228、恋敵は見過ごせない+新規イラスト
特別イラスト(人外ズ):https://twitter.com/airs0083sdm/status/1449573649682354179
おむ・ザ・ライス(@mgmggat)
まず記しておきたいのは、各国には独自の文化が存在すること。
帝国やファルクラム、そして大国ラトリアは違うが、ヨー連合国においては古くから奴隷制度が存在し、それに伴う人身売買が盛んだ。連合国に加盟している国すべてが人買いを推奨してはないけれど、連合国内で有力な氏族達がこの制度を採用している。一応法律上、人の取引は十五才以上のみとされているが、実際は子供も取り扱われるし、奴隷に子を産ませ、一家揃って奴隷として働くなんて話もざらにある。
家が貧しければ子を売る親もいるし、人間を売って稼ぐ商売もあって成り立っている国なのだ。
一応奴隷を脱する制度も存在するが、この条件はなかなかに厳しく、満たせるものはほんの一握り、と。ここまでが私が知るヨー連合国の事情だ。
現代であれば非難轟々雨あられ間違いなしだが、ここは異世界であり、その世界なりの文化を育んでいる。ヨーは大国なだけあって人口も半端ではなく、加えて長らくこの制度で成り立っているから、堂々と「非常識だ」なんて声にできる人はいない。これは前皇帝でさえも同様で、思うところはあれど所詮は他国。優先すべきは国益であり他国民ではなかった。
良い悪いの話じゃないのだ。
過干渉は戦争の源だし、それが国の在り方なのだから外国人が制度を変えられるわけでもない。
ところがカールはこれを嫌った。
前皇帝の時代は仲が良くない割にそれなりの交易はあったものの、彼が皇位についた後、両国の親睦を深める意味を込めた祝賀会の席で、堂々と奴隷制度を批判した。
批判だけならまだ関係悪化くらい。外相が頑張ればどうにかなったかもしれないが、そんなものではすまなかった。ある氏族の首長や有力者を殺害し、それが原因で戦争に発展した結果として、エスタベルデ城塞都市が奪われる結果に繋がった。
これだけだと手を出したのはカール側である。
乱暴な、と眉を潜める話だが、この話にはカールが激怒した理由のひとつとなる逸話が存在する。本当かどうかは怪しいが、一応連ねておこう。
この頃は比較的商人の行き来が頻繁だったのだが、その中には身分を偽った奴隷商も存在した。向こうの国では帝国人は人気があり、国境付近では人さらいが発生していたのである。
きっかけは皇帝カールが首長の所有物である、ある奴隷の若者に興味を持ったところから始まる。
ある奴隷と出会ったカールは、奴隷から話を聞いた。
「自分は元帝国人を父に持つ身である」と若者は言い、父が奴隷商に捕まり、売られた先の国で仕方なく所帯を持った末の身だと語ったのだ。若者の父はヨー連合国の人間に辛酸を舐めさせられたまま亡くなり、その若者は「国に帰りたい」という父の無念を胸に、父や同じく連れ去られた仲間の無念を伝えるべく働き続けた。
『貴方に会うためにいままで生きてきた』
ついに念願を叶えた若者に皇帝はいたく感銘を受け、そして自らの判断は間違いではないと決意を胸にする。そして招かれたヨー連合国の首長達の前でこう告げた。
『人は自ら王に仕えるべきであり、たとえ奴隷であっても強制されるべきものではなかろうよ。神は人を平等に愛している。ならば皇帝である余は公明正大なる支配者にして、信仰に忠実な擁護者である。野蛮人はいさぎよく罰を受けるがいい!』
皇帝カールなりの主張があったと考えられる。
互いに歩み寄るはずだった祝いの席が、この殺害により国交断絶。帝国はエスタベルデを失ったが、僅かばかり国境線を押しあげた。ヨー連合国は一大勢力の首長含め多くの有力者を喪い、おかげで内情はごたごた。一気に混乱状態へ陥った。向こうの内部事情は複雑らしく、戦がエスタベルデ陥落程度で済んだのもこのおかげのようだ。
これに関しては、新たに話を聞くことができた。
ニーカさんの部下ハサナインとジルケである。褐色の肌を持つ青年と、栗色の巻き毛が可愛らしい女性だ。
私の護衛はこの二人が担当し、細かいお世話は主にジルケさんが担ってくれる。愛嬌のある顔立ちで人懐っこく、ハサナイン青年は以前よりも穏やかさが増していた。
私に用意された天幕は決して大きくないが、一人で使うには十分な広さだ。中央に暖炉と煙を逃すための煙突が備わっており、明らかに貴人仕様である。絨毯まで敷かれており、奥には藁と綿の敷物で盛り上がった寝台ができあがっていた。
ライナルトの天幕からさほど離れていないのは、見張りのしやすさだろう。入り口で靴を脱いで上がり込むスタイルは懐かしさを覚える。
ハサナインさんが味わったことのないお茶を淹れてくれた。香辛料と牛乳がたっぷりの甘い飲料で、語りかけてくるハサナインさんは、以前にくらべ喋りが流暢になっている。
「私の一家はヨーの外れ、国境近くの村に住んでいた奴隷でしたが、昔の戦で村が帝国領に変わりました。その時に奴隷から解放してもらいましたが、それまでは都市から離れすぎていたために法の目は届きにくく、いい扱いを受けていなかった。持ち主の中にはきちんと奴隷の面倒を見てくれる人もいるらしいのですが、両親の世代はことさら酷かったようです」
「あたしの母も似たような感じです」
「ジルケさんもヨー連合国に?」
「ひとくちにヨーっていっても氏族が違って、あたしは帝国人との合いの子です。母はオルレンドルの端っこの村出身で……オルレンドルが縄張り争いで負けてしまって、運が悪く一家揃って奴隷に。そこであまりよくない人に買われたらしいんですね。でも、母達は他の奴隷と違って奴隷一世ってやつでしたから、反骨精神が残ってた。親戚一同で一番若かった母だけ逃がしてくれたそうです」
「それ……危なくないの?」
「危ないですよ。会ったことないおじさんやおばあちゃん達は、死ぬつもりで母を逃がしたんです」
奴隷は主人の所有物だ。脱走なんてもっての外だし、捕まれば命はない。それでも奴隷しか先がない人生は認められなかった。
おそらくジルケさんの祖父達は娘を逃がした罪で罰せられただろう。娘も家族を置いて逃げるしかなかった。それでも彼女のお母さんは後悔していないと語る。
「買われた商家が国境付近だったことや、助けてくれる人がいたことも運が良かったんでしょうね。命からがら逃げたところで保護してもらったそうです。そこで父と出会ってあたしが生まれたって形ですね」
さてここで出てくる「一世」なる言葉。これはそのままに意味になるのだけれど、中々厄介な言葉を意味する。
「もうちょっとそのあたりの話を聞きたいかな。これも一人では飲みきれないし、二人もどうぞ」
「わ、嬉しい。実はお腹ぺこぺこなんです」
「……ありがとうございます。相伴に預かります」
余ったお茶は話し相手になってくれる二人にも分けて、一緒に暖炉を囲んだ。本当は任務中だからいけないのだろうけど、私が望んだのだから大目にみてもらおう。
「さっとしか知らないのだけど、ジルケさんのお母さまは一世よね。解放された後はどうだったの?」
「お詳しいですねー。そうですね、元々教育に熱心だったおかげであたしは苦労しませんでした。そういう意味ではハサナインの方が大変だったのよね」
「私の世代でやっと、といったくらいかな。両親はともかく祖父母達は細々と使用人として暮らしているよ。いい人に雇ってもらえたから、普通に賃金をもらえるし、それだけでもありがたい限りだ」
なんの話かと言えば、奴隷を脱した後の人生である。
帝国は国境を押しあげて領土を広げて国境沿いの村を吸収した。ハサナイン一家ももちろんその対象で、元の主人は有無を言わさず処刑されたようだ。人道的観点から奴隷達は解放されたが、問題はその後。
ジルケさんの両親のように奴隷以外の道を知っているなら解放後も万々歳だが、考えなくてはならないのは、何世代にもわたり奴隷であった人達。基本的な教育すら受けてこなかった奴隷だ。
彼らは生まれて以来奴隷以外の生き方を知らなかった。食べ物や着るものもすべて与えられていた。商売なんてしたことはないし、自由にできるお金すら持たせてもらったこともない。「さあ、今日からお前達は農民として生きるがいい」と解放されてもなにもできない。家を与えられ一時金を支給されても、家計のやりくりがわからず、右往左往するばかりの人達も一定数存在した。
将来を考えればやりくりくらいはわかるだろう、と考えるのは私たちがそれを普通と捉えられる教育を受けているからだ。
「頭のいい人達は解放後すぐにうまくやったようですが、私の家族はそういう人達ではなかった」
言い方は悪くなるが、奴隷としての性分が染みついていたのだ。
そういった人達が存在するのは衝撃だが、皇帝はこれに対策を施した。当時の国境付近の領主に命じ、元奴隷達に改めて教育等を施す政策を取ったのである。これが見事、実となったのが目の前の青年であった。
「……二人はなんで軍人になって、そしてこんな僻地に?」
この質問は意図が掴めなかったらしいが、二人は顔を見合わせ、不思議そうに教えてくれた。
「エスタベルデは犠牲になってしまいましたが、おかげで私は人らしい教育を受けさせてもらっている。私が軍人になったのは国に恩返しをするためです」
「ニーカさまには良くしてもらってます。そのニーカさまが信頼している皇太子殿下なら、あたしたちはこっちかなって。それに所属変えることもできませんし」
二人は帝国に恩を感じているが、皇帝やヴィルヘルミナ皇女の思想に抗っているからライナルトの元にいるのではない。ニーカさんの元に配属され、そして良い上司だと信じているからライナルト麾下に加わっている。私は目上の人達に会う機会があるから派閥や思想といった話になるが、大抵の兵士はこういうものなのだと実感させられた心地だ。
「ところで、ええと、コンラート夫人? それともカレン様がいいですか」
「カレンで大丈夫です。それで、なんでしょう」
「御身を守る必要がありますから、私たちはなるべく貴女の近くにいます。夜も同じでして……こちらとしても配慮はしますので、殿下の元へ赴く際は一声かけていただけますか。居場所は把握しておきたいんです」
「はぁ、それは構いませんけど。夜にライナルト様を訪ねる用事なんてそうそうないと思いますよ。機会があってお食事とかくらいでは?」
これに慌てたのはジルケさん。顔を真っ赤にした彼女はハサナインさんを小突き、声を震わせた。
「ちょ、ちょちょばっ……! あんたもっと言い方ってもの……ものが! そういうのはあたしが言うから……」
「……だってさっきから言い出せずに困っていただろう?」
なんの話だろうかと思っていたのだけど、ジルケさんの様子で段々と私も理解しはじめた。途端、顔に血液が集中しはじめる。え、あのその夜って、あの。
「わ、わわわたし、そういう、関係じゃありませんので……!?」
「あれ、そうなんですか?」
のんびりと首を傾げる青年。
指が震えてカップからお茶がこぼれる。
「ち、ちちちがいます! 断じて、絶対、あの方そういうの興味なさそうですし……! こちらはただの平凡貴族ですから……対象にすらなりませんよ!?」
「あ、なるほど。それは失礼しました」
今度はあっさり謝られた。それはそれで納得できないのは何故だろう。
「殿下がお優しい顔をなさると聞いていたから、誤解していました。お詫びします」
「い、いいえ……」
ここでほっと胸をなで下ろしたのはジルケさんだった。
「あ、あぁ~……違ったんですね。ならよかった。シャハナ長老のところのお弟子さんが殿下に入れあげてるから……こんなところで恋愛沙汰でも起きたらって心配で心配で……」
…………。
殊の外強い力で彼女の肩を掴み、しっかり目を合わせながら訊いていた。
「それ、詳しく」




