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180、山の都、転生の真相

 ――やられた。

 彼らの意図に気付きはすれど、ここで怒りを露わにするのは、四妃ナーディアの客人としては品がない。


「ライナルト様の意図がいまようやく理解できました。ですが、ですが……ええ、私の用件はナーディア様のふるさとのお話です」

「そ、そうなのね。ごめんなさい、まさか正しい意味で尋ねられる日が来るなんて思ってもいなかったから」


 これには彼女も吃驚である。なにもかもシスとライナルトのせいだ。

 狼狽する彼女にゾフィーさんは察するところがあったのか、自ら庭の散策の許可を求めた。彼女には侍女さんが付き添うが、空気を読んでの行動だ。

 落ち着きを取り戻したナーディア妃は恥ずかしい、と小さく囁いた。


「わたくしったらすっかり勘違いしてしまったわ。許してちょうだいね」

「私もまさか、という気持ちですから。今回はライナルト様にしてやられました」

「あの御方が何も言わず人を寄越すなんて珍しいと思っていたけど、ここまで意地悪な方だとは思わなかった。コンラート夫人……いえ、カレンは苦労しているのね」


 どうやら同情を買った様子。すっかり緊張がほぐれたのか、手ずからお茶を用意するとお菓子まで選り分けてくれたのだ。


「ナーディア様、先ほど申し上げた用件は本当です。ですがライナルト様がなにも考えずに私に薔薇を託したとは思えません。これはつまり、あなた様に話を聞いても良いと――そう考えているのですが、お聞かせ願えるでしょうか」

「そうね、わたくしもうっかり喋ってしまったし。なによりわたくしの故郷を知りたいなんて言ってくれる子を追い返す真似はしたくはありませんが……」


 が、なんだろう。ナーディア妃の目がまっすぐに私を捉えた。そこにおっとりとした柔和な女性の面影は無く、底冷えするような恐ろしさがあった。


「その前に、聞かせてくださる? あなたはどうしてライナルト様に味方しているのかしら。コンラート夫人といえば陛下に叛意を示したエル・クワイックの討伐者たる勇の者でしょう」


 そんな姿を見せられてしまうと、彼女がライナルトと関係あるという噂も奇妙に納得いってしまった。安心したとまで言ってもいい。


「端的に申し上げれば、あなた様と嫌いな人が一緒なのです。どのくらいかと問われたら、あの余裕ぶった表情を壊してやりたいと思うくらいには」


 視線が交差した。ナーディア妃の審査を通過できるか不安だったけれど、多くの言葉は必要なかった。張り詰めた空気はすぐさま消え去ったのだ。


「……変なことを聞いてごめんなさいね。殿下が薔薇を託した方だもの、大丈夫とはわかっていても、つい、ね」

「いいえ、大体ですがナーディア様の経緯は耳にしております。それを思えば致し方なきことかと」


 山の都の話は後回しになるが、まずは私と彼女の『山の都』という言葉に対する行き違いを修正しなければならないだろう。

 そこから聞いた四妃ナーディアの話は、絵物語もかくやの修羅場である。


「誘拐されるように帝都に連れて来られて……どのくらいかしらね。わたくしは本当に……どうしてもカールが好きになれなくて」


 山の都が滅び、帝国領の端で家族と暮らしていた四妃ナーディア。彼女は父を殺され、カールに無理矢理妃にされて以降、望まぬ生活を強いられた。宮廷内では自由であるものの、他の区画へ出ることは許されない。宝のようにしまわれた彼女は数多くいる妃の中で、群を抜いて大切にされた。他の妃と違い後ろ盾すらない四妃、彼女を傷つける者は例外なく皇帝に処されたし、皆も否応なく皇帝カールの意を思い知らされた。


「もっとも、カールがわたくしを大事にするのは愛情からではありません。サンドラと二人きりで許されているのも、他の人を近づけたくないからでしょう」


 この発言の意味はあとで説明するとしよう。

 宮廷内でこのような一軒家でひっそり暮らすのを許されているのも彼女だけだ。皇妃は存外彼女を憐れんでいるようで、後宮のトップである皇妃がこの調子だから、ここでの生活は比較的平穏であると語る。

 欲しい物は大抵が与えられた。四妃ナーディアに割かれた予算は潤沢で、たくさんの妃から羨ましがられた。

 けれど彼女が欲しいのはそんなものではなかった。


「わたくしはね、豪華な装飾品や衣装なんてほしくなかった。帝国の片隅に与えられたちっぽけな領地でも、お母様達や、それに好きな人と一緒に暮らせたらそれでよかったの」


 帝都に来る以前、山の都の王族の生き残りである彼女はのびのびと暮らしていた。彼女に周りには友人や恋仲の人だっていた。帝国に敗れた彼らにとって、もはや栄華など遠い物語。没落一途であろうと血を繋ぎ、なにより幸せであれば良いと暮らしていたのに、その平穏を壊したのはカールであった。

 父が死に、目の前で恋人を斬りつけると、今度は母の首が斬り落とされる寸前に命を拾った。

 彼女の母が必死に懇願し、娘の命を繋いだ。

 しかしながら母子は同じ場所で暮らせない、ナーディアは帝都へ行くことになったのだ。


「了承されたのですね?」

「するしかなかった。お母さまを守るにはそれしかなかったし、なにより生きなさいといわれたから。本来ならひとりで行かねばならなかったところを、お母様がサンドラを付けてくださって……」


 以降、母親とも会っていない。数ヶ月に一度交わす手紙だけが彼女と家族の繋がりなのだ。

 こうして皇帝に囚われた四妃ナーディアだが、そんな彼女に接触してくる者がいた。帝国、特に皇帝カールに対し敵意を持つ者達である。彼らはかつてオルレンドルに祖国を滅ぼされた人々で、恨みを忘れていなかった。特に熱心なメンバーの中には『山の都』を祖とする者もいたのだ。

 ナーディアは彼らを助けることを決意した。以降、サンドラやその人の力を借りて反帝国の意思を持つ組織を援助したのだ。ただ、囚われの身である彼女の支援は限られているから規模はどうしても小さい。組織は縮小化するばかりで、悩む彼女に力を貸したのはライナルト。彼はどういうわけか彼女と『外』の関係を掴み、そして言葉巧みに近づいた。


「いまさらこんなことをお尋ねするのはなんですが、よろしかったのですか? あの方は……」

「わかっています」


 皇帝カールの跡継ぎに力を借りる。

 彼の手を取るまで悩みも多かったようだ。結局のところ力を借りる他なかったが、彼が力添えしている件を知っているのはナーディアだけ。また彼女の存在も反乱組織の主導者しか知らないため、現在まで秘密は守られている。

 これは絶対に秘匿しなければならない。反帝国の意思を掲げている者は国を滅ばされただけではなく、単純に帝国を嫌っている者もいるのだ。皇太子の力を借りているなど彼らの存在意義に関わるし、下手をすれば内部から瓦解するため、ナーディア妃とライナルトは慎重になっている。

 持たされた薔薇はライナルトのメッセージ。帝都に潜む反乱組織の状態を指すのだと教えてくれた。こうして確実に安全な場が整ったときのみ、初めて彼女は自らの意志を声にできるのだ。

 すべてを聞き終わると全身から力が抜け、背もたれに身を預けていた。

 なんてことだ。つまり、はじめっから彼女と私の会話は噛み合っていなかった。私は純粋に彼女の故郷の話を聞くつもりが、ナーディア妃にとっては「反乱組織について話をしたい」と聞こえたも同然だったのだ。


「殿下もわたくしの故郷には興味をお示しにはならないから……。若い子なんて、とくにそう。とっくに滅びた国について聞きたいなんて思わなくて――あなたなら大丈夫だろうけど」

「大丈夫、って、どういうことでしょう」

「あの男はわたくしが故郷の話をするのを許さない。これまで興味を持った方々は悉く遠くへ追いやられてしまったけれど、あなたは帝国にとって必要とみなされた方だもの。それに殿下が花を託したのなら、気にかけていらっしゃる証拠にも思えます」


 故に話してもいいと、寂しそうに微笑むナーディア妃。

 ここからは私が知りたかった『山の都』の話になるのだが、やはりというか、山の都はこの世界においてかなり異質の国家だった。

 というか、もうぶっちゃけてしまおう。

 物語よろしく、異世界、つまり現代知識を持つ人間を呼び寄せその知識を活用し成長した国家である。

 もちろん「異世界転生」ですなんて語られたわけではない。ナーディア妃自身は山の都が滅んでから生まれているからおとぎ話として認識しているが、彼女が母親から伝え聞いた内容はまさに「よくある」異世界転生だ。

 

「山の都の発祥が御使い様と精霊と言われているの。そこに人々が集って国として形を成し、繁栄した。天より現れた御使い様はわたくしの祖先と契りを結び、いまのわたくしたちに繋がったと代々伝わっています」


 話し相手に飢えているのか、嬉々として亡き故郷を語ってくれる。当然だが、シスから聞いた話よりもずっと詳しく、推測するには充分の材料が揃っていた。


「ええと、たしか御使い様……? に該当する人物の魂を下ろしたとも聞きましたが、その人物とはどう違うのですか」

「あらあら、本当によくご存知ね。確かにその話も本当よ。でも祖となる御使い様と神降ろしは違うの」

「違う、とは……?」

「あなたは信じてくれるから話してしまうけれど、神降ろしはあくまでも魂だけをこちらにお呼びするのよ。でも御使い様は違う、神の国からおいでになったの」


 ころころと笑いながら違いを教えてくれたのだが、次の言葉には愕然とさせられた。


「御使い様はわたくしたちとは違う世界から現れたそうよ。けれどわたくしたちに慈愛を抱いてしまい、それ故か帰る道を忘れてしまった。『山の都』が神降ろしをするようになったのは御使い様にお縋りしたように知恵を借りるためでもあるけれど、なによりこの地に身を埋めるしかなかったお心を慰めるためであるの。御使い様の魂はいまもこの世界を揺蕩っていると信じられていたから、生まれ変わってわたくしたちの前に姿を見せてくださると信じたのね」


 この話が本当なら『初代御使い様』は転生ではなく、異世界に迷い込んだ『異世界転移人』になる。ざあ、と顔から血の気が引いていくが、話に夢中のナーディア妃は気付かない。

『山の都』は定期的に『御子』に神降ろしの儀式を行い『御使い』を降臨させていた。

 御使い=転生人から宣託と称した知識を授かり、国の繁栄に繋げていたのだ。

「御使い」は山の都の繁栄に一役買った。国は繁栄し、一時期は大国になると噂されたが、精霊の減少に伴いそれも難しくなった。儀式もすっかり形骸化し、ナーディア妃が記憶する儀式が行われたのも彼女の曾祖父母の代が最後らしい。

 などと聞いたところで、彼女は少しバツが悪そうに苦笑した。


「いまだから白状してしまうと、わたくしも儀式をしたことがあるの」


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