183 シャドウゲーム
「さあ楽しめ!」
ですぴーが両腕を振り上げて叫ぶと、わたしたちの背後から一陣の突風が吹き過ぎた。
悠然と歩き出したですぴーに恐れをなしたヴィランの一団が、頭を抱え、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
わたしは踏み留まってるサイとメイヴさんのそばに駆け寄った。
「ですぴーひとりで大丈夫?」
「ああ、最近溜まってたからな、ひと暴れさせてやろう」
サイの無線機からメイガンの声が響いた。
『銃声が聞こえたわ。大丈夫なの?』
「心配ない、いまデスペランが群衆を追い立てている、後方部隊は逃走してくる連中を拘束してくれ」
『ディーがひとりで?……分かった』
「Aチームとシャドウレンジャーは引き続き待機、雑魚に惑わされるな」
『コピー、サイファー』
正直サイも行ってしまわなくてわたしはホッとした。ですぴーのうしろすがたが闇に溶けて見えなくなると、変わって悲痛な嘆き声が方々から上がり始めた。
「あの人たちは本当に幽霊と対面させられてるの……?」
「うん」サイはうなずいた。
「地球人は猜疑心のかたまりだから、ああいうのに耐性がない……心に余裕があればましだが」
メイヴさんが言葉を継いだ。
「無理でしょうよ……霊たちはヘルドールの人柱にポータルを通せんぼされてとても腹を立てているわ。彼らもイグドラシルに帰りたいのに……」
わたしはひそかに背筋を震わせた。いまこの場所に大勢の霊魂が漂ってるらしい……さいわいわたしには見えないので、ホッとした。
わたしは気を取り直した。
「……でもまあ、思ったよりあっさり決着付いてよかったよ、ね……」
サイとメイヴさんがわたしを見て首を振るのでわたしは言いよどんだ。
「――終わってないの?」
「ヘルドールがまだ現れてない」
「あそっか」
「だけど」メイヴさんが言った。「あいつは先日の戦いで相当ダメージを負ってるようだわ。自己治癒で魔導律を失ったのでしょう……万全だったらこんな姑息な企てをしないと思う」
「そうだな――」
サイは考え込んだ。
「奴はおれたちとの戦いを避けて、イグドラシルに帰ることだけに絞ってるのかもしれない」
「群衆に紛れて、か……」メイヴさんは周囲を見渡した。「阻止できそう?」
サイはため息を漏らしてうなずいた。
「このまえ意を決して地下に行ってきた。いざとなれば身体を張って阻止する」
「サイファー……」
その会話を聞いたわたしは直感が働いて、過去の記憶を呼び覚ましてた。
サイが地下鉄で妙に怯えてたこと。
地底に龍神がいて重力を作り出してるって、言ってたこと……
「いったい――」
わたしがサイに尋ねようとしたそのとき、気の抜けた声が背後で聞こえた。
「や~みなさん」
ぎょっとして振り返ると、天使のアズラエル伍長がいた。
「アズラエルさん!あなたも来てたんですか……」
「そりゃまあ、できれば帰りたかったので」
「そっそれならポータルにいますぐ行ってくださいよ!もう帰れますよ?」
アズラエルさんは背後のアーチを見上げた。なんとも切なげな顔つきだった。
「我々もいろいろ制約がありましてね~。いまはただの人間ですから」
「はあ?」
「それよりも……また騒ぎのようですよ」
「えっ!?」わたしは慌てて振り返った。
またヘッドライトが近づいてくる。沙漠色の軍用車がまた三台。さっきのよりでっかい。
軍用車がサイたちの手前で急ブレーキして停車した。ドアが開いて兵隊が何人も降りてきた。
それから帽子を被ったなんだか威厳たっぷりおじさんもひとり、ひどく機嫌が悪そうだった。
さらに一台、ジープっぽい車両が追いかけてきて、メイガンが降り立った。最初の三台を慌てて追いかけてきたような感じだった。
おじさんが指を突きつけて叫んだ。
「サイファー!貴様!」
「デイビス中将」
「魔法を使ったな!弾薬無力化魔法を――」
「ああ」
「おかげでわが軍は丸裸同然ではないか!いったいどの範囲まで銃を役立たずにしたのだ!?」
「地球上に存在する武器弾薬すべてだ」サイはメイヴさんに顔を向けた。「な?」
「そうよ、それが公平でしょう」
「こ……公平だと……?貴様ら、なんということを!……」
デイビス中将は慄然としていた。
「おまえたち異世界人は……この世界の安全保障についてこれっぱかしも真剣に考えていないのか!?」
「それに慣れることだな。あっちじゃたいして役に立たないから」
「しかしいま現在わが軍は臨戦態勢なのだぞ!?それもこれもおまえたちに協力するためではないか!わしはもとより気が進まなかったのだがこのザマだ!それに軍隊だけじゃないのだ!警察だって銃を使う……それ無しでどうやって治安維持できるというのだ!?」
わたしはサイの肩越しに、怒り狂う中将のうしろで立ち尽くしてるメイガンを見た。苦虫をかみつぶした顔だった。
「デイビス中将」メイヴさんが言った。「そのために魔導大隊を編成したのですよ?それにデスペランの著書を読めば警察や軍隊に多額のお金を費やす必要がいずれ無くなる、とご理解いただけるはず」
中将は忌々しげに鼻を鳴らした。
「ヒッピーじみた戯言だ!わしはそんなおめでたい思想に賛同するのが仕事ではないんだよ!」
「ええ、市民の守護が使命でしょう。ですがあなたがたの教義はいささか度が過ぎるうえにちからの誇示の適用範囲も時期によってまちまちです――」
「素人の女がわたしに意見しないでくれたまえ!それにサイファー、これでわが軍に無用な損害が出たらわしが個人的におまえを絞め殺してやる!覚えておくがいい!」
サイファーは黙ってうなずいた。
「この件は問題になるからな!」中将は捨て台詞を吐いてきびすを返した。
中将が車に向かって歩き始めたそのとき、複数の無線機が鳴り始めた。
『こちらポイント・ロメオサーティー。南西より高速飛行物体接近中。スカイベルベット中隊と接触、交戦状態に入った模様』
『ポイント・チャーリィーフォックス、未確認の飛翔物体を多数確認。すべてポイントゼロに直進中』
「サイファー!」メイガンがゴツい双眼鏡を構えながら叫んだ。「ミサイルが多数接近中!」
サイはすぐさまデスリリウムを鞘から引き抜いて、虚空に向けて振り抜いた。
「サイ!いけない――」
とつぜんメイヴさんが叫んだけれど、空が爆発した。
まばゆい光と轟音が空いちめん……わたしはギュッと目を瞑ってその場にうずくまってしまった。
「メイヴ、なんで止めた!?」サイが言っていた。
「影よ……」
わたしが立ち上がって片目を開けると、ミサイルの爆発炎でまだ空が明るかった。
白みがかった地面に、無数の人影が落ちていた……誰も立っていない地面なのに影だけが……
サイが険しい表情で言った。
「奴はさっきの群衆の影に紛れて近づいていたのか!?」
「仮死状態でみずからを粉々に砕いて、ね……それがいまの光で覚醒したのよ」
地面にくっきり映り込んでいた黒い影が、デイビス中将の足元の影に向かって滑り寄ってゆく……。




