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57 7月4日

         

 「俺たちはAチームだ」


 「あの映画みたいな?」

 「チームアンバーの略。俺はボブ・バーンズ。ボビィと呼んでくれ」

 「ボビィはロリコンなんだよ。ちっさくて若く見える日本の女の子が大好きだから気ィつけなよナツミ」

 「うっせえぞジョー」


 全員身長180センチ前後。白人男性ひとり、黒人男性ひとり、メキシコ系女性ひとり、日系人女性ひとり。わたしは巨人たちに囲まれていた。

 みんな軍人で、デスペランさんのチームの一員らしい。

 ジョーと呼ばれたのはジョアン・ロドリゲス、メキシコ系だ。Aチームに派遣されたのはゲイだからと言った。

 「ミスタ・アンバーのハーレムがこれ以上増えないよう監視するのが仕事」

 「あはは……」

 「いやわりとマジだから」

 そう言ったのは日系のシャロン・ヨシムラ。ハワイ出身。

 

 パーティーが始まるまでのあいだ、わたしたちはデスペランさんのスイートで待機中だった。

 すでに午前中から横田基地や大使館で独立記念日のセレモニーが行われていて、そこからここのパーティーに移動してくる人を待ってる。

 もっとも大半の人は家族と過ごすために帰宅したそうだ。アメリカでは月曜日まで三連休で独立記念日を祝うらしい。

 「つまり俺たちは寂しいひとりもんなワケだ」

 「まあ仕事のせいで帰れない人とか、そんなのばっかよね」

 

 「ナツミナツミ!よく来てくれたぁ~!」

 白地にイチゴ模様のドレスを着たタカコが駆け寄ってきた。

 「みんな足長くてあたしの胸のあたりにおしりが見えるのよ。やっと同じサイズが現れて安心した~」

 「ホントよね」

 タカコはわたしを上から下まで眺め回して、目を見開いていた。

 「やん!ナツミちゃんバッチシキメキメですわん!」

 「褒めてくれてるんだよね?」

 「そりゃそうよ!おねーさん安心したわ」

 

 タカコはAチームの皆さんとは顔見知りらしい。「ハイ、タカコ!」みんなとハイタッチしていた。

 「ディーもいるの?」

 「いま着替え中よ」

 ディーというのはAチームにおけるデスペランさんの愛称だ。正直、ですぴーよりは良いかも。

 「そうか、あたしたちがプレゼントしたコスチュームに着替えてんのかな」

 「え?どんなコスチュームなの?」

 「胸に「S」って書いてある全身タイツ」


 まあわたしは一度に5人も10人も顔と名前覚えらんないから、パーティーが始まるまでタカコと隅でくっちゃべっていた。


 やがて会場に移動となった。先日パウエル氏と会談した部屋の隣で、リビングとキッチンをぶち抜きにして異常に広いホームパーティーという装いだった。

 「わー」

 洋画のパーティーそのままだ。当たり前かもしれないけれど。

 明かりを落とした会場は紙テープや風船で飾られ、天井ではミラーボールが回転してる。壁際には生バンドの代わりにカラオケのお立ち台が用意されていた。


 テーブルの上にアレがあった!もんのすごい大きな四角いケーキ!コストコで見たのより大きい。これホントに食べられるの?って感じの赤と青のクリームで星条旗をかたどっている。

 その両脇には山と盛られたお料理。


 キッチンカウンターはお酒のボトルとコップが所狭しと並べられて、ホームバーと化している。

 アレもあった!大きなボウルになみなみと注がれたフルーツパンチ!

 わたしとタカコは一杯目にそれを選んだ。


 40人くらいの参加者にドリンクが行き渡ると、40代の背広の男性が真ん中に進み出て銀食器とナイフを「チンチン」と鳴らして注目を促した。


 「諸君!飲み物は行き渡ったかね?ではご拝聴。この二ヶ月あまりは大変多忙で、しかもそのあいだに祖国も大異変に巻き込まれました。しかし諸君の働きによりひとまず落ち着いたことを、この場を借りて感謝したい。

 ここに残った諸君は仕事が押して国に帰れない者もいようが、どうか今日という日は楽しんでくれたまえ!

 アメリカに神の祝福を!乾杯!」


 『乾杯!』


 音頭とともに雰囲気は和やかムードになり、立食パーティーが始まった。BGMはやはり映画で見たような重低音ビリビリのロック。

 参加者は開け放たれた隣室とエントランスホールまで散らばっていた。


 わたしはフルーツパンチを味見した。「これ甘いね。氷欲しいな」

 「アルコールに切り替える?ビールもあるよ」

 「そうねえ、それよりサイはどこに行ったのかしら?」

 「あ、えっとね、サイファーくんはですぴーのスイートに行ったよ。すぐ戻ってくると思う」

 「そう」

 

 「ナツミ!」

 デスペランさんが両腕を広げて近づいてきた。青い全身タイツと赤いマントは着けてなかった。

 「今日はまた素敵な装いだ!」

 ですぴーの横にはメイガン・マーシャル中尉が付き従っていた。カジュアルな格好の彼女を見るのは初めてだった。

 「ハイ、タカコ」

 「ハロー、メイガン」

 わが親友とアメリカの超冷徹女が素っ気なく挨拶を交わした。めっちゃ微妙。

 「ねえディー、飲み物は何がいい?」メイガンが聞いた。

 「そうだな――」

 「ですぴー!わたしシャンパンで乾杯したいわ!」

 バトってるし。

 わたしはソーッと距離を取って、デスペランさんを眺めてニヤニヤしてるAチームの女性ふたりと合流した。

 「ディーさんのハーレムって、あれ?」

 「まさしく」シャロンが答えた。「マーシャル家はエリート軍人の家柄でさ、ディーが最初に現れたのはあの子の部屋なのよ」

 「よく射殺されなかったもんだ」

 「いや、撃ったんだって話だよ?だけど全然効かなくて、それで天使だと思ったらしい」

 「なーるほど」

 「ヘイ、ナツミ。あんたの王子様はどこにいるのさ」ジョアンが言った。

 「あ、そういえばディーさん来たからそろそろ……」

 会場を見渡すと、カラオケのお立ち台でマイクを手に取ってるサイを見つけた。


 もちろんわたしは目を丸くした。


 『あー……みんな、聞いて欲しい』

 サイが言った。

 デスペランさんが手を叩いた。「みんな!静粛に!」

 参加者の皆さんはお立ち台の人物に気付くと、徐々に静まった。


 『ありがとう。俺なんかをパーティーに招いていただきたいへん感謝してます――』

 そこかしこで笑い声。

 『今日はアメリカ合衆国の独立記念日だと聞きました。先日はあなたがたの国で騒ぎを起こしてしまい、申し訳なく思っています。ええと、じつは俺にとっても今日はとても大事な日なんです。

 俺のパートナー、川上ナツミの誕生日』

 会場に『オーォゥ』という声が上がり、何人かが拍手した。


 わたし?

 わたしは両手で口を塞いで目を見開くしかなかったわ。


 『というわけで……この世界ではケーキにろうそくを差して吹き消すんだそうで』 サイは星条旗ケーキの真ん中に小さなろうそくを差した。


 『さっ、ナツミ、ここに来て』


 サイがわたしに手を差し伸べてる。


 タカコとジョアンがわたしの背中をそっと押してくれた。そうしてくれなかったら一歩も歩けなかったろう。

 サイまでほんの10メートル。なのに人生で最も長い距離に思えた。大勢が拍手してはやし立ててる。



 わたしはなんとかすっ転ばずにサイの懐に倒れ込んだ。

 口笛と拍手が続いてる。



 それからみんなが『ハッピーバースディトゥーユー』を斉唱してくれて、わたしはろうそくを吹き消した。



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