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218、ささやかなよげん

 私たちの話を聞いていたのか、黒鳥がびっくりして飛び上がる。ふわふわの背中にぽてんと着地したけれど、シャロは微塵も動く気配がない。黒鳥はたぶん驚いて……いるのだと思うのだけど、私とシスを交互に見つめている。なんとなく感情は伝わるようになったとはいえ、相変わらず何を思考しているのかは不明だ。

 

「やるやらないはともかく、どうしてそういう話になるのか聞きたいのだけど」

「あっれぇ? きみ、ライナルトが気になってるんじゃあないのか」

「……否定はしないわよ」


 どうにも目で繋がってから、シスには私の片思いがバレている節がある。

 ズバッと言ってくるわけじゃないから放置しているけど、にやにやと意地の悪い笑みを向けられるのはいい心地じゃない。

 追及しようとしたところで、ちょうど良いタイミングでノックが入った。


「下でウェイトリーさんが待ってるみたいだけど、用事ってまだ終わらないわけ。っていうか話し声がするけどなに?」


 マリーだ。思ったよりシスとの話に時間を取られたらしく、椅子から立とうとしたところで、扉の向こうで慌てる気配があった。


「あ、ちょっとチェルシー、勝手に入るのは駄目だって……」


 まだチェルシーと一緒にいたようだ。彼女が部屋に入ってくると、興味津々で部屋中を見渡した。基本、彼女が三階に上がってくることはないから珍しさが勝ったのかもしれない。シスを見つけるとはじめは怯えた様子で、しかし空中に浮かぶ彼が珍しいのか、両手を伸ばして触ろうと試みた。

 はじめこそチェルシーをうるさげに払おうとしたシスだが、はたと何かに気付いた様子で態度を改める。


「おっとっと。だめだよちいさなお嬢ちゃん、きみみたいな子に私はよくない。大変よろしくないぞ、早く離れなさい」


 彼にしてみれば人の年齢なんて関係ないのだろうか。意外にもシスはチェルシーの手の届かない範囲まで上昇してしまった。

 わあわあはしゃぎながらシスに手を伸ばすチェルシー。彼女に気付いたシャロがさりげなく影に隠れていったのを私は見逃さない。室内飼いと元外猫との差といおうか、クロと違いシャロは苦手な人間が多いのである。

 これに困ってしまったのは私やシスではなくマリーであった。予想だにしない来客は、まず間違いなく玄関を通ってきた人物ではない。しかし相手が宮廷魔法使いなのは知っている。困惑も露わに動揺を示したが、しかしそこは流石の肝っ玉。ウェイトリーさんやクロードさんに言われたことを思いだしたのか、チェルシーを捕まえると私に苦言を呈した。


「お客様が来ているのなら早く言ってちょうだい。予定が色々変わるでしょうが」

「はい、ごめんなさい」

「それとウェイトリーさんにお茶を用意してもらうけど、その色々と散らかった部屋で話を続けるのかしら」

「う、いやこれは……」

「ああ、気にしないでおくれよ。汚い部屋は色々慣れてる」


 本来ここで頭を下げるべきなのはシスである。が、わかっていたけど本人は何処吹く風だから……私もそのうちどこかで諦めの方が勝るのだろうか。ところで私の部屋は汚くない。ちょっと本や器具が重なっておかれているだけで、一般常識的な範囲の散らかり具合だ。

 この積み重なった本だって、魔法の勉強をしろとシスとルカがどんどん積み重ねていったせいなんだから。


「ちょうどいいや、リオに何か作ってもらおう。そんでついでに散歩だ」

「え、待って、私は……」

「目眩ましくらい頑張ってかけろよ。今日は私が近くにいるから平気だろ」


 近くにいるとしみじみ感じるのだが、彼の気紛れに振り回される人は本当に大変だ。

 散歩に出るというシスに慌てて帽子を取って身支度を整えると、片手に紙袋を携えたシスはとっくに玄関で待機済みだ。焼きたてのパンを囓りながら「遅い」とのたもう『箱』の相手には忍耐が必要なのだと改めて思い知らされる。

 出かけ前には部屋で呼吸を整えていた。気持ちを静めて、習ったとおりの『魔法の言葉』を口ずさむと、身体の周りにうっすら膜を張った感覚があった。これで目眩ましもとい認識阻害の魔法は完成だ。

 シス曰く、本当は『魔法の言葉』なんて初歩中の初歩で本来なら声にせずとも魔法を行使できるらしいが、私のようなみそっかすには必要だろうと教えてもらった。

 ……いまでもこめかみがズキズキと痛むのに、これもいずれ声なし即実行せねばならないと思うと、いささか気が重い。もちろんやると決めたからにはやりますけどね。

 いやはや、しかし生まれ変わりの頃はあんなに遠いと思っていた『魔法』がこうも身近になるとは、誰が予想できただろうか。

 陽射しはすこし強かった。久しぶりに出る家の外は新鮮で、空気が美味しい。気晴らしにはもってこいだろう。

 シスと並んで道を歩くのは……すこし不思議な気分。午前は人通りもまばらだけど、誰もこちらに注目する人はいない。


「リオさんのこと、随分お気に入りね」

「そりゃあ頼まなくても色んな飯を用意してくれるからね、文句も言わないし、色んな国の味覚を僕に用意してくれる。しかもタダときた」

「……それはどうも。うちの料理人が褒められるのは私も嬉しい」


 そのお代はすべてうちが払っている。シスのおかげで食費が倍以上になったのだが、きっと言っても授業料だなんだのと返されるのがオチなのだろう。


「割り込まれてしまった話を戻しましょうか。いくらなんでもいきなり魔法で転移っていうのは突然すぎない。私、これだけの魔法を使うのもいっぱいいっぱいよ」

「できないことはないはずだけどね。非常に不本意だが、きみと私の相性は悪くない。ちと肉体が貧弱なのが気がかりだけど、あの小娘の手助けがあれば、城塞都市までなら往復で跳ぶくらいは可能なはずだ」

「あのね、気になりはするけど、だからといって帝都を放り出していくほどまぬけじゃないのだけど」

「きみ程度が帝都を空けたところで問題はないさ。だって他の頭脳が優秀だろ。当主の役目ってのはなにも特出した才能だけじゃない。大多数に求められるのは仕事の責任を取ってまとめあげるための度量と、下の人間からの信頼だ」

「ええ、ええ。確かに私はライナルト様みたいに存在感があるわけでもないし、モーリッツさんほど事務能力が優れているわけでもありません。度量も広くありませんから目下勉強中ですけどー」

「拗ねるなよ。逆に言えばきみみたいな人間は動きやすいんだ。いいじゃないか、幸いいまのきみは家に引きこもり、多少留守にしたって周りの人間が誤魔化してくれるだろ」


 ここまで言われると、さしもの私もシスの意図が多少は掴めてくる。というか先ほどから露骨ではないか。


「……城塞都市に行かせたい理由があるのね?」

「おっとぉ、ようやく気付いてくれたかい」

「揶揄うためだけにしてはいつになく下がらないもの。なんのつもりがあって言いだしたの?」


 ここでシスはひと笑い……かと思いきや、向かいから歩いてきた、犬連れの男性に大きく仰け反って道を譲った。犬の方はシスに興味を持ったみたいだけど、飼い主に誘導されて、名残惜しげに去って行った。


「ああもう、これだから犬は……ええと、そうだそうだ。きみにはとりあえず話しておくべきなんだが……」


 早く話せば良いのに、ここで勿体ぶって間を置いた。


「さっき気付いたこともあるし、大したことない方から話そうか。こっちは完全に僕の善意だけど信じるか信じないかはきみ次第だ」


 うん、と妙な呟きを残したのである。

 こういうときのシスはあまり良い感じがしない。反射的に心構えをすべく息を吸ったときに、それはいわれた。


「きみのところのあの小さな女の子、先は長くないぜ」


 ――あの小さな女の子、とは。

 普通ならばルカを連想するが、この場合は違う。家を出る前のシスの態度を鑑みても、彼の物言い的に該当する人物は多くない。

 ……だから、そういう話を「ここでご飯食べよう」くらいの気軽さで言わないでほしい。それに心構えを要するからって、こんなのはまるきり予想外だ。

 

「……チェルシー?」

「ああ、そうそう。その子」


 空を見上げながら道ばたの小石を蹴って歩いていた。どんどん先に進んでいくから、止まってしまった足を慌てて動かす。


「ちょ……っと待って。なんでそこでチェルシーが出てくるの」

「出てくるもなにも、さっき近くで見て気付いた。あの子はきっとそのうち死ぬな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 意味のわからない物言いだった。いつもであれば冗談ではないと叱るところだけど、湧き出てくるのは純粋な疑問と焦りだ。つまり、私はシスの言葉を嘘だと否定しきれない。それどころかほとんど信じてしまっている。

 無視してはいけないと全身が警鐘を鳴らしているからだ。


「ま、まって。いえあの疑ってるわけじゃ、たぶん、ないのだけど……! でもなんでチェルシーが。たしかに彼女は薬を飲んでるけど、量はちゃんと守らせてる。身体に害はないってお医者様の保証だってされてるわ。いまは健康そのものだし、ベンさんみたいに……」


 まさか彼女もベン老人みたいに地下遺跡の影響を受けている?

 私の考えを読んだのかシスは横目で笑うけれど、それはいつもと違って静かで、どこか淋しげな微笑みだった。


「いやぁ、地下遺跡じゃないだろ。あの子くらい健康なら魔力を徴収されたところで影響なんてどこにもない。大体これは言葉にはしにくいし、形があるものじゃない」

「シス?」

「私じゃなくて『僕』が感じたことさ。こういうのは久しぶりだから驚いたが、きっと間違えてはいないはずだ」


 チェルシーが健康体なのはシスも理解している。だから彼女が病気で亡くなることはないのだろうが、だとしたら何故先が長くないなどと示唆したのか。シスも過去を懐かしむように、顎を撫でながら答えていた。


「『僕』の頃に数回しか経験してないし、この記憶なんて幻みたいなもんだからもうはっきりとは言えないんだけどな」

「いいから教えて」

「……うーん。なんとなくさぁ、あるんだよ。健康でどこにも異常はないのに「あ、もうじき死ぬな」って人間。別に呪われてるわけでもないさ。普通に暮らしてるだけなのに、この世との繋がりが薄いというか、縁がなくなるんだ。僕の爺さま曰く、一部の精霊に備わる死期を悟る能力だっけか」

 

 他人事のように……実際他人事なのだろうけど言われてしまった。なにか対策はないのか聞いてみても、答えは「ない」とそっけない。


「私はそうなんだな、とわかったから伝えただけで、元々対策できるものじゃないのさ。爺さまの話じゃ、昔の精霊達はこんなことは伝えなかったらしいね」


 なんでも死期を伝えると人は慌てふためいて生き延びようとする。ときに無用な争いに発展し、それは権力者であるほど大きな戦になるから、彼らは身近な人の死を悟っても決して声にはせず、最後まで相手に寄り添ったらしい。

 ではなぜシスは教えてくれたのか。

 これに該当しそうな答えを、彼はぽつりと呟いた。

 

「精霊としての僕なんてなくなったと思ってたのに、まだ残ってたとは驚きだ」


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