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82 わたしのいちばん長い日 Ⅺ


 突然、メイガンがうしろから突き飛ばされて転倒した。

 転んだ拍子に取り落とした銃が回転しながらアスファルト上を滑っていった。


 わたしとタカコがハッとして振り返ると、大きなナイフを構えた根神と、尾藤がいた。

 そして藍澤さんが素早い動きで拳銃を拾い上げ、わたしたちに銃口を向けた。

 「ちょっとあんたたち……!」

 メイガンが言いかけたところに藍澤さんが発砲した。パン!不快な爆音とともにメイガンのすぐそばの地面に穴が空いて、メイガンは思わず胎児のように身を丸めた。


 藍澤さんがなんの躊躇いもなく発砲したことにわたしとタカコ、それに根神までがショックを受けていた。 

 タカコがゆっくりとひざまずいて、メイガンを助け起こした。

 「動くんじゃねえ!」藍澤さんが口角泡を飛ばしながら叫んだ。

 

 「藍澤さん、落ち着いて」

 「うっせえ!」藍澤さんが銃口をあらためてわたしに向け直した。「なんにもしゃべんなよクソババア!あたしがあれだけ頑張ったのになんであんたが同情されるんだよ!?」

 「はあ?」

 「しゃべんなっつってんだろ!てめえなんかグッチャグチャにすり潰してサイファーがゲロ吐くくらい醜くしてやるんだから!」

 カッと眼を見開き、シュルレアリズム的な笑顔のカリカチュアに顔を歪ませて支離滅裂なことをわめき散らしてる。

 

 尾藤が視界の隅に映った。スマホを構えてわたしたちを撮影しながら「藍澤撃っちゃえ、撃っちゃえッ!」と囁いていた。


 根神は顔面蒼白で、のろのろと藍澤さんの隣に移動していた。拳銃の登場でなけなしの闘争心が萎えたのか、ナイフを持った手を降ろしていた。

 想定外の展開に困惑しているようだけど、眼が泳いでいる様子からして、自分が犯罪者になる可能性を心配しているようだ。だれかに見咎められる前にナイフをソーッと鞘に戻して、ナップザックにしまった。


 (なんて奴ら……)

 わたしは胸の赤い宝石を掴んだ。

 (サイ、わたしに勇気をちょうだい……!)


 曇天がピカッと光って、重い雷鳴が轟く。

 大きな生温かい雨粒がわたしの額に当たり、頬を流れ落ちた。わたしはメガネをしたままなのに気付いて、外した。


 「ねえ、藍澤さん……うしろでなにが起こってるか気付いてるでしょ?でっかいロボットが迫ってるのよ。こんなことしてる場合じゃないでしょう?」

 根神はそれで背後を振り返ったけれど、藍澤さんと尾藤は微動だにしなかった。

 「うっせえってんだよ!喋んなくそアマ!アレはあたしに協力してくれるリンさんの差し金なんだよっ!あんたはアレに踏み潰されちゃえばイイのっ!」


 とは言え、このあとどうすればいいのか当の藍澤さんも分からないでいるようだ。

 拳銃片手に人を脅した経験なんかないだろうし、彼女自身が落としどころを考えていないのだから、当然か。


わたしはだんだん腹が立ってきた。

 子供みたいに気の向くままやりたい放題に振る舞って、ぜんぜん収拾する気のない人は、学校でもたびたび目にした。

 傍若無人。わたしたちおとなしい草食系は、近くで暴れ回るそういう人をひたすら我慢するような人生だった。

 藍澤さんにはたぶん、自分が悪いことをしてるという自覚もないんだ。


 わたしは一歩踏み出した。

 「ちょっ!こっち来んな!撃つよっ!」

 「もう終わりよ」

 「あんただけはジ・エンドだよ!」

 

 (それはどうかな……)

 わたしは藍澤さんの背後、もう見上げるくらいに迫ったロボを、ある種諦めの境地で眺めた。

 巨大ロボかなりダメージを負っているけどまだ歩いている。一歩進むごとに地面から振動が伝わってきた。

 サイとですぴーが光の矢みたいになって、一直線にロボの胸を射貫いた。

 ロボが今度こそぐらり、と傾き、辺りが騒然とする。


 「た倒れる……!」

 その決定的に明瞭なひと言が引き金となって、野次馬が一斉に逃げ始めた。


 さすがの藍澤さんもそれに気を取られて余所見した。


 

 わたしはそのとき、自己催眠に掛かったような状態になっていた。音が消失して何もかもがゆっくりスロータイムに移行していた。


 (ナツミ、いまだ!)誰なのかはっきりとしない声がわたしの中で聞こえた。


 わたしはなんの躊躇いもなく、前に映画で観た方法を試していた。

 藍澤さんが片手で握ってる拳銃の銃身を掴んで、スロットレバーを引き下ろす要領で下向きに力を加えて、引っ張る。

 すると、呆気ないくらい簡単に藍澤さんの掌から銃をもぎ取ることが出来た。

 藍澤さんが振り返りながらゆっくり驚愕の表情を浮かべ始めた。

 わたしはその顔を見ながら拳銃をうしろに回した。背後でメイガンが拳銃を受け取りながら「カワカミ、ナイス!」と言うのが、どこか遠くのこだまのように聞こえる。 


 そこで時間が戻って、周囲の騒乱が一斉に押し寄せてきた。


 次の瞬間、巨大ロボが鼻先に転倒して、わたしたちは地震のような衝撃で弾き飛ばされた。


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