75 わたしのいちばん長い日 Ⅳ
わたしは西のコスプレ会場まで歩いた。
――人の視線が気になる……。
小説サイトで不特定多数の注目を浴びたことがわたしを神経質にしている。
「わたしはわたしだ」と貫くのがこれほど辛いと感じたことはなかった。
わたしが歩いて行くと、人の波がサーッと掻き分けられてゆく。
(わたし、避けられてない?)
自意識過剰なせいか……あまりにも落ち着かないので度なしメガネを掛けた。そしてサイの言葉を思い出して、努めて前を向いた。
犯罪でも犯したみたいにうつむいて歩くのはいやだ。
わたしが失念していたことがふたつある。
わたしのうしろには身長2メートルの巨漢がボディガードオーラを発散させながら控えているのだ。
わたしはそれを逆三角形の下にたどり着くまで気付いていなかった。
もうひとつ。
わたしは「ドレス」を着ていたのだ。
白状しよう、わたしは社会生活における着こなしの重要性なんて、なにひとつ分かっていなかったのだ。冠婚葬祭?そのくらいの常識は理解できていても、そうしたTPOの重要性は考えていなかった。
着飾る、ということはある種の〈参戦意思表明〉であり、社会に明白に存在する階級だかなんだかに向かって一段昇ろうとすることなのだ。
サイはそれを承知している。吉羽先生ももちろん知っていた。
わたしの寝ぼけた頭も、実際にドレスを着てようやく実感できた。
それはパワーだった。
そしてそれは、好むと好まざるとに関わらず「もう元には戻れない」とわたしに教えていた。
サイが教えていたのだ。
サイについて行きたいなら受け入れねばならぬこと。
(ハードル高いわ~)
わたしは心で泣いた。
だけど表向きは、わたしはずんずん歩きつづけた。
「こいつはまた賑やかなことだ」
わたしの背後でブライアン兵曹が独りごちた。
極彩色のコスプレイヤーとそのギャラリーでごった返していた。場所は屋上ではなく、会場から外れた防災公園の芝生だ。いわゆる囲み撮影で有名なところだった。規制もゆるめなのか、肌の露出多めだったり獲物を持ったり自由度高め。
サイはその隅で女の子たちに囲まれていた。人気コスプレイヤーほどの人数ではないけれど、接近するのは難しそうだ。
ブライアンがその背丈のおかげで先にですぴーを探し出した。
「ボス!」
「ブライアン、ごくろう」
そのですぴーも女の子に囲まれている。
サイと同様、並んだ女の子ひとりひとりとツーショットに応じていた……なんせそれなりの格好に着替えていたから。金属製の甲冑と、ご丁寧に大剣まで担いでる。
「タカコはどこ行っちゃったんです?」
「あっち」ですぴーは大剣で人混みのほうを指し示した。
わたしは目を疑った。
コスプレ撮影会してるじゃん!
しかもなぜかメイガンと一緒。
Aチームのジョーとシャロンまで加わってる。
ふたりともコスプレしていた。アメコミタッチのぴっちりコスチュームに身を包んでいた。ざっくり言うとめっちゃ派手な全身タイツか水着。
メイガンは空軍の水色のシャツと黒のタイトスカートだけど、たぶんコスプレと思われてる……短めな金髪の美人さんでプロポーション抜群だから無理もないけれど。
それにしてもタカコ……最近のアニメ美少女のコスプレじゃないか……!
「なにやってんだか……」
「ボス相変わらずですね」
「〈魔導律〉が溜まるんだよ。おまえもパワードスーツ披露したらどうだ?受けるぞ」
「あんなキャプテンアメリカのパチモン勘弁してくださいよ」
「パワードスーツ??」わたしは言った。
ですぴーがジョーとシャロンのほうに顎をしゃくった。
「アレ、いちおう戦闘服なんだ。俺が真心を込めたマギュアスーツ。ひとまえで戦闘してもアレなら誤魔化し効くだろ。ジョーたちには公衆の場で着るのに慣れてもらっている」
「なんだかひどい話のような気がする……」
「デザインは俺じゃないぞ。念のため」
言いながら次の希望者を手招きしている。列をざっと見たところ、二十歳以上のお嬢さん方が多い。
横から声を掛けられた。
「あの~、写真よろしっすか~?」
「はい?」
ゴツいカメラを持ったカメコさんが、わたしに訊いているのだ。
「あ~……」そのとき、わたしはYES/NOで一瞬迷った。「……ごめんなさい、コスプレじゃないので」
「え、そうなんスか、珍しい意匠だったんで……」
「そうですか?」
「えっと……なんつったらいいか、すごくき……キレイッス」
「あ・ありがとうございます」
(すごくきれい、なんて誰かに言われたの、初めてよ……)
わたしが呆然とカメコさんの後ろ姿を見送っていると、ですぴーが声を掛けてきた。
「ナツミ、じゅうぶん魅力的だぞ。撮影くらい応じてやれば?」
「いや~……なかなかふんぎりが」
「そのドレスな、サイファーの故郷では地球で言うところの「婚礼衣装」みたいなものなんだぜ。どうせサイは言わなかっただろうが」
たしかに言わなかった!
「こっ婚礼っ!?」
「すこしニュアンスは違うけどな。紋様と布地の色からして「わたしはパートナーがいます」ってアピールしてるのさ。奴は根が暗いからそういう大事なこと伝えてなかろう」
「ええと……」わたしは混乱してきた。「つまり、このドレスを着せることでサイは、わたしのことを囲ってる……ってことなんで?」
ですぴーは重々しく頷いた。
「俺の女だ!触るんじゃねえ!とアピールしてる。奴の故郷じゃなきゃ通じねえが」
「そ~ぅなんですか~」
「嫌か?」
わたしは慌てて手を振った。
「いえ、そんなことないです……」
事実、ほんわかした温かいものが胸に広がっていた。
「なら良いが、この世界じゃそういう、女を縛るのは流行らねえらしいんでな」
「だからサイもはっきり言わないのかしら?」
「まあ……奴は奴なりに複雑な事情があるから」
「もともと女性ですもんね」
ですぴーが顔色を変えて、わたしを凝視した。
「――知ってたのか?」
「あっ――と」わたしは額に汗した。「まっ前に、お教えてもらったですよ……」
「奴が自分から?」めっちゃ疑ってる。
「そりゃ言いますよ……。わたしたちずっと一緒だもん」
「そうか」
ですぴーは釈然としない様子だったけど、次のツーショット希望者が来たのでそれ以上追及されずに済んだ。




