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234、キエムの決断、そしてやらかし

 酔いのせいか眠たいが、どんな話をしてるか見たいじゃない。

 深く深く息を吸い、意識を開く感覚は説明し難い不思議な心地だ。

 呼吸を繰り返す間に魔法は完成した。

 次の瞬間、私の視界は庭に移っているのだが、肉体はないから変な気分。

 網膜に違う風景が張りついている感じ?

 身体は相変わらず部屋にあるのはわかるけど、視界と意識がもう一つあるというか……。

 一瞬ズキリと頭痛が走ったけれど、この程度なら大丈夫。うんうん、私、やればできるじゃないか。

 ライナルトはどこかな。

 たいして探さずに目的の人物は捕捉できた。二人の背中を見つけて近寄ると、つい声があがってしまう。


「なんで!?」


 勿論向こうに聞こえはしないのだけど、慌てて口を噤んだ。

 でもこれは仕方ないのではないだろうか。だってライナルトとキエムを見つけたのはよかったけれど、二人の足下に女性が転がっている。


「それで終わりだろうか」

「一応はな。他の密偵は確認できていないが、おそらくこれ以外はいないはずだ」


 犯人はキエムだ。地面に伏して気絶した女性を冷ややかな目で見下ろしている。

疲れた面持ちを隠せないが、先ほどよりライナルトに対する雰囲気は柔らかい。


「身内に敵を飼っていると苦労が絶えんよ」

「ドゥクサスの者か?」

「そうだ。まったく、サゥほど連中に尽くしてやった者はおらんというのに、恩をしらん連中だ」

「手ずからとは慈悲深い。部下に任せたらよかったろうに」

「俺の周りは気性の荒い連中が多くてな。ドゥクサスの名を出しては首ごと折ってしまいかねん。それにほら、召使いに扮しているのだ。俺から近付いてやれば逃げるわけにもいかんだろ。俺はいい主人なのだから」


 薄く笑ったのだが、女性はキエムによって遠慮なしに締め上げられた。


「……手を出してよかったのか?」

「構わん。ドゥクサスも我らに密偵を送り込む意味くらいは理解している。それにこれまで始末した人数も片手では足りん」


 女性はドゥクサスの密偵だった。ライナルトとの会話を聞かれたくないキエムが気絶させたのが正しかったらしい。


「ようやく本題に入れるな。待たせて悪かった」

「貴公と話さえできればなんでも構わん」


 まだ本題には入っておらず、私としてはラッキーである。二人は人気のない部屋まで移動したが、場所はキエムの私室と見受けられる。一番上の階層、かつ豪奢な部屋の扉には屈強な男性が護衛を務めていた。


「俺の居城なのに話が漏れぬ場所がここだけなのも悲しいが、これで心置きなく話ができる。腹の探り合いは済ませた、本題に移ろうではないか」


 ここから先は話をわかりやすくするため纏めよう。

 まずキエムはライナルトが皇帝カールから良く思われていない事情を掴んでいた。あの質問はほとんど試し行動で、ライナルトがどう出るかを観察していたと白状したのだ。

 ライナルトも承知の上でキエムと会談に臨み、そして既に皇太子としての地位は危ういと教えた。そこまでは予想してなかったキエムは驚きを隠せずにいる。

 宴会場でライナルトがキエムと二人きりになれるまで黙っていた理由は次の通りだ。


「ライナルト殿が言うとおり、俺はサゥ前首長の妻とドゥクサスの男の間に生まれた子だ。とはいっても向こうが勝手に母上殿を見初めたせいで、俺はサゥに嫌われたのだがな。育ての親父殿はそんな俺でもサゥの男だと認め、首長に推薦してくれた」


 キエムの身の上である。彼はドゥクサスとサゥの混血で、両部族にあまり好かれなかった経歴があったらしい。……たしかに公の場でできる話じゃない。


「他の兄弟が悉く無能だったせいもあるかもしれん。だが兄弟達、なにより氏族の中では亡き親父殿に次いで、誰よりも俺がサゥの未来を憂い、そのために手柄をあげ続けた。おかげでいまの座にあるが、兄弟達は俺を敵と見据えることで結託しておるわ」

「その上ドゥクサスには相当敵視されている」

「貴殿、耳聡いのも問題だぞ。余所の国の一部族の話に何故そこまで詳しい」

「お互い様ではないか? ……だが私にも一応目となり耳となるものがいるのでね」

「とんだ厄介者だが、有能ではある。俺が欲しいくらいだ」


 天井を仰ぐと、だが、と呟いた。


「まぁ俺が貴殿へ勝手に親しみを覚えていたのはそういうわけでもある。信じるか否かは任せる」

「信じるとも。私も似たような所感を抱いた。それに、でなければあの内容でこの会談に乗ってくるものか」

「あれか。まったく、読んだときは肝を冷やした。誰かに見られはしないかと、慌てて火にくべたのだぞ」

「気を引けたようでなによりだ」


 低く笑うライナルト。キエムもおどけているが、ライナルトとの会話を愉しんでいるのは明らかだ。

 ……もしかして二人とも宴会場では表情を取り繕っていたのかもしれない。

 いずれにせよ、私に理解できるのはひとつ。

 ふたりとも大変悪い顔をしている。 


「それで?」

「それで、とは?」

「先延ばしにするな。ああして密偵を捕らえ、貴殿を部屋に招く決意をしたのは、貴殿が俺に悪事を囁いたからだ」


 ライナルトがキエムに決意させた言葉はすでに放たれていた。キエムは膝の上で両手を組むと、ここから先は冗談ではすまされないと言いたげな眼差しで告げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()とはどういうことだ」

「そのままの意味だ。私ならば貴公がドゥクサスを討つ手段を用意できる」

「正気か?」


 一瞬、意味がわかりかねた。

 散々述べたけれどドゥクサスはヨー連合国の五大勢力のひとつだ。それを討てると、なぜライナルトがキエムに断言できる。

 気を引くだけにしては無理のある内容だが、ライナルトは悠々と足を組んでいた。

 

「たしかに正気ではない。だが互いに正気ではない程度の奇蹟を起こさねば先がない立場だろう。だから貴公は私の一言に乗ったのだ。このままではサゥに未来がないと己で知っているためにな」


 そしてライナルトも語る。

 昔、弱小だったサゥ氏族は、エスタベルデ城塞都市を得たことで力を付けた。対して近年のドゥクサスは後継者不足に見舞われ、また他の五大勢力との競争に負けたせいで勢いを落としている。

 ドゥクサスは急激に力を付けたサゥの下剋上を恐れたのだ。彼らを蹴落とすため、エスタベルデ城塞都市を手放す算段をつけたのである。

 そう語ったライナルトにキエムは、渋々表情ながらも頷いた。


「此度の返還も、ドゥクサスがサゥから城塞都市を奪うため強制的に渡りを付けたようなものだ。ヨーと帝国は遺恨が残っているものの、他の部族はドゥクサスほど痛手は受けていない。国交が回復するならそれはそれで良しと了解した」

「ドゥクサスの内部争いに巻き込まれたようなものだな」

「いい迷惑だ。連中の臆病ぶりには反吐が出る」

 

 心底嫌悪しているようで、彼の態度からドゥクサスとサゥ氏族の仲の悪さが窺えた。けれど個人的感情を表に出すのはここまでだ。彼が気にするべきは別のところにある。


「まさか貴殿が我らに軍を貸してくれるわけではあるまい。そのような戯れ言はいってくれるなよ」

「もちろん。私とて貴国とはうまくやっていきたいと思っているのだ。過干渉するつもりはない」


 ……侵略するつもりではあるけど、いま今後を考えるのは大事だものね。

 

「ではなにをもって我らにドゥクサス打倒を約束する」

「一時的にだが、帝国領にあるドゥクサス拠点までの行路を譲る。それをもってサゥ氏族はドゥクサスを討つがいい」


 ライナルトが提案したのは、確かにエスタベルデ城塞都市以上に利をもたらす話だった。

 ドゥクサスの拠点となる都市は帝国領土に近い場所にある。ヨー連合国領土側から軍を率いて近寄るには警戒されているが、帝国側から侵攻する分には守りは薄く、なにより戦への意識が薄い。一応帝国側からの進軍には警戒しているが、それでもいまの帝国がヨー連合国に戦争をけしかけるとは考えてもいない。


「エスタベルデからヨー連合国領土を経由しては日程がかかる。おそらく他の部族による介入も発生するだろうが、帝国領からであれば行程はかなり短縮されるはずだ。兵の疲労は少なく、他勢力に口出しされる暇を与えなくて済むうえに、ドゥクサスの不意をつけるだろう。いまは後継争いが続くために、ドゥクサスの族長達は一箇所に纏まっているのだろう?」

「簡単に言ってくれる」

「拠点を制することができるかは貴公の実力次第だが、まさかできないとは言うまい」

 

 帝国領が背になっているからこそ、その中をかき分けてきた味方から襲われるとは考えられていないのだ。


「族長共を打ち、拠点を奪う、か。それをもって五大勢力に上り詰め、エスタベルデ城塞都市の代わりにしろと。……それはまた、無茶を言う」

「よく考えてもらいたい。今回こそサゥ氏族自らの返還などと忠誠心を試される程度で済んだが、もしこれでドゥクサスの思惑に叶わなかったとして、今後も手出しされない保証はあるのか」


 これにはキエムも難しい表情である。

 つまりライナルトの話は真実なのだ。キエムはこれだけでは済まされないと考えている。すでに帝国との和解の道は示されてしまった。これの意に反すれば、ドゥクサス、下手をすればヨー連合国全体がサゥ氏族からエスタベルデ城塞都市を奪う可能性があると考えている。


「サゥ氏族は他の部族よりも武力を重視しているな。常に鉄、食料、薬を一定以上貯め込んでいたのを鑑みるに、いずれドゥクサスを討つ心積もりで準備していた。だがその機会を得られず手をこまねいていたのだろう」

「我らが帝国領土を進むと必ず目撃者が出る。それはどう処理するつもりだ」

「問題ない、解決できる」


 などと、ある提案をキエムに行った。ライナルトがサゥに望む本来の要望はここにあったのだとはじめて知ったのである。

 キエムはライナルトの正気を疑いつつ肘をついた。


「大騒ぎになるぞ」

「どのみち騒ぎは避けられん。ならば派手も地味も変わらぬではないか。帝国は事後さえ治めれば問題ない。貴国も、五大勢力を討つこと自体は罪ではなかろう?」

「……まぁな。長らく勢力交代が行われていなかっただけで、本来下剋上はヨーの華であり誉れだ。だからこそサゥは警戒されているのだが……俺はドゥクサスの血を引いている。いまの弱りきった頭さえ討てれば、民をまとめ、他の惰弱共は一掃できるとも。他の勢力に文句は言わせん」


 残ったドゥクサスの民を冷遇することもない。

 なによりサゥ氏族は奴隷制度を歓迎しない。ドゥクサスの奴隷制度もなくすつもりであると呟いたのである。


「私が貴公に親しみ覚えるのはその点だろうな。遺憾だが、私も奴隷については皇帝と同意見だ」

「俺は自分で考えることを良しとしない連中を作ることが嫌いなだけだ。だが俺が貴殿に親しみを覚えていたのはそれだけではないぞ」


 そして、キエムがライナルトをそこまで悪く思っていないもう一つの理由が判明した。


「皇帝カールの名はヨーでは忌み嫌われているが、サゥは帝国にドゥクサスの長が討たれたことで伸び上がった部族だ。貴国は面倒な相手だが、他の連中ほど嫌っておらん」


 ……まして境遇も似た感じだものね。


「貴殿の要望が気になっていたが、いまの話で納得した。そういうことであれば一応納得はいく」

「では返事は如何に」

「乗ろう」


 決断は早かった。氏族の命運を左右する決断を簡単に行っていいものか。もっと熟考を重ねるべきではないかと思ったけれど、キエムなりに理由があった。


「宴では皆の手前ああ言ったが、貴殿が考えている以上にサゥの立場は悪い。返還を拒めば粛正も止むなしと判断されるだろう。そうなれば他の勢力の力を借りてでもドゥクサスは我らを討つ。何れにせよどこかで出ねばならなかった」


 サゥ氏族は後がなかった。

 だから勝率の高い方に賭けると彼は語ったのである。


「……自分で言っておいてなんだが、私にそこまで語ってもよかったのだろうか」

「後がないのは同じではないか。俺は貴殿が疎まれているらしいとは聞いていたが、皇太子の座を追われるまでとは思っていなかったぞ」


 ライナルトの嘘偽りないカードがここで効いたのだ。

 後がない者同士気があったのか、彼らはこの後細かい打ち合わせに入ろうとしたのだが、ここで私の集中が途切れた。

 風が吹いて、カーテンが派手に揺らめいたのだ。ライナルト達をのぞき見していた視界が切り替わり、石造りの天井に移り変わる。

 ――長く魔法を行使し、『視』続けたせいで疲れた。

 お酒の影響も残っていたし、少しだけ眠るつもりで瞼を下ろしたら、すとん、と意識が飛んでいた。


「カレン」


 次の瞬間、名前を呼ばれて目を覚ます。

 まだ魔法の影響が解けていないらしい。ここにライナルトがいるはずないので、幻なら消えてくれと片手を振った。

 さらさらとした髪の感触、手がぶつかって触ってみたら、人の肌のようだ。ぺたぺたと撫でてみたら意外と体温がある。


「シス、こんな幻が出るのは聞いてない……なにこれ後遺症なの……ふざけてる」


 多分まともな言葉にはなっていなかったと思う。寝返りをうって横になったところで、あら、となった。

 ……遠見はしたけど、相手から私がみえることはないよね?

 というか触れないのでは?

 嫌な予感がして、そこでようやく意識がはっきりしだした。

 頭上では溜息の音がひとつ。背中と膝裏に腕が差し込ま……これは!?


「わああああごめんなさいぃぃ!!?」


 抱き上げられる手前で起きた。今度こそ起きた。ちゃんと起きた!

 案の定目の前にいたのはライナルトだった。こころなしか呆れた眼差しでこちらを見つめており、ジルケさんとハサナインさんすら「あーあ」といいたげな顔をしていたのであった。


 しろ46さんによるキャラクター一覧wikiが再公開されたようです。

 https://wiki3.jp/suuki/page/1


 活動報告更新しました。

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