190 大魔王
サイがデスリリウムを突き立てたとたん、地鳴りが鳴り響いて地面が揺れだした。
地震。
よろけそうなわたしをサイが抱き留めた。
激しい横揺れがさらに増して、そのうち地面に波のような縦揺れが走った。
わたしはサイの肩越しに、なにかが立ち上がりつつあるのを見た。
黒い胴体……だけど内側が溶鉱炉みたいなオレンジ色……異形のそれが地面から上体を起こした。
その頭部は人間には見えない。あえて言うなら……山羊。だけど二本の角を生やしている。巨大だ。魔神と変わらない巨体が大きく足を振り上げて地面にのし上がり、やがて直立した。
「こんどはなによ……?」
「こりゃたまげた」わたしの背後でアズラエルさんが呟いた。
「まさかあの御方までこの世界にいらしたとは……」
その御方、サイの言う魔王はやや猫背気味に大地に立つと、コウモリのような羽根を広げた。そして悠然と周囲を睥睨した。
『儂の眠りを妨げた不届き者はだれか!』ひび割れた大音響が轟いた。
サイがわたしの肩をそっと押して振り返った。
「俺だ!」
『儂が魔王と承知した上の狼藉か?』
「地底の王にして魂の支配者である精霊の王よ!怒れる魂をしばし鎮め我が願いを聞き入れよ!」
精霊の王と呼ばれた巨人は燃える腕を組んでサイを見おろした。
それから、しゃがみ込んででっかい山羊顔をわたしたちに寄せてきた。
血のように赤い両眼にじっと凝視されてわたしは怖くて縮み上がった。
てゆうかあのひとむしろわたしを見てませんか!?
『――貴様の隣にいる小娘はアマルディス・オーミではないか?』
「うエ!?」
「そうだ、ご存じか?」
『ぼんやりとな!知古ではあらぬがお互いこのちんけな泥の塊を長年に渡って分かち合ったものよ!』
「やはりそうであったか」
『じつに忌々しいものだったのだがな!こやつが――』
赤熱した尖った指先でわたしを指さした。
『――いらぬ同情心を寄せおったゆえに、儂は地の底で彷徨える千億もの魂の番人役を背負わされたのよ!』
「大義であったとは重々承知している!しかしそれも今日を限りにお役御免となるのだ!」
『まことであろうな?』
「サイファー・デス・ギャランハルトは嘘は言わぬ!しかしそのためにいま一度、精霊の王の力が必要である!」
『して小さき者よ!儂は精霊であるゆえ、この生ける者どもの地に権能は及ばぬ!誰が儂の依代を買って出るのか!?』
「俺だ!」
精霊の王は立ち上がった。
『よくぞ言った!』
そして巨大な両腕を空に掲げて続けた。
『ではサイファー・デス・ギャランハルト!魔王ルシファーの依代となって存分に剣を振るうが良い!』
は……?
いまあのひと、ルシファーって名乗った?
バカみたいに突っ立ってるわたしの前から巨人の姿がスッと消えた。
「ぬぁぁぁッ――!」
サイが絶叫してわたしは飛び上がった。
「さっサイ!」
わたしはサイに飛びつこうとしたけれど、うしろで誰かがわたしの肩を押さえて制止した。振り返るとメイヴさんだった。
メイヴさんはわたしの腕を掴んでサイから引き離した。メイガンたちもいつの間にかやって来たらしい。
Aチームとシャドウレンジャーもいた。ですぴーのそばにみんな集結していた。
腕を引っ張られながら振り返ると、だんだん巨大化してゆくサイのうしろ姿が見えた。
「メイヴ!サイファーはなにをしたの?」メイガンが聞いた。
「地底の魔王を呼び出したのよ」
「地底の魔王ですって……?」
「大魔王ルシファーよ。あなたたちアメリカ人ならよく知ってるでしょう?」
メイガンが絶句した。Aチームも同様だった。
鮫島さんも困惑していた。「え?世界の神様に続いてこんどはルシファーだって?」
「彼は、伝説的な終焉の大天使教会初代総長ですよ……島流しされたギルシスを救済すべく龍翅族のあとに続いたのでしょう」
全員がその声の主に注目した。アズラエルさんだった。
「え~……」ボブが短い頭髪をポリポリしつつ言った。「あんたやラファエルが実在するんだから、たしかにルシファーが存在しても、おかしくない、か……?」
「あなたたちの神話となぞらえても意味はないでしょうが、まあ彼の存在を、あなたがた人類は無意識下に認知していたのでしょう。だからこそそこから信仰を編み出したのですよ」
「皮肉よね」メイガンが戦いのほうに手を振って言った。
「あれを見てよ!ギリシアーローマからリグ・ヴェーダ、古代エジプトに北欧神話まで……ありとあらゆる神が実在していた。なのにわたしたちの神だけが実在していないのよ!」
「逆に考えてみることです。あなたたちの信仰だけは、あなたがたが自発的に生み出したと」
「だけど、実在しないのはほぼ決定だ」Aチームでもっとも信心深いジョーが言った。
アズラエルさんは肩をすくめた。
「神などいませんよ。あの「第二文明」の神々も元は人間。何千年かかけて人類が進化した姿です。我々精霊も天使を名乗るまえは人間でした。あのルシファーでさえ元はイグドラシルの高等生命体でしょう……」
「つまり?」
「お分かりでしょう?神が欲しければあなたたちが成るしかないのです」アズラエルさんはまた肩をすくめた。「お勧めしかねますが」
「みんな黙って!」
わたしは思わず叫んだ。
「サイが最後の戦いに挑むよ――」
「ああ……」メイガンがわたしの横に立った。「彼、本当にルシファーになっちゃうなんて……」
そのひと言に込められた色々な事柄がわたしの心を掻き乱した。サイがあんなことをした責任の一端はわたしにある……たぶん厳密には関係ないのかもしれないけれど、わたしがあんなこと言わなければ……
魔神と同じ大きさになったサイがデスリリウムを――さらに異形の姿になった愛剣を大上段に構えていた。
「サイファーの奴、張り切りすぎだぜ」
わたしたちより数歩前に出ていたですぴーが呟いた。
その表情はうかがい知れなかった。




