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84 わたしのいちばん長い日 ⅩⅢ


 わたしの脳内で荘厳なシンフォニーが奏でられた。

出力120パーセントの口吻(くちづけ)


 (あっサイこんなとこでそんな――チョッこれスゴ、も、なにも考えらんない――)


 いっぽうで、わたしはサイがなにをしようとしているのか悟っていた。


 わたしたちは、口づけを交わしながら西館脇の屋上――コスプレスペースの一角に、ふわりと着地した。

 ようやくくちびるを離してわたしが目を開けると、そこに立っていたのは女サイ――身長185センチのスーパー美女だった。


 「サイ……」

 「ナツミ」深いコントラルトの声が答えた。大きな掌がわたしの頬を包む。「なぜ泣くの……?」

 「分からない」

 自分が泣いてることさえ気付かなかった。

 

 一歩遅れて、タカコを子供のように腕に抱えたですぴーが追いついた。タカコは猫のハリー軍曹を抱いていた。

 「ナツミその(ひと)――」

 「サイファーッ!」ですぴーの大声がタカコを遮った。「サイファー……おまえ、元に戻れたんか――」気もそぞろにタカコを地面に降ろした。「おまえ全然変わってねえじゃんか!あの頃のまんま――」両腕を大きく広げてサイに近づいてゆく。

 「ちょっよせ!」サイはハグしようとするですぴーの腕を邪険に振り払った。「そんなことしてる場合じゃないだろ!?」

 「でもよぉ……」

 「えっ、えっ?」タカコが性転換したサイとですぴーのあいだで豆鉄砲食らった鳩になっていた。「え?」最後にわたしのほうを向いた。

 わたしは物憂げな笑みを浮かべていたと思う。

 「話せば長いのよ」


 サイがどこからともなくバサッとマントを繰り出した。

 どうやら吉羽さんのコスチュームはあらかじめ折り返し(タック)を仕込まれていたらしく、体格が変わったサイでも無理なく着続けることが可能らしい。

 上着のそこかしこを引っ張って仮止め部分を広げ、豊かな胸をしまい込んで衣装を整えていた。

 最後に前髪を梳き上げながら頭を振ると、タカコまでもが「ホウ」と息を呑んだ。


 「ああやはり――」サイは鞘に収まった剣を両手で掲げて、瞑目したままゆっくり(こうべ)をあげた。「前より〈魔導律〉が(みなき゜)ってくる……」

 ビシッと音が響いて短剣の鞘がひび割れ、光が漏れた。メキメキと音を立てて鞘と剣自体が伸びてロングソードになった。

 ですぴーがにやりと笑った。

 「デスリリウムまで元に戻るとは、マジで本調子じゃねえか、行くか?」

 サイが不敵な笑みを浮かべてうなずいた。

 「行こう」

 サイとですぴーが身を翻して柵を踏み越え、宙に躍り上がった。


 わたしとタカコはその姿に見とれていたけれど、やがてタカコがサッとわたしに振り向いた。

 「いま()()とめっちゃディープキスしてたよね……?」

 わたしは目をそらし、髪を撫でた。

 「――つ、追求しないでくれる?」

 「つってもさあ、大勢に目撃されちってるしね」タカコが背後に目を遣った。

 「えっ?」

 振り返ると、レイヤーとカメコの皆さんがスマホやカメラを構えてわたしたちを遠巻きに囲んでいた。シャッター音も聞こえる。

 「あっちゃ~……」


 タカコが抱いていた猫に言った。

 「さあハリー!あんたさっきわたしたちがピンチだったときサボってたでしょ!あの人たちを追い払って!ここは危険だってね!」

 「ニャー!」

 タカコがハリー軍曹を放り投げると、彼は空中で巨大化した。

 たちまち、猛獣の出現によって屋上広場が騒乱のるつぼと化し……いや、半分くらいは「あの猫ちゃんだ!」とはしゃぎ声を上げてた。とはいえノシノシ迫られるとやはり怖いようで、いちおう階段に退散してたけれど。


「酷いコトするなぁ……」

 でも妥当な処置ではあった。わたしたちの背後で、復元した巨大ロボとサイたちが対峙している。ここは危険だ。

 「てゆうかさ!ですぴーあの女版サイに惚れてなかった!?」

 「タカコ、いまそれ問題にする……?」


 ガッシャアーン! 駐車場からすさまじい音が響いてわたしたちはビクッと身をすくめた。度を超した騒音は何度聞いても慣れることはない。

 巨大ロボが車を蹴飛ばしたらしい。

 メイガンの組織のトレイラートラックが動き出して、慌てふためくように駐車場から退避していた。

 

 「あ、あたしたちも逃げたほうが良くない?」

 「でも……」わたしは逡巡した。「タカコは行って!わたしはサイを見届けなきゃ」

 「あたしだけなんかヤだよ!あんたがどうにかなってあたしだけ生き残ったらバツが悪いもん!」

 ハリー軍曹がひと仕事終えてわたしたちの側に戻ってきた。

 「ご苦労さん」

 「ガウ」

 わたしはハリーの首筋を掻きながら言った。

 「それじゃ、もうちょっとここで肝試ししようか」

 「そうね」タカコはそう言いつつ巨大ロボに眼を戻した。「いまの言葉早くも後悔中」



 ロボはわたしたちに横顔を見せるように向きを変えていた。一歩進むごとに騒音が日引いて地面が揺れる。

 ロボの行く先にはサイとですぴーが浮かんでいた。


 拡声器を通じてリン・シュウリン、もといブラックスワンの声が響いた。

 『サイファー!それに家来!いい加減降伏するイイネ!』

 「家来じゃね~よバーカ!」ですぴーの声が聞こえた。


 「問答無用だ!」サイが剣を振り上げてロボに突進する。

 ロボが巨大な腕を振り上げてサイを張り倒そうとしたけれど、サイはその腕をかいくぐって肩の付け根を一閃した。

 ロボの右腕が根元から千切れて地面に落下した!

 『アイヤー!』ブラックスワンが驚愕していた。『おまえサイファーちがう!いったい何者ネ!?』

 ロボの肩が爆発した。

 バランスを失ってぐらりと傾きながら、ロボは腰を180度旋回させて残った腕でサイを追い落とそうとした。

 サイは返す刀でロボの頭を真っ二つにスライスした。

 

 破壊された巨大ロボ頭部の残った下半分から、ブラックスワンがひょっこり身体を起こした。

 「貴重な最新装備になにするあるか!」もう拡声器を通していない。

 ですぴーが言い返した。「それじゃもうろくに動かせねえな!」


 「そんなことないネ!」

 ロボットの残った腕がガシャンと持ち上がって、わたしたちのほうに向いた。

 「105㎜榴弾砲で狙ったヨ!動いたら撃つヨ!」

 

 「あらマズい!」タカコが叫んだ。


 巨大ロボの大きな拳と、大砲らしき大きな穴がまっすぐわたしたちを狙っていた。


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