88 大反省会
サイは東京駅近くのわりと高めな居酒屋を本当に予約していた。ビルの10階の見晴らしの良い店。
しかもフロア貸し切り。
信じがたいことに、昼の即売会の騒ぎはほとんどニュースになっていなかった。
「お台場で倉庫が焼失、爆発もあり?」
「東京湾で小型タンカーが座礁」
といったごく短い一報が流れたのみ。
だから東京駅八重洲口も普段どおりの人の流れで、ごく近所で大惨事が起きた、という雰囲気は感じられなかった。
上野隊長が言った。「妙な感じだね~」
サークルメンバーは数万人の参加者と一緒に警察によって会場に留め置かれ、五時過ぎになると突然帰宅を許可されたという。
「それはたいへんでしたね。撤収手伝えなくてごめんなさい」
上野隊長はハハッと短く笑った。
「なーにを言ってるの。大変だったのはそちらさんでしょうよ。ナツミさんとサイファーくんのことは動画でずっと見てたよ。実況掲示板も乱立してたしね。だからコミケ参加者のほとんどは現場でなにが起こってたのか知ってるのよ。それが全然ニュースになってないんだから怖いよね~」
まったくだ。
わたしはサイにテレポートしてもらっていったんアパートに帰った。
シャワーを浴びてさっぱりして服を着替え、ホッと一息ついてみるとまだ3時過ぎ。
テレビを点けてみたけど、どの曲も通常の番組だった。
ノーパソでネットを確認するとビックサイトのことがいろいろ書き込まれてたけれど、テキストサイトも動画もアップしたそばから削除されてる様子。
メイガンさんの組織の仕業だろうか?
とにかく、八重洲口で合流したわたしたちはエレベーターでビル10階の居酒屋に向かった。
「ワオ」
高い天井でいかにも高級そうな和風居酒屋。ここを貸し切り?サイはいったいいくら遣ったのか。
広い宴会テーブルにはすでにAチームの皆さんほかが席に着いていた。
なんでNSAの人たちまで呼ぶ?
とはいえ幹事はサイだしね。
★ 焼き鳥盛り合わせ & 枝豆
わたしたち全員が席についてドリンクの注文が終わると 、上野隊長がやや戸惑いながら乾杯の音頭を取った。
「えー、ではとりあえず、乾杯!」
「カンパーイ!」
わたしは生ビールをぐいっと呷った。
「ぷは――!」
枝豆は冷凍ではなく、新鮮で美味しかった。お通しも凝った煮こごりとか豪華な3品。
ですぴーとAチームの人たちはノリが良いので、ぎこちない空気になるのではないか、というわたしの懸念はすぐに払拭された。
タカコがマッチョお兄さんたちのことをサークルメンバーに散々言いふらしてたのだろう。瞳に星をきらめかせた上野さんほか数人が、すぐに移動してボブやブライアンの隣に滑り込んだ。
まあふだん打ち上げに参加する男子なんて根神か尾藤くらいだもんね。イケメンが何人も参加してたら無理もない。
そしてサイ(女性版)の隣にはジョーとシャロンが割り込んできた。
「えっちょっとなんです!?」
「いーじゃんナツミはストレートでしょ?女王様に興味ないでしょう?」
「さっき一緒にシャワー浴びたよ」サイが余計な助け船を出してくれた。
「ウォーゥ!」Aチームのゲイ女ふたりは感嘆した。「な~んだそうなの……」
「ちょっ!そうじゃないですから!一応ね!」
「じゃ、いいよね。サイファー、今度一緒にワークアウトしよう。それから一緒にシャワー浴びようね」
「かまわないよ」
「スゴイ構います!」
とにかく、サイの隣を盗られてしまったのでわたしはタカコとですぴーがイチャついてる横に座って焼き鳥を味わった。
「なんこれすっごい美味しい!」
席の向かいにはメイガンがいた。
「たしかに、日本人のチキン料理は凝ってて美味しいわ。だけど量がね……」
「あ、メイガンさん今日はお疲れっす」
「ハイお疲れ」
わたしたちはビールジョッキを合わせて乾杯した。ビールを呷ったメイガンは口を拭うと言った。
「メイガンでいいわ。さんはいらない」
「了解。ところでさっきニュース見たんですけど、昼間の騒ぎのこと全然報道されてませんね。アレはNSAの工作なんですか?」
「ああ違う違う。わたしたちは二日前から情報遮断はやってないよ。いま火消しに躍起になってるのは中国のお友達。面目丸つぶれだからね~、必死よ」
言いながら不敵な笑みを浮かべていた。
「ナツミさーん!」
「ハイ!?……ああ、社長」わたしは立ち上がった。「……と、巌津和尚に、吉羽先生まで!?」
社長はわたしがご招待したのだ。だって昼間の騒ぎが始まった途端なんども着信してたから、かけ直すしかなかった。サイは席に余裕はあるって言ってたし。
吉羽先生が現れるとは思わなかったから、わたしは失礼のないように席を割り振ろうとした……けど、彼はボブとブライアンがいるテーブールにふら~と吸い寄せられていった。
社長もついて行ってしまったので、わたしはサイのテーブルに巌津和尚を座らせた。
「ナツミせんぱーい!」
サークルの後輩さんたちが当惑かつ興奮した様子で声をかけてきた。
「なに~?」
「サイファーくんてどこいっちゃったんですかぁ?」
「エ~……と」
「高いお酒頼んでいっすか?」
「いいよ、好きなの飲んで」
「先輩あの人……デザイナーの吉羽氏ですよねえ?まさかお知り合いなんですか……?」
「あーうん、サイの衣装作ってくれてるの」
「先輩あのちょー背の高い外人さんたちに紹介してくださいよー!隊長ばっかずるいっす!」
「ハイハイ」
みんな楽しそうで何よりだ。ほかのメンバーも徐々にビールから日本酒やサワーに切り替えてる。
今夜は大変そうだ。
★ 生牡蠣 お好みによりポン酢かタバスコで
コース二品目は大粒の牡蠣!
紅葉おろしとネギがちょこんと載った牡蠣をつるっと!
「ウマ―――――――ッ!」
しかも一個味わってもまだ一個残ってるじゃありませんか!
(やっべ今夜眠れなくなる)
自称破戒僧と言うだけあって巌津和尚は牡蠣も焼き鳥もフツーに食べてる。
「いやあ、黄泉がえり草々、このような御馳走に預かるとは」
「あちらの食事は口に合わなかったか?」サイが尋ねた。
巌津和尚は首を振った。
「たいへん美味でしたが修行時はマナばかり食しましてな」
「ああ、アレか」
「滋養は宜しいがいささか飽きました。突貫修行で主観10年ほど過ごしましたので、致し方無しとはいえ」
「天使たちがあんたを?」
「いいえ、バァル記憶聖堂の大賢者に従事しました。拙僧、齢千年の生き神に拝謁叶うとは思いも寄りませなんだ」
「あの婆様に会ったのか。彼女があんたに修行を施した?やっと重い腰を上げたのだな?」
巌津和尚はうなずいた。
「その節は判断を誤ったと仰ってましたな。あなたに会うことがあれば、サマラが謝っていたと伝えるよう、申しつかりました」
「承知した。つまり、賢者協会も世界王討伐に動き始めたというわけだ。巌津和尚、そなたが転生させられてまで託された話、興味深い内容のようだ」
サイと巌津和尚の話はちんぷんかんぷんだ。
しかしわたしはどちらかというと、店員さんが焼き鳥の大皿を下げたのち、テーブルの中央に置かれたコンロに注目していた。
鍋が……控えているようだ。




