表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/199

91  逃避行

 ★ これまでのあらすじをざっと。


 わたし、川上ナツミはぼっちニートしてたんだけど四月のある日、勇者サイファーくんがわたしのアパートに現れたからさあ大変!

 わたしは「終焉の大天使教会」とかいう怪しい団体からサイファーくんのお世話を頼まれてしまった。サイファーくんはもとの世界に帰りたがってるけれどそのためには魔力――〈魔導律〉を貯めなくちゃならない。

 ところがアメリカとか中国とか日本がその〈魔導律〉を奪いたくてわたしたちの生活にちょっかい出してきた!そうでなくてもサイファーくんを付け狙うストーカーとか女子高生がわたしの生活を邪魔しに来るのに!


 わたしはサイファーくんとしっぽりスローライフを送りたいだけなのに、なんでみんな邪魔するの?


 ……そんなこんなしてるうちにサイファーくんはTSして美女になっちゃった!もうなにがなんだか。

 お台場の即売会にわたしたちの敵が大集合して大騒ぎになったけれど、わたしたちはなんとかその修羅場をくぐり抜けた。


 そして現在――




 九月になったけれどいまだ夏は終わらず。


 そしてわたしを取り巻くややこしい事柄も、いまだ止まず。



 デスペランさんとNSAが情報シャットダウンをやめてしまったおかげで、いまやわたしとサイの個人情報はダダ漏れである。

 アメリカは異世界人が地球に転移している事実を隠蔽するのをやめたのだ。

 公式に認めてるわけでも無いけどね。


 だからと言って、そんなの信じる人なんてそうそう増えるわけじゃないらしい……

 みんなが半信半疑だ。ミステリーサークルやUMAと同じ扱い、と言えば分かりやすかろう。


 そんなわけでわたしはここ二週間というもの、公共交通機関を利用していない。会社にはサイがテレポーテーションで送ってくれる。

 アパートには着替えをとりに帰るけど、長時間過ごすことは無い。

 幸いサイのおかげで金銭的余裕はあるので、わたしたちは気ままにテレポートして全国津々浦々の旅館やホテルをハシゴしている。

 アパートの秘密のドアをくぐってラブラブアイランドに逃避しても良かったけれど、アパートに引っ込んでると思われると、朝方には数人の不審者が道端に出没する。

 

 こんな生活になってしまったのも、コミケ数日後、会社から帰宅中のわたしが路上でいきなり肩を掴まれ、驚いて振り返ったところを写真に撮られたからだ。

 相手は週刊誌かなにか、マスコミの人だった。

 心底驚いたわたしは足早にその場から立ち去ろうとしたけれど、記者は追いかけてきた。


 「ねえきみ川上ナツミさんだよね?ちょっとお話聞かせてくれる?ちょっとだけ!――おい待てってんだよあんたさぁ!」


 わたしは振り返らずアパートまで走った。

 (なんで自宅近くで逃げなきゃならんのよ!?)そう思ったのを覚えてる。


 とにかく、わたしを振り返らせたときのあの記者の顔……あのしたり顔、なんとも形容しがたい、モノを見る目つき――にわたしはおびえきった。


 「ねーなんで逃げるのよ!?あんた何様のつもりなん!?ひょっとしてもうスター気取り!?」


 嘲笑混じりの無神経な言葉を背中に浴びせられながらアパートの階段を上がると、サイが迎えてくれて、わたしは心からホッとした。


 その記者はサイと話し合ったらしい。どんな話し合いだったかサイは言わないけど。



 そんなことが三回ほどあって、わたしはアパートから立ち退くことを真剣に検討したけれど、それは根本的な解決にならないとサイが言った。

 まあ、その通りだと思う……だって巨大掲示板にわたしたちのことが書き込まれてるんだもん。

 書き込みの大半は、なぜか男性からと思われる誹謗中傷だ。あまりに酷い内容なので引用は控えたいが、どうもわたしは極めてケシカラン女らしい。

 テンプレートと化した個人情報(不正確)が繰り返しコピペされ、卒アルの写真が流出した。男子からの中傷があまりにも陰湿なためか、同性からの攻撃はほとんど無いのが救いだけど……

 会ったこともない人たちがどうしてあれほど汚い言葉で人を罵れるのだろう?

 カマトトぶる気はないけれど、あの匿名さんたちの憎悪の矛先を実際に向けられるストレスは、想像を絶した。

 とにかく、精神衛生に悪そうなのでわたしは読むのをやめた。


 小説のほうも筆が滞っている。

 尾藤の悪質なコメントを削除すると、感想欄はずいぶんとスッキリした……残ったコメントに返信して、わたしはいったん感想欄を閉じた。

 敗北感を覚えた。



 ここ数日、わたしは空気になったような気分で、わたしの心身を気遣ってくれるタカコや上野隊長の電話とメールでかろうじて現実につなぎ止められていた。


 マンガもアニメも見る意欲が沸かない……。コミケの戦利品をめくっていたのが遠い昔のことのようだ。


 ときどき、ひとりになって泣いた。



 サイは即売会以来、女のままだった。

 これは救いになった……寂しい面もあるけれど、いまはイチャイチャするより同性の友達がほしかった。

 サイは心が強い。それにずっとそばにいて、わたしを支えてくれる。


 それで、いまは妹の家にいる。パパとママが出掛けてるあいだユリナちゃんをお世話するためだ。

 実家はネットにバレてるけどこちらはまだ無事だった。

 わたしの悩みを共有していない小さなお友達と過ごす。これこそいまのわたしに必要なことだ!    


 「そう思うよねー?」

 「ネ~?」ユリナはニコニコ顔でうなずいた。

 ユリナはサイお姉ちゃんの膝に座っている。大きなお姉さんをはじめは怖がってたけれど、優しくだっこされてすぐに懐いた。

 「にぃには?」

 最初はサイがどこにいるか聞いてたけれど、わたしたちと遊んでいるうちにどうでも良くなったらしい。それともちっちゃい子なりにこの大柄なお姉さんがサイだと気付いたのか?

 分からないけど子供は順応性が高い。大きなお姉さんに抱え上げられたり振り回されたりしてユリナは大喜びしていた。それにネコさんも一緒だ。


 

 お昼ごはんを終えたわたしたちは、散歩がてらユリナを公園に連れて行った。

 ユリナは近所のお友達と一緒に遊具で遊び始めたので、わたしとサイはベンチに座ってその様子を眺めた。


 10分ほどそうしてると、ベンチの隅に紋付き袴姿のおじいさんが杖をついて座った。

 するとサイが礼を失するくらいそのおじいさんを凝視し続けたので、わたしは「サイ?」と呼びかけた。

 おじいさんが突然、言った。

 「サイファー君と……川上ナツミさんですか?」

 わたしの背筋がサッと緊張した。

 「いかにも」サイが答えた。

 「ごく若い男子と聞いていたのだが」

 「いまは違う姿なのだ」

 おじいさんはうなずいた。

 「あの~、どなた?」

 「ナツミ、かれは」サイは誰でも知ってる有名企業の名を言った。「――ホールディングスの名誉会長だ」


 「エッ!?」わたしは口を押さえた。「あ、あの、そうとは知らず……」

 「いいんですよ、あまり表には出ませんので」

 「して、そのような御方がなんの用事でここへ?」

 「わしはある――非営利団体の代表としてここに来ましての」おじいさんは会釈した。「まずは先日のお台場の件、あれはわしらと別の勢力の仕業でありましたが、変わってお詫びに参りました」

 「それはご丁寧なことだ」サイは素っ気なく言った。「と言うことは、その別の勢力について、あなたがたは折り合いを付けた、と理解して良いのかな?」

 「すべて」おじいさんはまたうなずいた。「国内の意見は統一された、と考えていただいてけっこう」

 「了解した。それではあなたがたは米国と足並みを揃える、ということか?」

 「おおむね、そうなるでしょうな。かの国はあなた方の護衛を肩代わりしろと要請してきましたのでね」

 老人は言葉を切り、改まった口調で続けた。「――しかし、我らの立場も少しばかり勘定していただきたいのだ」

 「地政学的なことかな?」

 「まさしく」

 「わたしが潜水艦を座礁させて以来、この国がたいへん微妙な立場に追い込まれたのは理解している。わたしもこれ以上、えー……二国間関係を、ギクシャクさせるつもりはないのだ。わたしの願いはただひとつ、ひとりの女性……わたしの仲間を取り返したいだけでね」


 「なるほど」おじいさんはうんうん、とうなずいた。「その点、帰って必ず伝えましょう」

 「是非、よろしく」

 「他になにか要望はありますかな?」

 「ないが、米国に変わって我々の護衛を引き受けるとはどういうことなのか、説明いただけるかな?」

 「ああ、それは専門的なことはわしには分かりませんが、これからは、米国が川越で行ってきた工作を日本も半分引き受けるということで……詳しくは担当者自身に後日説明させましょう」

 「では、それもよろしく」


 「さて」おじいさんは立ち上がった。「お邪魔しました。お噂どおり、率直な御方のようだ。いずれなにかあれば――」

 「順調にいけば、もう会うことはないと思う」

 「ほっほっほっ」おじいさんは満足そうにうなずいた。「わしもそう願います」

おじいさんは会釈した。

 サイもこくりと頷いた。わたしは立ち上がってお辞儀した。

 おじいさんが背を向けて歩き始めると、どこからともなく黒服の男女が現れて両脇を固め、公園脇の黒塗りのセダンまでエスコートしていた。


 

 わたしは例によってちんぷんかんぷんだったので、サイに尋ねた。

 「サイ……いまのやり取り、なに?」


 サイは首を振った。

 「潮目が変わった、と思いたいな」



 長らくお待たせしましたが第四部、ぼちぼち始めました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ