54 影との邂逅
その後バックドロップからパイルドライバーを経て宵の明星ロメロスペシャルという荒技をかけられわたしはKOされた。
詳細は説明しかねる。
くたびれすぎて裸のまま眠ってしまった。
夜中に目を覚ましたわたしはアパートに戻ってシャワーを浴びた。
パジャマに着替えてコテージに戻りかけ、わたしはふと砂浜で足を止めた。
桟橋の端に誰か、いる。
(サイかな)
わたしは手を上げて声をかけようとしたんだけど、宵闇にたたずむその姿が女性だと気付いてぎくりと動きを止めた。
わたしとサイしかいないはずの場所に、誰かがいる……
(幽霊)
考えたのはそれだった。わたしは金縛りに遭ったように動けなくなった。
視力が回復しても良いことばかりじゃないのね!
それから……わたしはなんと、桟橋に向かって歩き出してしまった。
魔が差したのか、人間てこんなときでも好奇心が勝るのだろうか。ホラー映画なら絶対死亡フラグなのに、わたしはその人影に向かって歩き続けたのだ。
わたしのプライベート空間に入り込んだ不届き者に腹が立ったせいもある。
女性はわたしに背を向けている。背中までかかる金髪に、足首丈の優雅な白いドレス。
「あのー……」
女性はゆっくりとこちらに顔を巡らせた。
穏やかですこし悲しげ。歳はよく分からない。
「あなたは、だれですか?」
「わたしが見えるの?」
「はあ」
「わたしメイヴ」
思いがけなく笑いかけられると、彼女はとても若々しく見えた。おそらく30歳くらいなのだろうけど、たぶん世のアラフォーはひとり残らず彼女を羨むだろう、というくらいに品のある顔立ちだった。
「わ、わたしは……ナツミ」
「ここはいったいどこなのかしら?」
「ええと……なんと言ったらよいやら」わたしは困惑した。「メイヴさん、どうやってここにいらしたの?」
「よく分からない……」メイヴさんは憂い顔だ。「なにも分からないの」
「あの……すこし待ってて。なにか分かりそうな人連れてくるから――」
わたしは息を呑んだ。
メイヴさんがはしけから一歩踏み出そうとしていた。
「そっちはダメ落ちる!」
わたしは慌てて、メイヴさんの腕を掴んで制止しようとした――んだけど手は宙を掴んで、わたしはそのまま水に落ちた。
「ワッ」
ビクーン!と身体が跳ねてわたしは目覚めた。
胸がドキドキしてた。
アドレナリンがあふれて額がカッとなる。
階段を降りようとしてなにも無い場所を踏み抜いてしまったアレだ。なにか蹴り飛ばしたように足がこわばってる。
明晰夢をたびたび見てるのは分かってるんだけど、その内容はさっぱり思い出せない。
家具屋さんで選びサイがどうやってかコテージに運び入れた大きなベッドは、ヒジョーに寝心地のいい低反発マットレス装備。
眠りの質は格段に良くなってるはずなのだが……明晰夢も見なくなるのではないかと期待したけどダメだったみたい。
わたしが横たわっているとベッドの端に手がかかり、ついでサイが床からゆらりと立ち上がった。
「あ、サイおはよう」
「なぜ蹴飛ばす……」
「えっ……!?あっもしかして……やだっ!」
サイが気持ちが傷ついた顔で腰をさすりながら、ベッドに腰を下ろした。
「寝ぼけたな。それともきのうの仕返し?」
「ごめんなさい~!」
サイがフンと鼻を鳴らしてブランケットを引っぺがしたので、わたしは身体を丸めるしかなくなった。いじわる。
そういえばパジャマに着替えて……パジャマどこ行ったのよ!?アレも夢?
……それからどうしたんだっけ??
なにかサイを呼びに行かなきゃって思って、あれれ?
「やばっホントにわるい夢見たみたい……」
「なんでもいいけど、あんま蹴らないでくれよな~」
サイはわたしの腰をポンポン叩くと、ブランケットをわたしにかけ直してコテージを出て行った。
「ごめーん……」わたしはブランケットにくるまったまま呟いたけれど、そのうちになにか可笑しくなって笑い出してしまった。
朝ごはんを食べてサイを学校に送り出すと、わたしは出勤の支度をした。
(わたしホントにサイを蹴飛ばしちゃったのかなあ)
ひとりになるとまた思い出し笑いしてしまった。
わたしの上機嫌はアパートを出てコンビニでコーヒーを買うまで続いた。
コーヒーマシーンが抽出しているあいだ何気なく外に目をやると、藍澤ミチカちゃんが道を通り過ぎるのを見た。
わたしのアパートのほうに向かっている。
しかも、彼女と一緒にいるのは尾藤テンイチ――
ホモのびっくんだった。




