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過労死サラリーマン、銀河の無茶振りに挑む 〜地球の存亡は10年後の星間会議(ミーティング)で決まるそうです〜  作者: パラレル・ゲーマー


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第37話 神々の工場と王たちの渇望

 あの日、人類が初めてその孤独の終わりを知らされてから、地球時間にして半年が経過した。

 世界は、熱狂の祭りの季節を終え、新たな現実という名の、静かで、しかしどこか奇妙な浮遊感を伴った新しい日常へと移行していた。街には、銀色のアクセサリーや宇宙人をモチーフにしたファッションが溢れ、テレビをつければ、子供向けのアニメが未知なる星の友人との交流を夢見がちに描き、本屋には、難解な天体物理学の解説書がベストセラーとして平積みされている。

 人類は、宇宙というあまりにも広大な隣人を得たことで、かつてのちっぽけな国家間の対立や人種間の憎しみを、まるで古ぼけた歴史の教科書の一節のように、急速に忘れ去ろうとしていた。

 だが、そのあまりにも牧歌的で平和な世界の水面下では、目に見えない、しかし熾烈を極める静かなる戦争が、刻一刻とその激しさを増していた。


 富士の樹海の地下深く、CISTの巨大な地下施設。その心臓部であるメインコントロールルームは、もはや日本の、いやG7の科学技術の聖域であると同時に、世界で最も狙われる最重要の軍事拠点と化していた。

 壁一面を埋め尽くすホログラムスクリーンには世界地図が広がり、その上を無数の赤い警告アイコンが、まるで悪性のウイルスのように明滅を繰り返している。


「――過去二十四時間で、当施設の外部防壁に対するサイバー攻撃の試行回数は、三億八千万回を記録。そのうち99.8%は、発信元の偽装が極めて巧妙であるものの、人民解放軍の第61398部隊、及びロシア連邦軍参謀本部情報総局、通称GRUとの関連が強く疑われます」

 内閣情報調査室から出向してきた分析官が、色を失った顔で淡々と報告を続ける。その声は、もはや日常業務の報告ではなく、終わりの見えない消耗戦の戦況報告のように響いた。

「人的な動きも、さらに活発化しています。先週、CISTに所属する量子物理学の田中研究員の令嬢が通うインターナショナルスクールに、中国大使館の武官の子供が、極めて不自然なタイミングで転入。現在、公安による厳重な監視下にありますが、接触は時間の問題かと」


 その報告を聞きながら、CIST室長である的場俊介は、指の骨が白くなるほど強くこめかみを押し揉んでいた。彼の胃は、この半年間、常に鉛を飲み込んだかのように重く、もはや胃薬は気休めにすらならなかった。

「……ご苦労」

 的場が短く言うと、分析官は深々と一礼して下がっていった。

 室内に、重い沈黙が落ちる。円卓を囲むCISTの中核を担う科学者たちの顔にも、半年前の英雄的な高揚感はどこにもなかった。あるのは、終わりの見えないプレッシャーと、神の技術というあまりにも巨大な壁の前に立ち尽くす研究者としての無力感、そして、いつ自分や家族が敵国のスパイの標的になるか分からないという、生々しい恐怖だけだった。


「……やはり、限界ですな」

 沈黙を破ったのは、チームの最年長である湯川教授だった。彼は、冷え切ったコーヒーが半分だけ残ったマグカップを虚ろな目で見つめながら、ぽつりと呟いた。

「介入者様からお預かりした、あの視覚拡張用義眼。……我々は、この半年、文字通り寝る間も惜しんでその解析を続けてまいりました。……そして、いくつかの驚くべき発見はありました。外殻を構成する未知の合金の組成の一部を特定し、内部のエネルギー伝達効率に関する新しい物理法則の存在も、理論上は証明できた。……ですが」

 彼は、深く、深く息を吐き出した。

「……ですが、それだけです。……我々は、神が描いた完璧な設計図の、その表紙を撫でているに過ぎない。……この義眼を、我々人類の技術で『再現』するとなると、おそらくあと五十年……いや、百年あっても足りるかどうか」

 その、絶望的なまでの告白。それは、この場にいる全ての科学者たちの、偽らざる本音だった。

「そして何より」と湯川は続けた。「『代替装備』の臨床試験。……あれもまた、大きな壁にぶつかっております。……我々は、あのエレナ・ヴァシレヴァ嬢の奇跡の義手を参考に、CISTの総力を挙げてレプリカを製造しました。……ですが、出来上がったのは、ただの無骨で高性能な義手に過ぎなかった。……あの脳と完全に一体化し、生身の腕以上に滑らかに動く奇跡を、我々は再現できないのです。……被験者たちからは、『確かに素晴らしい義手だ。だが、これは私の腕ではない。ただの便利な道具だ』という悲しい報告が、次々と上がってきております」

 その言葉は、的場の心を抉った。そうだ。自分たちが今やっていることは、神の御業の、あまりにも拙い猿真似に過ぎない。民衆は、メディアは、そしてG7の同盟国たちは、日本が神の技術を完全に掌握し、次々と奇跡を生み出していると信じている。だが、その内実は、この惨憺たる有様なのだ。このギャップが、いつか必ず破綻をきたす。その恐怖が、的場の精神をじわじわと蝕んでいた。

「……そろそろ時間だ」

 的場は、壁の時計に目をやり、重い腰を上げた。

 月に一度、介入者と行われる定例会見の時刻だった。今日の会見には、郷田総理をはじめ、日本の安全保障を担う主要閣僚たちが、オブザーバーとしてこのCISTに直接来訪している。彼らに、この惨めな進捗状況を報告しなければならないのかと思うと、的場の胃はさらに強く収縮した。


【仮想対話空間 "静寂の間"】


 約束の時刻。

 的場とCISTの科学者たち、そして特別ゲストである郷田総理や防衛大臣・鬼塚たちの意識は、月面の観測ステーションが生成する仮想空間へと転送された。

 光を飲み込むマットブラックの無限空間。白く輝く円卓。

 その神聖な空間に、日本の権力の中枢を担う男たちが、初めて直接足を踏み入れた。彼らは、そのあまりにも非現実的な光景に、畏敬の念を隠せないでいた。

 やがて、円卓の中央に光の粒子が舞い降り、介入者メディエーターがその神々しい姿を現した。


『――どうも。的場室長。そして本日は、珍しいお客様もご一緒のようだね。郷田総理』

 介入者の声が、全員の脳内に直接響く。その声には、どこか全てを見透かしたような、穏やかな響きがあった。

「はっ。……これは介入者様。……本日は、我々日本の最高指導部を代表し、貴殿に直接ご挨拶と、そして日頃の感謝をお伝えしたく、参上いたしました次第」

 郷田は、その老獪な政治家の仮面を完璧に被り、深々と頭を下げた。その姿は、神に謁見する敬虔な信者のようだった。

 だが、介入者は、その儀礼的な挨拶を軽く手で制した。

『まあ、固い話は抜きにしたまえ。……それよりも的場君。……君の顔色は、あまり優れないようだね。……何か悩み事かね?』

 その、あまりにも直接的な問いかけ。

 的場は、一瞬言葉に詰まった。そして、意を決してこの半年間の苦悩を正直に吐露し始めた。CISTの研究が壁にぶつかっていること、神の技術の再現性のあまりの困難さ、そして、手作業での代替装備の開発が、もはや限界に来ていること。

 そのあまりにも情けない進捗報告を、介入者は腕を組み、静かに聞いていた。

 そして、的場の報告が終わると、彼は、まるで出来の悪い生徒を諭す教師のように、ふっと息を吐いた。


「――やはり、そうか。……君たちは、実に不器用だな」


 その、憐憫とも侮蔑ともつかない一言。

 CISTの科学者たちの顔が、悔しさに赤く染まった。

「……申し訳、ございません……」

 的場が、絞り出すように謝罪する。

 だが、介入者は首を横に振った。

『いや、謝る必要はない。……それは、君たちの知性が劣っているということではない。……むしろ、君たちはこの半年、私の予想を遥かに超える速度で、私の与えた課題を吸収してきた。……その勤勉さには、改めて敬意を表そう』

 彼は、そこで一度言葉を切った。

 そして、まるで悪戯を思いついた子供のような、楽しげな響きを声に滲ませた。


『――だが、君たちはあまりにも真面目すぎる』


「……は?」

『私が与えたのは、あくまで『ヒント』だ。……教科書だ。……それを、一字一句違わずに再現しようとするなど、あまりにも非効率で、創造性のないやり方だとは思わんかね? ……私が、毎回、君たちの臨床試験のたびにこの月面からわざわざ出向いて、患者一人一人の義手や義眼を取り付けてやる? ……そんな面倒なこと、私がやると思うかね?』


 その、あまりにも率直で、そしてどこか傲慢な物言い。

 だが、誰も反論できなかった。

 そうだ。

 神が、我々人間のために、いちいちそんな下働きのようなことをしてくれるはずがない。


『――はっきり言おう。……手間なんだよ。……非常にね』


 介入者は、断言した。

『だから、君たちのために新しいオモチャを用意してやった。……もう、手作業でチマチマと代替装備を作るのは、今日で終わりにしろ。……今後は、これを使いたまえ』


 彼がそう言った、その瞬間だった。

「静寂の間」の円卓のすぐ横、何もないはずの黒い空間が、陽炎のように揺らめいた。

 そして、その空間が、まるで黒い布を引き裂くかのように、縦に裂けた。

 亀裂の向こうは、完全な闇。

 その闇の中から、一つの巨大な物体が、音もなく滑るようにして姿を現した。


「―――なっ……!?」


 その場にいた日本の最高指導者たち、そして最高峰の科学者たちが、一斉に息を飲んだ。

 それは、一つの巨大なカプセルだった。

 高さは、四メートルほどもあるだろうか。未来的な流線型のフォルムを持ち、その表面は、真珠のように淡い光を放つ未知の素材で覆われている。カプセルの中央には、半透明のガラスのような窓があり、その内部には、人間一人が横たわれるほどの大きさの、複雑な医療用アームとスキャナーが、びっしりと並んでいるのが見て取れた。

 それは、もはや機械ではなかった。

 一つの完璧な芸術作品、あるいは、神が人間を創造するために使う、聖なる子宮のようだった。


「…………こ、これは……」

 郷田総理が、その老獪な仮面も忘れ、ただ呆然と呟いた。

 介入者は、その驚愕する人間たちを満足げに見回しながら、静かに、そしてこともなげに告げた。


「――サイボーグ化装置だ。……まあ、君たちの言葉で言うなら、『全自動サイボーグ化ポッド』とでも呼べばいいかな」


 その、あまりにもSF的な単語。

 科学者たちが、一斉にそのポッドへと駆け寄ろうとする。だが、見えない力場に阻まれて近づくことはできない。


『まあ、落ち着きたまえ』

 介入者は、その狂騒を静かに手で制した。

『使い方は、極めてシンプルだ。……何せ、君たちが最も慣れ親しんだインターフェースを、わざわざ採用してやったのだからな』

 彼が、ポッドの側面を指差した。

 すると、その滑らかな表面の一部がすっとせり上がり、一つのタッチパネル式のスクリーンが現れた。

 そして、そのスクリーンに表示されたのは、見慣れた、あまりにも見慣れた青い空と緑の丘の、あのロゴだった。


『――搭載OSは、Windows 10だ』


 その、あまりにも場違いな宣告。

 一瞬の沈黙。

 そして次の瞬間、CISTの若い科学者の一人が、ほとんど無意識に叫んだ。

「――マジかよっ!!!!」


 その、あまりにも現代的な絶叫。

 それが、この場の異様な緊張感をわずかに和らげた。

「……な、なぜ……Windows 10なので……?」

 的場が、震える声で尋ねた。

 介入者は、肩をすくめた。

『言っただろう? 君たちに一番馴染み深いインターフェースを選んだだけだ。中身は、君たちの知るそれとは全くの別物だがね。……我々が君たちのOSを解析した結果、最も直感的で、最もエラーが多く、そして、最も人間的な欠陥に満ちたこのOSこそが、君たちの思考様式を最もよく反映していると、そう結論づけたのだよ』

 その、褒めているのか貶しているのか、全く分からない説明。

 だが、科学者たちは、もはやそんなことはどうでもよかった。

 彼らの目は、スクリーンに表示された信じがたい情報に、釘付けになっていた。


『――銀河コミュニティ標準パッケージ Ver.7.2.1』

『――機械化パッケージ・ライブラリ:登録数 100,000件』


「……じゅ、十万……!?」

 湯川教授が、その老いた顔を引きつらせた。

『ああ。この中には、銀河コミュニティで一般的に使用されている、ありとあらゆるサイボーグ化のパッケージが、十万種類ほど詰まっている』

 介入者は、まるで新しいスマートフォンの機能を説明するような口調で続けた。

『例えば、これだ』

 彼がスクリーンに触れると、一つのパッケージの詳細が表示された。

『パッケージNo.00001:『医療用・汎用代替装備(初級編)』。……君たちが今、必死で開発しようとしているやつだな。もちろん、君たちのレプリカとは比較にならんほど高性能だが』

『パッケージNo.03152:『深海作業用・耐圧外骨格』。……水深一万メートルの水圧にも耐え、暗闇の中でも活動できる。……マリアナ海溝の探査も、これがあれば散歩のようなものだ』

『パッケージNo.17769:『超感覚知覚・拡張ユニット』。……人間の可聴域、可視光域を遥かに超えた情報を知覚できる。……コウモリのように超音波で周囲を把握したり、蛇のように赤外線で獲物を見つけたり。……世界が、全く違って見えるようになるぞ』


 次々と表示される、神の技術のカタログ。

 その一つ一つが、人類の歴史を根底から変えてしまうほどの、破壊的な可能性を秘めていた。

 科学者たちは、もはや言葉もなかった。

 ただ、子供のように口をあんぐりと開け、その奇跡のリストを眺めているだけだった。


『まあ、色々とお試し下さい、としか言いようがないな』

 介入者は、楽しそうに言った。

 そして彼は、まるで付け足しのように、最後の、そして最大の爆弾を投下した。


『――ああ、そうだ。……君たちが一番興味があるであろうパッケージも、もちろん用意しておいたぞ』


 彼が指し示した先。

 スクリーンに表示された、一つのフォルダ。

 そのフォルダ名は。


『――サイボーグ兵士化パッケージ(軍事利用限定・取扱注意)』


 その、あまりにも直接的で、あまりにも危険な単語。

 その瞬間、今まで黙ってその様子を見守っていた防衛大臣・鬼塚の呼吸が止まった。

 彼の猛禽類のような目が、カッと見開かれる。

 その瞳の奥で、業火のような純粋な欲望の炎が、燃え上がった。


『その中にも、色々と面白いものが詰まっている』

 介入者は、悪魔の囁きのように続けた。

『パッケージNo.72110:『光学迷彩・ステルス潜入ユニット』。……その名の通り、姿を消して敵地に潜入できる。まあ、初歩的な技術だがね』

『パッケージNo.89314:『重火力強襲用・多連装兵装ユニット』。……両腕、両肩、背中に様々な火器を搭載できる。一人で、一個小隊並みの火力を発揮できるだろう』

『パッケージNo.99821:『戦術ドローン指揮・広域制圧ユニット』。……数百機のドローンを、自らの脳で直接指揮し、戦場を神の視点から支配できる。……まあ、これも子供のオモチャのようなものだが』


 その一つ一つが、現代の戦争の概念を完全に過去のものとする、究極の兵器。

 鬼塚は、わなわなと唇を震わせた。

 その脳裏には、既に、この鋼鉄の神々で編成された無敵の皇軍が、アジアを、そして世界を席巻する姿が、鮮明に映し出されていた。


『まあ、そっちも色々とお試し下さい。……どんな兵士が作れるか、どんな戦争ができるか。……それは、君たちの想像力次第だ』

 介入者の、その無邪気な言葉。

 それは、人類という子供に、核兵器の発射ボタンを、おもちゃとして与えるに等しい行為だった。

 的場は、全身から血の気が引いていくのを感じた。

(……ダメだ……! これはダメだ! 人類には、まだ早すぎる……!)

 彼の魂が、絶叫する。

 だが、その声は、この場の熱狂の中では誰にも届かない。


 その危険な空気を察したかのように、介入者は、ふっと話題を変えた。

『ああ、そうだ。……もちろんどんな素晴らしい技術にも、欠点というものはある』

「……欠点、ですと?」

 郷田が、探るような目で問い返す。

『ああ。……このポッドは、そこそこ大食らいでね。……特に、高性能な代替装備や兵装ユニットを製造する際には、大量のレアメタルや特殊な金属類を、素材として消費する。……まあ、君たちの星の埋蔵量では、数個師団のサイボーグ兵士を作ったあたりで、すぐに資源が枯渇するだろうがね。……その点は、注意が必要だ』


 資源。

 その言葉が、閣僚たちの熱狂した頭脳に、冷たい現実を突きつけた。

 そうだ。

 これは、無から有を生み出す魔法ではない。

 何かを得るためには、何かを失わなければならないのだ。


『まあ、その問題の解決策も、いずれは教えてやってもいいがね。……君たちの、今後の頑張り次第だ』

 介入者は、意味深に笑った。

 そして彼は、まるで最後のプレゼントを取り出すかのように、再び空間に亀裂を生じさせた。

 今度は、先ほどの黒いポッドとは対照的な、純白で、どこか有機的な曲線を描くもう一台のポッドが、姿を現した。


『――そしてもちろん。……失敗はつきものだ』

 彼は、その白いポッドを指差した。

『サイボーグ化に失敗したり、あるいは機械の体になったことを後悔したりした場合には、……こちらの医療用ポッドで、治療してやるといい』

『この中には、アークが開発した究極の治療用ナノマシンが、充填されている。……これを使えば、どんなサイボーグ化された肉体も、完全に元の生身の肉体へと復元することが可能だ。……それどころか、あらゆる病気、怪我、そして老化すらも、理論上は治療できる。……まあ、君たちの倫理観が、それを許すのであればだがね』


 究極の安全保障。

 究極の生命保険。

 そのあまりにも甘美な贈り物を前にして、もはや、日本の指導者たちの最後の理性のタガが、完全に外れた。


「―――これは、ありがたいです!!!!!!!!」


 最初に叫んだのは、財務大臣の大蔵だった。

 彼の目には、もはや円もドルも見えていない。

 見えているのは、この二つのポッドが生み出す、無限の富と国力だけだった。


「素晴らしい! 素晴らしい、介入者様! これさえあれば、我が国は、医療産業、そして軍事! その全ての分野で、世界の頂点に立つことができる! 我が国のGDPは、十年で十倍、いや百倍になるぞ!」

「そうだ!」

 鬼塚が、立ち上がって吼えた。

「これさえあれば、我が国は、誰にも脅かされることのない、絶対的な力を手に入れることができるのだ! もはや、アメリカの顔色を窺う必要もない! 我々自身の力で、このアジアに新たな秩序を築き上げるのだ!」

「おお……! なんということだ……!」

 郷田総理ですら、その老獪な仮面をかなぐり捨て、子供のように目を輝かせていた。

「……これは、天照大神の御再来か……! ……我が国は、ついに神武天皇の御代より続く、八紘一宇の理想を、この宇宙の時代に実現するのだ……!」


 その、あまりにも時代がかった、しかし本心からの叫び。

 日本の権力の中枢は、今、神から与えられた究極の力に完全に酔いしれ、危険な狂乱の饗宴へと突入していた。

 そのあまりにも愚かで、しかしどこか愛おしい人間たちの姿を、介入者は、その神々しい仮面の下で、静かに、そしてどこかもの悲しい目で見つめていた。

(……やれやれ。……だから言っただろうに)

(……人類こどもに火を与えると、こうなるのだ)


 そして、的場俊介だけが、その狂乱の輪から一人外れ、青ざめた顔で静かに戦慄していた。

 彼は、見てしまったのだ。

 介入者が、最後にほんの一瞬だけ見せた、その瞳の奥の光を。

 それは、慈愛でも、憐憫でもなかった。

 それは、自らが仕掛けた壮大な実験が、思惑通りに進んでいることを確認した、冷徹な研究者の目だった。


(……我々は……我々は、踊らされているだけなのではないのか……?)

 その、根源的な恐怖。

 だが、その彼の小さな呟きは、王たちの狂喜の歓声の中に、虚しく掻き消されていった。

 人類の未来は、今、二つの神の遺物の前に、希望と破滅の両極端へと、大きく、大きくその扉を開こうとしていた。


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