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45 スローライフの杜

『わたスロ』第二部、これにて完結でございます。

        

 「サイ!ずっとお風呂にいた!?」

 「まあね、ちょうど良かった。ろうそくを持ってきてよ」

 「あ~……もう電気点くよ?」

 「いいから」


 わたしはろうそくを持って、サイの言われるままバスルームに向かった。

 「さ、こっちに」

 洗面所の突き当たりに新しいドアがはまっていた。

 「ちょっと、何これ」

 壁の向こうはお隣……のはずだ。

 サイはドアを開けた。

 わたしはドアから向こう側をのぞき見た……暗いけど、空間の広がりを感じた。


 サイがろうそくをわたしの手から取り、ドアの向こうに足を踏み入れた。

 わたしも続いた。

 思いがけなく、足が砂を踏んだ。

 夜の海岸……それが最初の印象だった。

 サイのあとについて砂浜を歩きながら、背後のドアと闇の向こうに聞こえる潮騒、そして空を見た。

 「わあ……!」

 

 さいしょは夜明け寸前の陽光が山復を照らしているように見えた。だけどあまりにも遠く、空の半分を占めていた。

 極彩色の世界……見ているだけで気持ちが休まる光景だった。 

サイがぼーっと立ち尽くしていたわたしの手を取った。

 「サイ、ここはどこなの?」

 「俺にも言えない……「穴」を開けてみたらここだった。たぶん……彼岸だと思う」

 「彼岸……?」

 「うん。もっと簡単に帰れると思ったんだが、そうでもないらしい」

 

 (それじゃあ空に見えてるあの世界は……)


 「着いた」

 ばかみたいに口を開けて空を眺めているうちに、サイはわたしを椰子の林立する芝生に導いていた。

 椰子の木に囲まれて、コテージが建っていた。

 夢のようにかわいらしい、三角屋根で丸太のおうち。

 「ここは……」

 「ここでたまに過ごせたらいいなって」

 「サイが作ったの?」

 「うん」

 わたしは階段を上がってドアのない入り口をくぐった。

 小さく見えたけどアパートのリビングより広い。それに天井がずっと高い。

 サイが天井から吊された椀に火を点した。

 「まだ殺風景だけど、いろいろ持ち込んでいこう」

 わたしはまだものが言えないでいた。

 「気に入った?」

 サイに向き直って、うなずいた。

 「すっごく素敵……サイ!」

 わたしはサイに抱きついた。

 けど、突然思い至ってわたしは考えるまもなくたずねていた。


 「サイ!そういえばけ、けさわたしのハダカ見たよね!?」

 「え!?」

 サイは珍しく口ごもった。

 「ま、まあちょっと……」

 「まさか見たの!?」

 「見たよ!でもはじめてじゃないだろ?違ったっけ?」

 「ちーがーいまーす~!」

 「ゴメン。しょうがないよナツミ全部脱いじゃったから。でもおれは酔ったご婦人になにかしたりしないぞ」

 「むう……」

 「でもまあ見たかったのは……おれ思春期の身体だしさ……」

 「……しょうがない奴!」

 


 わたしたちはとりあえずテーブルと椅子を持ち込んで(まあ実際はサイがひとりで運んだんだけど……わたしはお買い物とお料理)コテージの外で夕食をとった。

 サイはコテージの外に組んだ櫓の松明を灯していた。薪がパチパチはぜる音と遠い海鳴りだけ……サイとわたしだけしかいない世界で……


 食事のあとは砂浜に並んで座った。サイの説明だとここは海岸ではなく、とても大きな河の水辺らしい。


 薄闇の空に広がる極彩色の世界を指さし、たずねた。

 「あれがサイのいた世界なの?」

 「そう、バァル、エルシャナル、アステガラン、いろいろな名前で呼ばれてる。広すぎてだれも全体は分からない。でも空に浮かんでるあれは蜃気楼みたいなものだ」

 「サイはあそこでなにかと戦って、ここに?」

 サイはうなずいた。

 「世界の(ことわり)を律するイグドラシルの幹が枯れかけてるので、誰かが剪定しなきゃならなかった」

 「イグドラシル……デスペランさんが魔導律を復活させたら再挑戦できるって言ってたあの……」

 「そう、挑戦したけど失敗した。世界王が阻んでいるんだ。それで「終焉の大天使協会」という秩序安定装置が働いた。あの精霊どもがおれたちみたいな魔導傭兵を大勢雇って世界王にけしかけたんだ。でもまだ対抗するには力が足りなかった。1度目はこんな姿に変えられ、2度目は地球に島流しされた……」

 「サイ……もしかしてすぐに帰ろうとしたの?アメリカの人たちと揉めて、それでここが嫌になって……」

 サイはまたうなずいた。

 「そんなところだ。でもまだ魔導律がじゅうぶんじゃないらしい」

 話が途切れたけど、わたしたちは沈黙で気詰まりすることはない。


 やがて、わたしはたずねた。

 「ねえ、わたしを連れて行ってくれるって話はまだ有効?」

 サイはわたしに顔を向けた。

 「来てくれるなら」

 「そう」わたしは安堵した。「女性に戻れると分かったから、その話はもうチャラかなって思って……」

 「ナツミこそ俺が元に戻ったら嫌じゃないのか?」

 わたしは笑って首を振った。

 「もうなんだか分からないけど、それでもわたしたち、お友達になれるんじゃない?」

 「あるいは……性別なんてたいした問題じゃないかも」

 わたしは膝に目を落として、それから上目遣いにサイの顔を伺いながら、つぶやいた。


 「ないかも」


 

 サイが頬に手を当ててわたしを振り向かせ、唇を重ねた。


 長い長い口づけ……


 でもサイは変身しませんでした、と。



   ――――第二章 おしまい――――


 

 第三部は近日再開予定です。

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