60 幸せはプライスレスで
結局わたしたちは四台の車に分乗して市内に戻った。
日本人組はジョーが運転するハンヴィー(というものすごいでっかい車)でお店に送ってもらった。
両手に買い物袋を抱えて幸福感いっぱいのわたしたちは、ヒッカム基地で夜の支度を整えた。
「ナツミさんさあ」
社長がクリーニングから戻ってきたわたしのドレスをしげしげと眺めていた。
「なんですか?」
「このドレスって、仕立ててもらったとか?」
「さすが社長、お目が高い」
「えっマジかよ!」タカコが目を丸くしていた。
「サイがね……服飾デザイナーさんに発注してくれたの」
「それで……」社長はひらひらと手を振った。「その、宝石……」
「あっ、これもサイのプレゼントで……」
「素敵よね、ガーネットかしら」
社長はわたしの首飾りを摘まんでじっと眺めた。
「……ま、いちど鑑定してもらったほうが良いね」
「そんな、オモチャだって言うんですか?わたしべつに気にしてませんから――」
「いやいや逆だって!ナツミさんさ、レッドダイヤモンドってどれくらい希少か知ってる?」
「ダッ!まさか!こんな大きい石がダイヤな訳ないっすよ……」
「あっでも……」タカコが口に手を当てて言った。
「ですぴーも異世界から持ち込んだ石や金貨で大金持ちになったんだよ……よく分かんないけど金の同位体だかなんだか、地球に存在しない金属だったらしいの。金貨一枚で30万ドルだったってよ!」
わたしの全身の血流が止まった。
(なん……だと……?)
あの金貨一枚で30万ドルですって!?
それって……さささ三千万円以上!?
「しまった……!」
「え?なにが?」
「いや……こっちの話」
「ま、そういう話ならやっぱ調べなよ?そのペンダント、ルビーでもたいした金額だから」
「はい、そうしま~す……」
「あとドレスの件!」
「はあ、志木在住なので、よければ紹介させていただきます……」
「絶対よ!帰ったらすぐ!」
わたしは途方に暮れて、胸のペンダントに触れた。ルビーだったら良いな、くらいに思ってたのになんだか大げさな話になった。
(でも……どうでも良いんだ。サイがくれたものなんだからたとえ2000円でもいいもん。値打ちを知って変に緊張するのも嫌だし)
一日中食べまくってたので夕食は省略して、ホノルル郊外のクラブに向かった。
やはり映画で観た感じの騒々しいお店だ。暗い店内は激しいフラッシュライトが瞬きみんな踊りまくってる。
独立記念日はアメリカ本土ほど熱心には祝わないそうだけど それでも馬鹿騒ぎしたい人がかこつけて集まってくる。若い日本人観光客もちらほら。
わたしはもちろんカクテルのことなんか知らないから、今日は一日中名前もわかんないトロピカルカクテルを飲み続けていた。
いまもグラスの縁にパイナップルが刺さったスカイブルーの液体を飲んでる。小さな傘もついてるやつ。誰かが勝手に注文していつの間にか現れるので飲むしかあるまい。
社長とタカコはドリンクそっちのけでダンスに出撃してしまったので、わたしは店内のズン、ズン、という重低音にマッサージされながらぼんやりボックス席でくつろいでいた。
このパイナップルは食べてもいいのかな?とわたしが悩んでいると、サイがボックスシートの隣に滑り込んできた。
「ナツミ、つまんなそうだな?」
わたしは笑った。「ううん、べつに。ただわたしこんなライフスタイルじゃないから、どうしたら良いか分かんなくて」
「なんなら、いつでも帰れるよ」
サイは魔法でテレポーテーションができるらしい、というのはちょっと前から気付いていた。でもわたしは首を振った。
「明日のお昼はバーベキューって決まってるみたいだし、もうしばらく居てもいいかなって」
「それではナツミ、踊ろうか」
「えっ!わたしダンスなんかムリ……」
サイは立ち上がって、わたしに手を差し出した。
「さっ、お嬢さん、ダンスを一曲」
わたしはその手を取って立ち上がった。
やってみると、ダンスは楽しかった。オタク歴長いからこういうのはついぞ経験してこなかったけど、ようは身体を揺らしてビートに乗ればなんとかなるようだ。最初の思い切りが大事なのね。
サイはいつだってわたしを気遣って、手を差し伸べてくれる。
さすがに慣れてる人がやってる腰フリフリの求愛ダンスみたいのは真似する勇気なかったけれど、チークタイムになってメロウな曲に合わせてサイと抱き合い、ゆらゆらしているだけでなにかほのぼのしてくる。
そう、腰を思いきりうしろに反らしても彼が支えてくれる、そんな信頼感ていうのかな。学校のソーシャルダンスじゃそんなこと教わらないわ。
夜中をむかえる頃には、わたしたちは自然解散していた。
皆さん、ひとりまたひとりという具合にパートナーと消えていた。
わたしはサイと腕を組んで、まだ賑やかなホノルル市街を歩いた。
「くたびれちゃった」
「地球人のダンスはいささか慎みがないね」
「その割には上手だったじゃない?」
「たまにファイトクラブに行くと、あの手のダンスとセットなんだ。喧嘩して踊って……原初の衝動に身を任せるのさ」
「そうなんだ」
「ところでナツミ、俺、背が伸びた」
「えっ!?」わたしはサイをまじまじと見た。
実際には、見上げた。
「あら……ホントだ!五センチくらい伸びてる?」
4月に出会ったときは目線が同じ高さだったのに。
「7センチ」
気付かなかった……いやちがう、そういえば前より抱っこされたときのホールド感が頼もしくなってた……キスするとき背伸びしたし……
「どういうことなの?たしか呪いで成長が止まってたはずじゃ……」
サイはうなずいた。
「どうやら、さらに呪いが解けかけてるらしい。ときどき元の姿に戻るのもそうだが……ナツミ、俺は、どうしてあなたの所に飛ばされたのか、分かってきた気がするんだ」
わたしはゴクリ、と息を呑んだ。
「わたしと一緒になる理由があった、というの?」
「たぶん。終焉の大天使協会のやつらはそれを承知してたのだと思う」
「なんか……それって複雑な気分」
「どうして?」
「だってさ、サイはわたしのこと好き嫌いに関わらず会う必要があったってことでしょ?……わたしが持ってるなにかが必要で」
「ああ!」サイは慌てていた。「それとこれとは違う!」
「違うの?」わたしはすねた口調にならないよう必死で抑えた。
「違うよ!うまく言えないけど……」
「言ってみて」
「そうだな……ええと、ナツミの寝顔見てると飽きないんだ。子供みたいに無垢な顔で……」
「なっなによ、それ!」
「あとおしりが丸々しててカワ――」
「もういいです!」
わたしは赤面したと思う。サイの顔を見られなくてそっぽを向いた。
「ゴメン、こういうの苦手だ」
「みたいね……もう、なんとなく分かったからいいよ」
わたしたちは海岸沿いをヒッカム基地に向かって歩いた。タクシーを呼ばないと夜じゅう歩くことになりそうだけど、まだなんとなく、ふたりだけで歩きたい気分だった。
「サイ、あの金貨ってもっと価値があるんだって、知ってた?」
「デスペランから教わったよ。だけど日本じゃ買い取ってくれるか分からないってよ。せいぜい大学に寄贈してくれって頼まれるのがオチだとか」
「なあんだ……そうなんだ」
「でも、まあ俺はクウェートの王子に一枚売ったけどね。アメリカの噂を聞いてたらしくて、40万ドルで手を打った。俺たちしばらくおカネに困らないと思う」
「そっそうなの……」
どおりでドレスを新調してくれたり、気前がよかったわけだ。わたしは驚くと言うよりホッとしていた。
「だからお土産をたくさん買って帰ろう」
わたしは笑った。
「そうね!」




