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83 わたしのいちばん長い日 Ⅻ

 

 わたしはふたたび前後不覚に陥った。


 コンクリートの埃っぽいにおいがやけに鼻につく。

 

 (いったい、なんなのよ……)


 気怠い。

 このまま寝ちゃいたい……と思ったけれど、わたしに呼びかける声が聞こえた。

 

 〈 ナツミ!目を覚ませ!しっかりしろ! 〉


 (うるさいなあ……)

 なにかが視界を遮ってる。それが腕だと気付いて、わたしはしぶしぶと腕をずらして、顔をしかめた。

 藍澤さんがわたしを見下ろしていた。顔は煤けて髪もボサボサに乱れていた。妙に表情が死んでる。

 それを見て最初に浮かんだのは失望だった。

 悪夢が続いてる。やりきれない。

 藍澤さんが傍らに屈み込んで、リンゴサイズのコンクリートの塊を拾い上げた。


 それでわたしはようやくまともな優先順位を思い出した。


 咄嗟に藍澤さんの足にしがみついて彼女を倒し、次いで立ち上がろうとした。だけど彼女がわたしの横腹を蹴ってあえなく失敗。

 それでもわたしは必死に彼女のスカートを掴み、動きを封じようとした。その手をコンクリートの塊で殴られ、顔に膝蹴りを食らった。

 ふたりとも動きはルーズでたいして力がこもってないから、傍目に見たらぶざまなもつれあいだったろう。

 これでもストレッチ体操してたからまだマシなのよ!相手も体育会系じゃなかったようだからなんとか食い下がれた。

 我ながら馬鹿馬鹿しくて腹が立つ。食いしばった歯の隙間から「フーッ!」と獣じみた息を絞り出して、バーゲン会場で取っ組み合うおばちゃんのごとく。


 そのうちに周囲の現実が徐々に舞い戻ってきた。

 メイガンとタカコが藍澤さんの背後に飛びついて、力ずくでわたしから引き剥がした。

 メイガンは軍人だったから、高校生の女の子など相手ではない。首筋に空手チョップをお見舞いして藍澤さんをあっさり倒した。

 怒り覚めやらぬメイガンは鬼の形相で駆け出した。

 次の標的は尾藤のようだ。慌てて逃げ出す尾藤をダッシュで追いかけていた。


 わたしはタカコの手を借りてようやく立ち上がることができた。思ったより消耗していた。真夏に取っ組み合いさせられるとは。

 わたしは膝に手を当てて、屈んで息を整えた。タカコが背中を擦ってくれた。

 「ナツミ……無事?」

 わたしは身体を起こした。「だいじょぶ、タカコは?」

 「どこも痛くないよ」タカコがわたしの口元を指でなぞった。「あんたはだいぶ顔殴られたな……」

 少し切れて出血しているようだ。なめると血の味がして、痛い。

 タカコはすぐそばに横たわってる藍澤さんを忌々しげに見下ろした。

 「こいつ、ホント腹立つわ!」


 ひどい埃の帳がようやく晴れて、10メートルくらい手前に横たわってる巨大ロボの四角い頭が見えた。頭だけでマイクロバスほどの大きさだ。駐車場のアスファルトを粉砕して自動車も何台か下敷きにしたようだ。


 根神も倒れていた。物憂げに首をまわし、片手を持ち上げて「だれか~助けて~」と言っていたけれど怪我はしてないっぽい。


 ついさっきまで大勢いた野次馬が嘘みたいに消えていた。


 わたしはハッとした。(サイは!?)


 わたしは長々と横たわってる巨大ロボを迂回するように歩き出した。

 背後でタカコが「ナツミ危ないよ!」って制止する声が聞こえたけど、わたしは構わず歩き続けた。アスファルトが割れて得体の知れない破片が転がっているので走れないのがもどかしかった。

 「サイっ!」

 

 やがて、前方で何か言い争いしてる声が聞こえた。

 

 「いつもの巨大化はどうしたんだ!?」

 「たまたま不調なんだよ!」

 「〈魔導律〉に不調もクソもあるか!いったいどうしちまったんだサイファー?」

 巨大ロボの胴体の上で、サイとデスペランが言い争いしてる。

 「サイ!デスペラン!」


 わたしの呼びかけにふたりが振り返った。

 

 「ナツミ!こんな所に来るな!危ないからメイガン中尉のところに戻れ!」

「でもサイ!もう終わったんでしょ?」

 「終わってない!」

 サイは頭上を指さした。

 わたしは空を見て、サイの言葉を理解した。


 相変わらず曇天だ。前より暗い雲が立ちこめ、渦巻いていた。

 稲光が生き物の脈動みたいに瞬いていた。

 「え……まだケリが付いてないの……?」


 ガコン! エレベーターが動く音を100倍にボリュームアップしたような轟音が響き渡り、ギョッとしたわたしの目の前で、巨大ロボの胴体が五メートルくらい持ち上がった。


 サイとですぴーがロボの上から飛び退き、ぼんやり突っ立ってるわたしの前に着地した。

 「サイ……ひゃっ!?」

 サイは言葉を交わす間もなく、わたしを抱いて空に飛び上がった。

 たちまち、わたしたちは100メートルくらいの高さに達していた。さすがにわたしはびびってサイの首にしがみついた。


 わたしの足元で、巨大ロボがふたたび立ち上がろうとしていた。


 「サイファー!」ですぴーが腹立たしげな声で言った。「あいつの息の根を止める手はあるのか?」

 サイはいつになく深刻な顔で、わたしを見た。

 「ひとつだけある、かも」


 サイはそう言うと、なぜか上着のボタンを外し始めた。

 「な、何してるの?」

 サイは上着のボタンをすべて外して胸板をはだけると、今度はベルトを緩めた。

 「サイ……何してるの?」

 「ナツミ、悪い」


 サイはそう言うと、わたしのくちびるを奪った。

 

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