く出てしまった。彼らは失礼をしていないだろうか」

「とんでもありません。バーレ家のみなさんのおかげで憂いなく準備を進めることができました。感謝してもしきれないくらいです」

「それならよかった。うちは普段静かすぎるから使用人の気は緩みっぱなしだし、こういった催しで少しは緊張を補った方がいい。なにより孫達の力になれるならなによりだとも」


 で、今回の誕生会だけどバーレのお世話になっている。なにせ著名人をお招きする誕生会なのに、我が家は使用人の数が足りない。力を貸してくれるキルステンすら兄さんが退いたために体制が万全とは言えず、クロードさんの事務所から人手を借りても配膳や警邏の人数が不足している状態。そこで相談させてもらったのはイェルハルド老だ。

 気の引けるお願いにもご老体は快く承諾してくれ、教育の行き届いた使用人さんを派遣してくれた。聞くに本家のベテランさん達も交じっているそうで、しきりにウェイトリーさんが感心したのを覚えている。バーレの協力がなかったら順調に準備を進めるのも叶わなかっただろうから、総出でお迎えしようというものだ。


「子供達の顔を見に来ただけだから、いつまでも構い続ける必要はない。ああ、それと贈り物を用意してあるから、あとでロビンから受け取ってもらえるかね」

「使用人までお貸し戴いたのに、贈り物まで……」

「そのくらいしか楽しみがないのさ。さて、よければ先ほど通ってきた見事な庭園を見ていきたいのだが……」

「あ、じゃあ自分が案内します」

「お願いできるかね、エミール?」

「この間の話の続きもありますから、是非案内させてください。いいですよね、父さん」

「……くれぐれも失礼のないように」

「はい!」

 

 趣味が合うとはいえ打ち解けてるなぁ……。


「ヴェンデル、これから嫌ってくらい慣れるから大丈夫よ。イェルハルド様も気にしていなかったし、いつまでも落ち込まない。次に失敗しなきゃいいのよ」

「落ち込んでないし」

「はいはい。心配だったら時間までクロードさんに練習に付き合ってもらいなさい。たしか休憩室にいると思うから、いまなら空いてるでしょう」


クロードさんならそれとなくうまく励ましてくれるだろうし。

 私は招待客リストを確認し、父さんと最後の打ち合わせを行っていたらあっという間に誕生会の時間だ。

 これはもう本当に忙しかった。エレナさんやヘリングさんといった親しい人たちはもちろん、ほんっとうに色んな人と挨拶を交わしたから時間が過ぎるのが早い。皆の協力もあって誕生会は順調。クロードさんとなにを話したのか、調子を取り戻したヴェンデルの評判も上々で私も鼻が高い。何気に会場にとけ込んでいるマリーは新しい彼氏を探しているらしいのだけど、サミュエルはどうするんだろう……。

 ま、それでも大体の皆さんが注目するのはトリでやってくる招待客なのだけど……。

 開始して一時間くらい経った頃、招待客ら一同が注目するのは本日一番の大物客だ。

 名前はライナルト皇帝陛下、並びに異国からのお客様サゥ氏族のキエム族長とその妹シュアン姫。

 そして……。


「すごい、とても素敵な催しね」


 お呼びはしていなかったはずの、キヨ嬢。

 なぜ彼女がここにいるか問うてはいけない。ライナルトと腕を組んでいることを突っ込んではならない。むしろ皇族を迎えられたことを誉れに思うべきだと頭を垂れた。


「本日は義息子の誕生会にようこそおいでくださいました、皇帝陛下。ならびにキヨ様、サゥ氏族のキエム族長、シュアン様」

「すまないな。彼女は招かれてはいないのだが、オルレンドルの催しだと聞いて来たがった」

「キヨ様に興味を持っていただけたのでしょう。光栄でございます」


 瞳をきらきらと輝かせる彼女に折れた……といったところだろうか。

 キエムは堂々と、反対にシュアンは人目に晒されて恥ずかしそうだけど、建物や庭の造りに興味津々だ。


「さて、本日の主役だが……」

「はい。お久しぶりでございます、皇帝陛下」

 

 個性の強い彼らを相手にヴェンデルは気後れしない。キエムやシュアンはもちろん、予定していなかったキヨ嬢相手にも挨拶しきったのは立派だった。

 キエム達の相手もあったからライナルトばかりに集中できなかったのだけど、この日、特に意外に感じたのはキヨ嬢。彼女はまるで夢物語に憧れる少女のような瞳で我が家を見つめていた。最初に「素敵」と口にしたのも嘘ではなく、しきりにうちを褒めちぎってライナルトの手を引いていたのだ。

 その、穿った見方をしてしまうのなら「鮮やかな飾り付けと料理が並んだ催し」に感激していた感じがあるのだけど……。

 それより、ライナルトも抵抗しないなぁ。


「カレン殿、そなたまったく話してくれなかったが、こちらでは色々派手にやったそうではないか」

「あら、一体どんな噂がキエム様のお耳に入ってしまったのでしょうか」

「色々だ、色々。私よりもシュアンが熱心に噂を集めていたぞ」

「お兄様! それは秘密にしてくださいと……!」

「まったく、魔女退治だなんだの……そんな活躍があったのならもっと話してくれてもよかったろうに」

「自慢にはならない話でございますので。それよりもオルレンドルの料理のお味はいかがです?」

「私には味が薄い。が、嫌いではない。充分に腕が良いと感じるとも、ここの料理人や使用人は腕が良いな。それに義息子殿も聡明そうだ」

「私共にとって一番の宝物でございますから、キエム様にそう言っていただければ嬉しく思います」


 ……良かったのはキエム達と始終平和に話せたことくらい?

 ライナルトと二人で話せたのは、キヨ嬢が離れ、キエム達の気が逸れたわずかな時間だけ。サゥの兄妹と話すヴェンデルを並んで眺めながらの会話だ。

 

「……ライナルト様、もしかして怒ってらっしゃいます?」

「いや、そういうわけではない」

「ではどうして目を見てくださらないのでしょう。時々目が合ってもずっとお顔を顰めてらっしゃいます」


 本当はお礼と服装を褒めるつもりだった。恨み言をいうつもりはなかったのに、どうしてこう口が滑ってしまうのか。


「この間の件でしょうか」

「違う」

「どう違うのでしょう。お言葉も以前よりぶっきらぼうです」


 人前だと王様然として変わらないけれど、こうして対峙するといやでも違いが浮き彫りになってくる。他の人はわからないかもしれないけど、声の端々に冷たい響きが混じるのを感じ取れずにはいられない。

 眉間の皺をほぐすためか、指で押さえながら言われた。


「私もいま考えているところだ。あとで必ず話そう。だからそう落ち込まないでもらいたい」

「落ち込んでなんかおりません」


 子供じゃあるまいし、そこまで顔に出してない。

 話はこれだけ。キヨ嬢が戻ってくるとライナルトは連れて行かれてしまったし、ニーカさんに話を聞く暇もなかった。

 しかもニーカさんさえ、私を見るなり目をそらしてしまったし……。

 今日の誕生会、皇族のみなさんには過分にお褒めの言葉をいただいた。参加者の人々も始終笑顔で、一般的に今日の誕生会は大成功の部類になる。

 その日はもうヘトヘトでキルステンの家に泊まらせてもらおうと思ったのだけど……。


「いや、駄目」

「へ?」

「カレンはうちに帰って」


 なんと愛息子ヴェンデルが氷点下並に冷たい態度で家に帰れという。私だってたまには父さんと語らいたいのに、とにかく帰したがる。


「ごねない。ごねたって今日キルステンに泊まるのは僕だから絶対ダメ。ウェイトリーはもう家に戻ってるし、僕は贈り物の開封作業があるんだからさっさと行って」

「父さんー! 私もヴェンデルの贈り物見たい!」

「……今日はヴェンデルに従っておきなさい」

「マリー!」

「あ、私も今日はこっちに泊まるからアナタはあっちね」


 一体なにがどうなって私をのけ者にするのか。

 打ちひしがれて家に帰ると食堂が綺麗に飾られている。ウェイトリーさんのみならず、仕事があると早めに切り上げたゾフィーさんまでいるのだ。正装に身を包んだままで、くつろいでいる様子がなかった。


「これなに、どういうこと?」

「理由は後でお話しいたします。ひとまず一度お着替えください」


 昼会ほど派手じゃないけど余所行きの服を渡され、汗を流して一休み。時間になったら呼びに行くと部屋に押し込められたのだけど……。


「いくら何でも遅くない?」


 眠気を殺して待つも、外が藍に染まれど誰も呼びに来ない。

 とっくに夕餉の時間は回っているし、ろくに食べていないせいでお腹が空いていた。そろそろと階下に降りていると、焦った様子のウェイトリーさんとエレナさんが話している。


「本当に来られないと?」

「どうも宮廷から出てくる様子がないみたいで……」

「しかし必ずお越しになると約束いただきましたのに」

「わかってます。なのでノアが先輩に連絡を取ろうとしてるんですけど、まだなにも音沙汰がないんです」


 宮廷? 先輩っていったらニーカさん?

 驚いた弾みで降りてきたのが二人にバレた。さっと態度を取り繕う二人だけど、会話はとっくに聞いている。


「……そろそろなにをしようとしてたのか、教えてもらえません?」


 言い訳しても無駄だと思ったのかもしれない。

 エレナさんがばつが悪そうに瞑目しながら言った。


「実はその……ヴェンデル君のお願いで、今日はカレンちゃんに陛下とこちらで夕餉を召し上がっていただく予定だったんですけど……」


 お忍びで来る予定だったライナルトが時間を過ぎてもやってこない、とウェイトリーさんも観念して教えてくれた。


「いえ、ですがなにか急務があって来られなかっただけでしょう。もうしばらくお待ちくだされば……」

 

 ……ヴェンデルの悪巧みはこのことかぁ。


「約束を忘れる方ではないから、お忙しいときは本当にそうなんでしょう」

「しかし」

「秘密の約束に押しかけてしまっては迷惑がかかります。ウェイトリーさんも朝から動いて疲れているだろうし、ゆっくり待つことにしましょう」

 

 結局ライナルトは寝る時刻になってもコンラートの玄関を叩くことはなかったし、遅い夕餉の相手はエレナさんとウェイトリーさんが務めてくれた。

 ヴェンデルはキルステンに泊まりになってしまったし、少し虚しいけど耐えられないほどじゃない。

 あとは寝てしまえば元気も出る。そう思って布団にくるまったらノックで起こされた。



「夜分に申し訳ありません。どうか下にお越しいただけませんか」

「ウェイトリーさん、どうしたの?」

「陛下がお越しです」


 ……聞き間違いかな?





3巻のキャラ紹介が本日Hayakawa books&magazines(ハヤカワ公式note)で更新されました。

モグモグカレン達はもちろんヴィルヘルミナやエレナもいますのでご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] このまま素直に話が続くと思えないので戦々恐々している。 なんか情報が断片的でちぐはぐ [一言] > 「まったく、魔女退治だなんだの……そんな活躍があったのならもっと話してくれてもよかっ…
[一言] 〉家の廊下どころ食堂が 誤字だと思うけど、どういう文のつもりだったのか分からないので指摘のみ。
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