29 ヘンな中国人との戦い
「いったいなに笑てるネ!?」
とうとうリンをマジギレさせてしまった。 わたし天災かも。このままだと笑い過ぎか恐怖で尿漏れしそうだわ。
とりあえずわたしは両手を肩の高さにあげて、降参のポーズを取った。おなかのヘンな緊張をほぐすために大きく深呼吸した。
「――すいませ~ン。えーと、リンさん?中国人のあんたがこんなとこで何やってんのか……それにサイファーくんになんの用事があるんだか分かんなくて……」
「わたし中国人言ってないネ!」
「どう見ても中国人じゃん……」
「わたし新華社の記者ネ!国籍シンガポル、偏見イケないネ!」
「えー、でも新華社通信て中国共産党のスパイの隠れ蓑だって話だよ?」
「そっ!そんなデマ誰が言ってるか!?」
「そこのミリオタ」わたしは地面に寝転がって震えてる根神先輩を指した。
「エッ!?」根神先輩は頭を抱えたままわたしとリンの顔を素早く見渡した。「ぼぼぼくはそんなこと言ってないすよリンさん!」
「でも新聞記者がピストル持ってないでしょ普通」
「ちゃんと許可証あるネ!」
「嘘おっしゃい。アメリカじゃないんだからさ。そんな携帯許可取れるわけないでしょ」
こうしてわたしはリンをさらに怒らせた。
「黙れニポン人!これ以上無駄口叩くの禁止ヨ!わたしたちここで自由に振る舞えるのヨ。腰抜けのニポン政府なにもしないネ。大人しくサイファーという子供差し出すネ。さもなくばあんた殺すヨ!」
「あーもうお手上げ」わたしは投げやりに言い捨てた。「わたしサイファーくんがどこにいるか知らないって言ったよね?ちゃんと聞きなさいよ中国人!それとも日本語拙くてボキャブラリ貧困なだけ?理解できませんかあ?」
最後のほうは頭を指でツンツンしながら言ったのでわたしの意向はじゅうぶん伝わったようだ。リンは「キィ!」とかなんとか食いしばった歯のあいだから絞り出しながら、銃を突き出した。
もういつ引き金が絞られてもおかしくなかったけれど、わたしは清々しい気分だった。
決定的な数秒が過ぎると、リンは銃をしまって忌々しげに首を振り払った。
「この女拘束します!」
誰となく言い捨てると、背後の手下たちの輪から二人が進み出た。
わたしは後じさったけれど、3人目が背後から近づいてて肩を押さえつけられてしまった。
「ちょっやめて!触らないでよおっ!」
「この役立たずな男も連れて行くネ」
リンは根神先輩をつま先で小突きながら言い添えた。
「エッ!?おれ関係ないすから!おカネ貰ったらなにも言わないで協力するって約束したでしょ?あんたたちと関わるの勘弁してください!」
「その約束守れるかきっちり体に訊くネ。さっさと立ち上るネ!」
「拷問とか薬とかおれダメですから!アレルギーなんで!」
「心配ないネ、アナフィラキシーショックよく効く拷問なのヨ」
「ひでえなあんたら!イテテテテ引っ張んなっつの!触んな!てめえら触んじゃねえ!」
根神先輩は癇癪起こした子供みたいに抵抗したけど、結局無理矢理立ち上がらされて両脇を押さえつけられ、黒いセダンに連行されそうだった。
救いを求めるように振り返ってわたしを見たけど、そんな濡れた子犬みたいな表情で訴えられても困る。だってわたしも手が後ろに回ってたから。
手錠されるのだろうか。
ここに至ってわたしはようやく事態の深刻度を理解した。
呑気すぎだった?
「みっなさーん!」
突然雰囲気にそぐわない朗らかな声が響き渡って、わたしたち全員がそちらに注目した。
お賽銭箱のとなりでタカコが手を振りつつ、スマホを構えていた。
「はいニッコリ笑って笑って~!いま同時配信中ですからね~」
「チッ」
リンは舌打ちすると、別の部下に首を倒して「行け」と指示した。
黒服二人がただちに進み出てタカコに迫った。
「ヤバっ」
タカコは撮影をやめて逃げ出した。
黒服二人がダッシュでタカコを追いかけようとしたそのとき、サイファーくんがどこか上のほうから石畳に降りたって、タカコと黒服たちのあいだに立ちはだかった。
サイファーくんは、わたしと初めて会ったときの装備を身につけていた。胸当てや膝当て、短剣を帯びたその姿――
「サイファーくん!」
「ナツミ、遅くなって済まない」
「なんだこのガキ、どっから現れやがった!?」黒服たちは突如立ちはだかったファンタジックななりの少年に戸惑っていた。
「サイファーくん気をつけて!この人たちあなたを捕まえようとしてるんだから!」
「心配ない」
サイファーくんは短剣を抜いた。
「サイファーくんその人たち銃持ってる!」
「まったく心配ない」
サイファーくんが短剣をさっと振り払うと、黒服二人が消えた。




