182 ヴィランたち
残った一台の車が軍人さんたちを乗せて帰ってしまうと、変わってですぴーが現れた。
「行っちまったようだな。開通成功か」
「ええ」
「俺も一緒に行きたかったよ」
「もうちょっとだけ、我慢しなさい」
ですぴーやメイヴさんにとっては、帰る場所への道が開いたんだ……サイにとっても。
わたしはあらためて尋ねた。
「メイヴさん、これでおしまい?」
彼女はわたしに静かな目線を向けると、首を振った。
「奴らはポータルの開通をじっと待ってたのだ」ですぴーが答えた。「もうそろそろ現れるだろうぜ」
わたしは真っ暗な闇に目を向けた。
空と山の稜線の境がかろうじて判別できる。サイもわたしたちに背を向けてそちらを見ていた。
ザー、と空電が聞こえて、ですぴーの肩の無線機から声が響いた。
『アルファ・タンゴリーダー、こちらポイントデルタ・チャーリィ・シックス。ポイントゼロ1マイル圏内に空間転移反応確認、識別コード無しのアンノウン。サーマルセンサーによるとアンノウンは人間と思われる。そちらから見て真東、六時方向だ』
「アルファ・タンゴ了解」ですぴーが無線機に答えた。「こちらから手出しするな。引き続き警戒を続けてくれ。Aチームならびにシャドウレンジャーはスタンバイ」
『コピー、ボス』
それでわたしたちは未確認の人間がやって来る方向、アーチの反対側に注目した。
『ボス、暗視ゴーグルでアンノウン視認。目標は複数、おそらく20人程度。動きが速すぎる……』
メイガンの声も聞こえた。
『ミッションコントロールよりアルファ・タンゴリーダー、さらに複数の空間転移を確認した。アンノウンは増殖中』
サイが言った。
「テレポーテーションか……ヘルドールが兵隊を送りつけてるようだ」
「兵隊というより人間の壁じゃねえか?」
サイがうなずいた。
「だけど、ただの人間じゃないだろう」
やがて前方に賑やかな集団の気配がしはじめた。
音楽……というかラップが聞こえる。
(なんだ、あれ……)
なんだか妙な模様のタイツを身に纏ったひとたちが、ずらずらとだらしなさそうな歩調でやって来た。
音楽はそのうちのひとりが肩に担いでるラジカセから鳴り響いている。
「ヘイヘイヘーイ!」
ざっくりしたジャンパーに派手なスニーカーの黒人が、ラップのビートに身を任せながらわたしたちに呼びかけた。彼だけはストリートギャングの格好だった。
「よーよー、あんたデスペラン?超有名な魔法使いのおっさんじゃねえか!俺らDCでずっとあんたのこと待ってたんだぜ?」
「行けなくて悪かったな」
「ハッハァ!――てめえが見かけ倒しのビビりってのは分かってんだ!最初に見たときからいけ好かねえ野郎だとは思ってたけどよ、オレは知ってんだ。てめえはロクに殺しもできねえ腰抜けだ!」
黒人ギャングはでっかい銀色のピストルをズボンのベルトから引き抜いてわたしたちに突きつけた。
ですぴーもサイも、興味深げにギャングの口上に耳を傾けているようだった。
ギャングのうしろに控えてる珍奇な一団も口々に罵詈雑言をまくし立て始めた。その人数はいまや数百――いえ数千人に膨れつつあった。
「その悪魔の手下を殺せ!」
「天罰を下せ!」
「奴らを高く吊せ!」
わたしは気づいた。彼らも魔導律を与えられて、コスチュームを身に纏ってるのだ。
彼らの理想とするヒーローの姿……
だけど毒々しい色使いのコスチュームはヒーローというより、悪役そのものだった……。
ヴィランたちも手にしていたまちまちな銃を構えて、わたしたちに狙いを定めた。
「処刑の時間だぜ!」
メイヴさんが一歩進み出て、魔法の杖を強く地面に突いた。「ブン!」という鈍い音が響いてグリーンの燐光がさざ波のように地面に広がった。
ギャングは一瞬たじろいだけれど、すぐ歯をむき出して笑った。
「ヘイ白んぼのオバさん!なにしたんか知らねえけど小細工は通じねえよ。オレ様の弾は魔法の弾なんだ。てめえら魔法使いもぶち抜いちゃうんだぜ!」
ですぴーがのんびり大剣を肩に担いで言った。
「おまえ喋りすぎだ。そろそろ退屈してきたよ」
「うるせえジジイ!」
ギャングが引き鉄を引き絞って、わたしは肩をすくめた――
――が、弾は発射されなかった。
「あれっ?」ギャングは何度も引き金を引いた。やっぱり発射されなかった。「なんだよこれ、いったいどうなってる!?」
サイが言った。
「おまえたちの銃に詰められてる火薬を、すべて土くれに変えたのだ」
ですぴーがうなずいて続けた。
「そうだ。サイファーがアメリカ大統領と和平交渉したとき使った脅しを、いま実行した……おまえらの銃はすべて役に立たなくなった。魔導律を弾丸に込めるまえに仕掛けをどうにかすべきだったな」
「畜生!」
ギャングは腹立ち紛れにピストルをですぴーに投げつけたけど、あっさりキャッチされてしまった。
ですぴーはそのピストルを構え直すと、ギャングの足元の地面に向けて全弾撃ち尽くした。
「ヘイッ!」すさまじい轟音にギャングとその間近にいたヴィランが慌てて後退した。
撃ち尽くした銃を地べたに捨てて言った。
「な?魔導律はこうやって使うんだよ」
「――っ、てめえナメやがって!」
ギャングは汗だくになってたけれど、まだにやりとする余裕があった。「――けどよ、これで分かったぜ、やっぱてめえは、殺しができねえ甘ちゃんなんだ!」
ギャングはナイフを取りだして低く構えた。
「ぶっ殺してやる!」
ですぴーがサイに顔を向けた。
「なあ、俺が殺しをしないなんて、誰か言ったか?」
「おまえの本やインタビューを観たら、そんなふうに受け取るかもしれないな」
「そうか……」
ですぴーはにやりと笑うと大剣を片手で構え、切っ先をギャングに向けた。「おいチンピラ、マスコミの言うこと真に受けちゃダメだぜ」
ギャングはようやく絶体絶命な立場に気づいたらしい。
「ヘイ!こんなん聞いてねえよ!」
「おまえがなにを勘違いしたのか教えてやろう」
ですぴーが一歩進み出た。
「俺たち魔導傭兵はこの地球に漂う霊魂を簡単に呼び出せるのだ」
サイとですぴーがまた一歩進むと、ヴィランの一団がじりじり後退した。
「おまえらのような不愉快な奴らは簡単に殺すより、死んだ方がマシってくらい辛い目に遭わせねえと」
「なっなに意味分かんねえこと言ってんだよくそったれ!」
「おまえの婆ちゃんに会わせてやるってんだよ。それから地獄でおまえを恨んでる奴ら全員、おまえとじっくり話したがってるからな!」
こうして、1対数千の一方的な逆撃が始まった。




