184 魔人再降臨
影たちがひとつどころに集ってゆく……液体金属のTー1000みたいに。
「な、なんだ、何がどうなってる!?」
デイビス中将が慌てふためきあたりを見回してる。その彼自身の影にいくつもの影が吸い込まれて――
盛り上がった。
唖然とするデイビス中将の隣にヒトの形が作られてゆく。
その黒い影に色が付いて、やがて水色の背広の男性になった。背が高く細身、長めの金髪に金色のネクタイ――
アダム・ワイアだ。
「オーマイガーシュ……!」
デイビス中将が言うと、アダム・ワイアがニッコリ笑った。
「その通り」
洋画であれば周囲の兵隊がすかさず銃を構えてアダム・ワイアに狙いを定めただろうけど、残念、みんな銃が役に立たないと知ってる。
それに相手は彼らの信仰の象徴、イエス・キリストの生まれ変わりと思われている男だった。みんな呆然と、ただ突っ立っていた。
アダム・ワイアはわたしたちに目を向けた。
「ここまでたどり着くのにずいぶん苦労しましたよ……いったいいくつ結界を張ったのだね?」
メイヴさんが決然と言い放った。
「ヘルドール、ついに機械の傀儡しか居場所がなくなったようね!」
「だがあと100歩くらいでイグドラシルに帰還できますがね」
「おまえがポータルにたどり着くことはない」
アダム・ワイアはやれやれと苦笑して肩をすくめた。
「きみたちももう諦めたらどうだ?小競り合いの続きはあちらで、後日あらためて始めればよかろう?」
「そうはいかない」サイが進み出た。
「おまえはイグドラシル世界に持ち込んではいけないものをたくさん溜め込んでいる。凶帝ホスとギルシスの残した遺産、荒みきった精神だ。未知や異物に恐怖する心。そんな物を世界王に貢いでちからを取り戻させるわけにはいかないのだ」
アダム・ワイア――ヘルドールはしばし言葉を切ってサイを睥睨した。
「では仕方ない、おまえたちを倒して押し通るしかないな」
「できるかな?貴様の電気仕掛けの脳みそでは荷が勝ちすぎるだろう?」
「おかげでわたしはデスリリウムで切られても生きていられたのだよ……」
「そうか」サイは笑みを浮かべた。
「――つまり心も機械仕掛けなわけだ!どんな感じだ?電子頭脳の超合理的精神とやらは」
アダム・ワイアの顔つきが険しさを増した。
「なにが言いたい?」
「おかしいと思ってたよ」サイはデスリリウムの刃に目を落とした。
「我が剣撃を受けてまだ生きてるなんて、あり得ないんだ」
顔を上げてサイは続けた。
「おまえはすでに魂を失ってたのだ。いまのおまえは電気で動く精神の類似品に過ぎないんだよ。気づいてなかったのか?向こうに行っても復活できると思うか?」
アダム・ワイアはその言葉について考え込むように押し黙った。
自分が死ぬ可能性と、世界王への貢ぎ物を持ち込むこと……どちらを優先すべきか迷っているのだろうか?
サイは二~三歩脇にしりぞいてみせた。
「できると思うならやってみるといい。さあもう邪魔はしない、ポータルを通って良いぞ」
「貴様に許可される筋合いではない!」
そう叫ぶと同時にアダム・ワイアはわたしに向かって突進した。
いったいどんな成りゆきでそうなったのか分からないけれど、わたしはもちろん慌てて逃げ出した。
だけどアダム・ワイアの動きはもの凄く素早い。わたしが回れ右して一歩踏み出したときにはもう背後まで迫っていた……
「ナツミに触れるなぁ!」
サイも素早かった。デスリリウムを振り抜いて突進を阻止した。
サイだけではなかった。
Aチームとシャドウレンジャーが次々と闇の向こうから現れてサイとがっぷり乙に組んでるアダム・ワイアに斬撃を打ち込んだ。
つるべ落とし的な一撃の連続にアダム・ワイアはたまらず大きくうしろに跳躍した。
わたし自身はメイヴさんに肩を掴まれ、腕尽くで戦いの場から退かされた。
「なに!?いったい何が始まったんです!?」
「あいつがあなたの肉体を乗っ取ろうとしている!」
「うエッ!?」
「あなたの中のアマルディス・オーミの魂と融合すれば帰れると思っているのよ!なんであれそんなことはさせない!」
「よよよよよろしくお願いしますぅ!」
メイヴさんはわたしに首にしがみつかれたまま何度も跳躍した。例の黒い触手が何本もわたしたちを追いかけてきたのだ。
アダム・ワイアは同時にわたしたち全員を相手にしているようだ。だいぶ弱ってる、という話だったけれどまだまだ元気そうに見えた。
アーチから100メートルほど遠ざかって、ようやく攻撃範囲から逃げ切ったらしい。
メイヴさんはわたしを地面に降ろすと素早く杖を振って宙になにかを描いた。緑色の魔方陣らしき模様が浮かんで、すぐに消えた。
わたしのそばにアルファが現れた。アズラエルさんを担いでいた。
アルファのあとからメイガンも走ってきた。
デイビス中将と兵隊さんたちも無事のようだ。
「な、なにごとなんだ!」デイビス中将が肩で息をしながら声を絞り出した。「なぜアダム・ワイアと戦ってるんだ!?」
「閣下、あの男はロボットです」
「そんな報告書が回っていたが……わたしはマクドナルド大統領側のフェイクだと思っていたんだ」
「フェイクではありません。あの様子をご覧になればご理解いただけるでしょうが」
アダム・ワイアがいた場所には不定形の怪物がのたうっていた。すでに5メートルくらいの高さに膨れ上がっている。
「奴は、先日トーキョーに現れたモンスターと同類なのか?」
「イエッサー。仕留めそこなった生き残りのようです」
「奴は俺の影に紛れていたんだぞ!」
「はい、奴らの類いは邪悪な魔術を駆使するのです」
「そのようだな」
デイビス中将がとつぜんメイガンの首を掴んだ。
「――ッ!?」ギリギリ首を締め付けられてメイガンが恐怖に眼を見開いた。わたしと兵隊さんたちが唖然としているうちにメイガンを高く持ち上げた。
「やはりただの人間の命などいくら食っても滋養にならんよ」
デイビス中将がメイガンを片手で持ち上げたまま、わたしに顔を向けた。
「やめてっ――!」
メイガンの首を掴んでいた腕がとつぜん破裂して、彼女は弾き飛ばされた。わたしとメイヴさんがなんとか受け止めた。
「メイガン!」
「ゴホッ……だ、大丈夫……」
闇の奥から声が聞こえた。
「おれ抜きで始めてんじゃねえぞ~」
ですぴーが大剣を担いで姿をあらわした。




