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96 せっかちな人たち

 

 サイがスマホを見て言った。

 「まだ10時半だ。ナツミ、いまから出社するか?」

 「うん、行く」

 「サメジマ、あんたも来い。ナツミの職場を知っといてもらわないと」

 「了解だ」

 

 それで、わたしたちになぜかAチームの面々も加わって、会社に向かった。

 「川越市内だとは聞いていたが、ずいぶん近いんだ」

 鮫島さんは車を使うと思い込んでいたから、タワマンを歩いて出たときは驚いた。

 「10分かかりませんよ」天草さんが言った。

 鮫島さんはたったいま出たタワマンを見上げてしみじみ言った。

 「しっかし、あんたがたずいぶん大胆に活動してくれるな」

 「なにを仰るか」ボブがせせら笑った。

 「ロシアと中国はもっと大胆だぜ一尉殿。この国は冷戦中の大英帝国も真っ青なスパイ天国じゃねえか。知らんわけじゃないでしょう?」

 「まあ……そうなんだけど」


 「やっぱ、クリステン・スチュワートだな」ジョーが言った。

 「え?そうかぁ?たしかに目は似てるけどさ……あんなちんちくりんじゃないし。白人じゃないし」

 「クリステンが身長6フィート3インチになって筋肉つけてレッドソニアの衣装着れば女サイファーだろ?」

 「それじゃスライ(注1)の最初の嫁そのまんまだし」

 「そっか……」


 わたしは振り返って尋ねた。「なんの話してるんです?」

 「夢の愛人についてよ」ジョーとシャロンが同時に答えた。

 「おまえら諦めろ。サイファーはストレートだ」

 「なんだよボブ、あんたになにが分かる?だいいちサイファーはナツミと同棲してるんだから」

 「分かんだよ。サイファーはストレート!」

  

 たしかにそうだ……わたしは歩きながら少しうなだれた。


 すぐに会社の雑居ビルに着いた。階段を上がってドアを開けた。

 「おはようございまーす。すいません。遅刻してしまいまして……」

 「あらおはよう!」

 窓際のデスクで後ろ手に腕を組んでふんぞり返ってた社長が、パッと笑顔になった。「なーに大勢で!さ、みんな入って入って!」

 退屈が嫌いな社長はAチームの訪問に喜んだ。椅子を掻き集めてソファーの脇に並べてみんなを座らせた。

 「天草さんちょっくら下に行ってケーキ買ってきて!」

 「あーはい、コンビニじゃなくてププリエとかですね?」

 「もちろん!クリームチーズとオペラ五個ずつ、アップルパイも」諭吉さんを一枚渡しながら言った。

 「分かりましたー」

 「領収書!」

 「分かってまーす」


 わたしはコーヒーを用意した。

 「デスペランはいないの?」

 「メイガンと仕事の打ち合わせで残ったの」ジョーが答えた。

 「それはざんね~ん。でもニューカマーもいらっしゃるのね」鮫島さんのほうを向いた。

 「あ、ども、鮫島です」

 「日本人よね?NSA関係のお仕事?」

 「え?あ、いやそれは、詳しくはちょっと……」

 「その人自衛隊レンジャーっす」シャロンがバラした。「わたしたちと同じ仕事だけど、日本政府から派遣されたの」

 「あらぁ!エリートさんだわねえ。防大卒とか?」

 「あー……はい」

 「ボーダイ?」ボブがシャロンに尋ねた。

 「ウエストポイント(注2)みたいなとこだよ」

 「士官学校出でレンジャーっすか。マジエリートっすね!」

 でもその言葉は言外に「そんなやつがなぜここに?」というニュアンスを含んでいた。

 「あらでもボビー、あんたもハーヴァード卒だって言ってたよね?」

 ボビーは謙虚にうなずいた。

 「政治と心理学」

 「わたしもハーヴァード法学部」これはシャロン。

 「俺イェール、バスケ奨学で」ブライアンが言った。

 「あたしMITだけど?」ジョーが言った。

 鮫島さんはやや居心地悪そうだった。学歴マウントは難しいようだ。

 「わースゴい!部屋ん中の偏差値が急上昇した!」

 まったくだ。

 わたしもヒナさん他社員さんたちもせいぜいDランだ。かろうじて対抗できるのは社長くらい。

 Aチームってチャラい人ばかりっぽいけど、やっぱ優秀な人が派遣されてるんだ。

 (そんなスゴイ人たちに守られてるんだなあ……)

 コーヒーを配膳しつつわたしは気が重くなった。(わたしにそんな価値ないよ……)



 「こんなに大勢がサイファーと行動してるってことは、やっぱアレよね?異星人がらみ」

 「えっちょっと待て!」鮫島さんが慌てた。

 「なんでこの人までそんな話してるんだ!あんたたちはなんにも隠してないのか!?」

 「サイファーとディーがそう判断すればね」

 「そう、わたしお仲間なの。大変光栄なことだわ」社長がホホホ、と笑った。

 鮫島さんはよろりと立ち上がって面々を見回した。

 「あんたたち、本当にそんなんで良いのか……?」

 「なんでもかんでも守秘義務で縛らないと落ち着かないのは分かるけど、でもここじゃ通じねえんですよ」ブライアンが面白そうに言った。

 「そうよ!だから異星人の話して!はやくぅ!」

 「わたしたちもまだよく分からないんですよ」わたしは言った。

 「えー?そうなの」

 「そうだ」サイが引き継いだ。「さっきまでタワマンでその話し合いをしててね」

 「でもその異星人たちサイファーくんに用事があるのよね?そうじゃなきゃおかしいわよ」

 「やっぱりそう思います?」

 「当然!でもテレビ観てても埒あかなくてさ。ネット漁りしてたらあんたたちがいらしたわけよ」


 鮫島さんはどこか気の抜けた表情で出口に向かった。

 「トイレですか?」

 「いや……」鮫島さんは振り返って言った。「ちょっと、外で電話」

 「はあ……」

 鮫島さんが出て行って扉が閉まると、ボブが肩をすくめた。

 「まー生真面目すぎる奴には向かん仕事だわな」



 だけどほんの二分で扉がバンと開いて、鮫島さんが汗だくになって戻ってきた。


 「や、やつらが来た……!」


 「あ?」


 「異星人だよ!いまこの上空に宇宙船がいる!!」



(注1) シルベスター・スタローンの愛称。ちなみに最初の奥さんはブリジット・ニールセン。旦那より5センチ背が高い。


(注2) アメリカの由緒正しい陸軍士官学校。


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