63 決着
サイと怪物化した巌津和尚のまわりに、白熱した花火みたいなのが煙の尾を引きながら落下していた。高い場所からヘリが投下しているらしい。
空は真っ暗。暗雲の狭間で雷光が瞬き、さながら黙示録的な光景だった。
「ウワーさすがにアレは無理だわー」
真っ黒な不定形の塊となってのたうつ巌津和尚を見て、シャロンが言った。実際には四文字言葉をふんだんに使った悪態だけどね。
なにが無理なのか分からないけれど、サイは果敢に切り込んでいた。
だけど霧を切り裂いているようなものだ。攻撃が当たったという手応えは傍目にも感じられない。
「サイは何をしているの!?」
デスペランさんがチラッと振り返った。
「やつの正体を探っている」
「正体って……」
「あのデカい塊の中に、やつの拡大自我を投影させる「核」があるはずなんだ。どうやって体得したのか知らんがああいう術には「核」が必須だ!」
黒い塊から紫色の触手が何本も現れて、ものすごいスピードでサイに襲いかかった。触手の先端は鋭く尖ってる。
サイは剣でその攻撃をさばきながら後退した。
『臨――兵――闘――者――』
黒い塊の奥深くから、人間の声と言うより鐘の音のような詠唱が轟く。
『――皆――陣――列――在――前!』
同時にデスペランさんが「伏せろ!」と叫んで、わたしとタカコと社長をかばうように両腕を広げて覆い被さってきた。それでわたしはなにが起こったのか見えなかったけれど……
圧縮された空気の塊が当たるドカン!という衝撃は伝わった。
次いでふたたび地面が揺れた。激しい縦揺れ!
「いったいなにー!?」
わたしがデスペランさんの腕の合間から外を見回すと、車が横倒しになってた。
そして――
数㎞彼方の山の頂上が、爆発してるのを見た。まるで噴火するみたいに茶色い煙が何百メートルも立ち上っていた。
「大変!」
一度になにもかも持ち上がりすぎて、どこに目を向ければ良いのかも分からない。
誰かが叫んでいた。
「ウォーカーが足を挟まれた!誰か!」
助けなきゃ!
わたしは立ち上がって、横倒しになった車を起こそうとしている人たちに加わった。
「待て!」
デスペランさんが駆けつけ、ピックアップトラックの荷台の端をつんんで一気に立て直した。しかも片腕で易々と。
「ブライアン!けが人を後退させろ!」
「ラジャーボス!」
そしてサイは――
黒い塊の触手に絡まれながら取っ組み合いを続けていた。
「サイ――!」
わたしは思わず手を組んで祈った。サイを助けて――――!
頭上でバリバリと張り裂けるような雷鳴が響いて、サイと黒い塊に落雷が直撃した。
「きゃあああサイっ!」
サイと黒い塊の動きが止まった。
少なくともサイは立っていた。剣を地面に突き刺してややうなだれてはいるものの、致命的ではなかったらしい。
黒い塊は不気味に表面を波打たせながら、人間の形に戻りつつあった。
元の姿を取り戻した巌津和尚もまた、片膝をついてうなだれていた。
「誰か!ライフル持ってるか!?」デスペランさんが叫んだ。
「ボス!」ジョーがでっかい銃をトスした。
デスペランさんはその銃を宙で掴むと、巌津和尚に向けて素早く構えて2連射した。
キン!と鋭い音が響いて、巌津和尚の胸のあたりから緑色の光が弾かれた。
サイがその緑色の光を手で掴むと、巌津和尚がすっと消えた。
(戦いが、終わった……?)
わたしは途方に暮れてあたりを見回した。
何人か芝生に横たわって手当を受けている。ヘリが飛び回ってあたりは怒号が飛び交っている。緑色の山の頂上は土が剥き出して無残な姿を晒していた。
社長も芝生に腰を下ろして足首を押さえていた。
「社長!怪我したんですか!」わたしは慌てて駆け寄った。
社長は片手を振って言った。
「大丈夫大丈夫、ちょっと足ひねっただけ。スマホ操作に夢中になっててさ、コケちゃった」
「ナツミ~!」
タカコがよろめくように駆け寄ってきてへたり込んだ。
「タカコ、社長をバーベキューテーブルに座らせたいの、手伝って」
わたしたちは社長の世話をしているうちに、なし崩し的にほかの人たちの世話に走り回っていた。
サイはいつの間にか元の大きさに戻っていた。
「ナツミ、怪我はないな?」
「うん!サイは?雷に打たれてたよ?」
「平気だ、それよりけが人の手当を手伝う」
サイとデスペランさんは横たわるけが人ののあいだを巡って、治癒魔法を使い始めた。
社長もサイの手で足首を治療されて感激していた。
「本当にポワッと光って治すのねぇ!」
「サイファー」
「デスペラン、助かった。「核」を見つけ出してくれたな」
「ああ、ナツミが助けてくれたらしい……急に見えた」
サイはわたしを見た。
「そう……なのか」
「わ、わたしはサイに勝ってって祈ってただけだよ」
サイはポケットから光を失った緑の結晶を取り出した。
「デスペラン、この術は――」
「メイヴか?まさか、あいつまでこの世界に来てると言いたいのか?」
「傀儡結晶術を体得した魔導傭兵はそんなにいないからな」
メイヴ。その名前を聞いたとたんわたしの記憶が鮮明によみがえった。
「サイ……メイヴって長い金髪の女の人……?」
サイとデスペランさんがわたしを振り返った。
「わたし会ったことあるよ……彼岸にいたの。自分がどこにいるか分からないって言って、消えちゃった」
「そいつは、たまげたな……」デスペランさんが言った。




