62 魔人たちの戦い
地震が収まったらしい。
サイがわたしを地面に降ろした。
雲行きが急激に怪しくなって風が強まった。大きな雨粒が打ちつけてくる。
「サイ、あれ巌津和尚よ!どうなってるの!?」
「あの坊主、どうやらさらに修行したようだ」デスペランが言った。
サイがうなずいた。
「でも、あれはやり過ぎだ。完全に因果律を踏み外している……」
「やつは死ぬ気か」
バーベキュー参加者の半分くらいは、急かす間もなく巨大巌津和尚の姿を見て車に乗り込み、逃げ始めた。だけど半分は軍隊関係者だった。すぐに逃げ出しはせず、なぜかみんなスマホでどこかに連絡を取り始めた。
「ボス!」
Aチームがデスペランさんの背後に集結した。
「おう!国防省に連絡は?」
「メイガンがいまコンタクトしてる。ゴーが出るまで〈魔導律〉使用は控えてくださいよ!」
「分かってるよ……しかし急がせろ!」
「了解ボス!」
巨大巌津和尚が断崖を這い上がり、わたしたちの50メートルくらい手前に立ち尽くした。
まっすぐわたしたちを見据えていた。
「100フィートはありますね」背後でシャロンが呟いた。「お台場のアレより大きい」
『サイファー・デス・ギャランハルト』図体に見合った巌津和尚の銅鑼声が轟いた。
『再戦を所望する』
デスペランさんとチームは巌津和尚を遠巻きに囲むように散開した。
『サイファー、その婦女子から離れ、拙僧と勝負されよ!』
「サイ」
「ナツミ、デスペランの背後にピッタリ着いてるんだ。俺が見える場所にいてくれ」
わたしは固唾を呑んでうなずいた。
「分かった」
わたしは50メートルくらい走ってデスペランさんの後ろ……タカコとメイガンさんに合流した。
メイガンさんは誰かと通話中で、「はい、はい、了解です」と言っていた。
「ディー!国防相も衛星で確認したわ!〈魔導律〉を使って対抗して良いそうよ。民間人に被害が出ないよう気をつけてって!」
「分かってる。オーイサイファー!暴れていいってよ!」
サイはいつの間にか手にしていた短剣を頭上に掲げた。
「そんなに俺と戦いたいなら相手してやる!」
タカコが叫んだ。
「いくらなんでもあんな馬鹿でかいのと戦うなんて無理でしょ!?」
ズン!と空気まで震わせる衝撃が走って、サイが立っていた場所に巨大な「魔王」が出現した。
「魔王」としか言いようがない……黒い巨大な羽を生やした、朱色と金モールの甲冑を纏った巨大な騎士。
わたしとタカコと社長はその巨体を声もなく見上げた。
「――と思ったけど無理でもないか……」タカコが呟いた。
「いやー……聞いてたけどサイファーくんて真面目にLuーDi の人だったんだね……」社長もなかば呆れていた。
20メートルくらい離れて立っていたAチームのシャロンが言った。
「ボス!あんな相手にライフル効きますか!?」
見回してみると10人くらいがいつの間にか銃を構えていた。さすが銃社会。車に積んでたのね。
「効かねえよ!アレは拡大自我が生み出した幻みたいなもんだ。実体はない。だがエネルギーをぶつけてくるから気を抜くな!下手に注意を引くとぶっ飛ばされるからな!」
「ヒッカムからAH-64ガーディアンと空挺部隊がこちらに急行中です!」
「いいぞ!距離をとってチャフフレアや煙幕でやつの注意を散らすように言ってくれ!くれぐれも接近せず、動き回るように!」
「了解ボス!」
デスペランさんが指示を出しながらじりじり下がるので、わたしたちは何台かの車をバリケードのように並べているあたりまで後退した。わたしたちが車の陰に身を潜めるのを見届けると、デスペランさんはハンヴィーから大剣を取り出した。
サイと巌津和尚はお互いに円を描きながら相手の出方を探っていた。
巌津和尚の背後、岸壁の向こうから真っ黒なヘリコプターが二機躍り上がって、なにか花火みたいなものを沢山まき散らした。巨大巌津和尚がわずかながら忌々しげにその動きに顔を向けた瞬間、サイが突進した。
サイが大上段に構えた剣を思い切り振り下ろす。巌津和尚は錫杖でその一撃を払うと帰す一撃でサイの頭を狙った――
サイはその攻撃を難なく手で受け止めた。
錫杖の先を握られてびくともしなくなると、巌津和尚の表情が険しくなった。
結局巌津和尚は獲物を放棄してうしろに飛び、距離をとった。
『貴様またしても拙僧を愚弄するか!』
サイは錫杖を海に放り捨てると、剣をまっすぐ和尚に向けた。
『おまえの力量では敵わないと分かっているはずだ』
『ダアアアアアアアアア――――――ー!!』
巌津和尚の足許に激しい炎が噴き上がった。たちまち彼の身体をほとんど包み込む。
巨大な火柱に包まれて巌津和尚は真っ黒な形を失った陰に変化した。
ガンダムより大きな巨人ふたり、そのうちの一人はわたしの彼(?)
まわりには拳銃やライフルを構えて殺気立つ人が大勢。
空には物騒なヘリコプターが何機も飛び回って、ヘルメットの兵隊さんたちがどこからともなく沸いてきた。
わたしとタカコと社長、完全に置いてけぼりの女子組は、ただ困惑するしかなかった。




