181 エリア51
ネヴァダ州。カリフォルニアのお隣。ほぼ沙漠。ラスベガスがある。
そしてエリア51もある。
……とは言え、わたしとサイはまだ川越のアパートに待機してたんだけれど。
メイヴさんとですぴーとAチームは、ひとあし先にラスベガスの近所にあるネリス空軍基地に向かってた。いま現在はエリア51内に作られたポータル実験施設でわたしたちを待ってるはず。
わたしとサイ、そしてシャドウレンジャーは作戦開始10分前にテレポーテーションで現地に移動する。
時間が迫ってきて、わたしは緊張してたけれど、むしろ会社を無断欠勤したことに気が咎めた。師走の忙しいこの時期にわたしも天草さんもアルファも出社せず、セキュリティ対策のためあらかじめ断りを入れることもできなかった。
でもそれで、察しの良い社長はただ事ではないと気づいただろうけれど。
「時間だ」
サイが言って、アパートの外に向かった。
これから妙な大作戦に参加するというのに、アパートに鍵かけて旅行でも行くみたいにカバン持って出掛けるのだ。なんか変よね?アラゴルンがモルドールの決戦に赴くときそんなことした?
もっともカバンはサイが持ち、わたしは両手に〈天つ御骨〉と〈鏡〉を持ってまさしく竜でも狩りに行くようなたたずまいだけどね。
ただし服装は、えんじ色に白いストライプのジャージだ。
わたしがこれを着ると中学生に見えてしまう。
わたしはもっとそれらしいのを所望してサイに『ぷよぷよ』の画像を示したのだけど、怪訝な顔されて終わりだった。
可愛いのに!
もっともコスチュームを用意できたとしても、防寒用に支給されたMAー1ジャケットで見えなくなったろう。
階段を降りるとシャドウレンジャーと天草さん、それに芳村さんが待ち構えていた。
「それじゃあ、行ってきます」
わたしは短い挨拶で済ませた。なにも起こらずポータルを開くだけなら1時間で用事は片づいて、あとは直帰するなりベガスで遊ぶなりすればいいだけだから。
「お気をつけて」芳村さんが言った。
それで、わたしたちはテレポーテーションした。
ネヴァダ沙漠は夜だった。結構寒い。
それに、見渡すかぎり真っ平ら。
地平線の彼方にあるはずの山は暗くて見えない。
その真っ平らな地面にでっかいアーチ状の建造物がそびえていた。真っ白なそれは高さ100メートル、端から端まで200メートルある。
わたしたちはそのアーチを見上げるほどの近くに現れたのだ。
Aチームのみんなはそれをジョディ・フォスターのSF映画に登場する巨大地球ゴマにたとえて冗談の種にしていたけれど、あの映画と同じ成りゆきにならないようわたしは祈った。2号機は日本にあるわけだし……。
アーチの真下にメイヴさんがひとり、立っていた。
ほかには誰の姿も見えない。人工的な灯りはアーチを照らすサーチライトと衝突防止用ライトの赤い瞬きだけ。
「さ、始めましょう」
シャドウレンジャーと天草さんが駆け足で散開した。わたしはメイヴさんのそばに向かった。
「それではナツミ、〈鏡〉を置きなさい」
メイヴさんが地面に書かれた白い×印を杖で示した。わたしは指示に従って、鏡面を上に向けて〈鏡〉を置いた。
メイヴさんが静かに呪文を唱え始めた。
広大な夜の空き地……メイヴさんの声は闇に吸い込まれてしまいそうだ。
とにかく圧倒的な静寂。メイガンの話では闇のどこかに軍隊が控えているはずだけど、そんな気配も感じられない。
鏡面に目を落とすと、漆黒の表面にさざ波が走ったように見えた。
メイヴさんの呪文が続く。
わたしは白いアーチに分断された空を仰いだ。〈魔導律〉を発現するときの気象変化……雷雲はない。夜に目が慣れたせいか星空がはっきり見えた。
「ナツミ……〈天つ御骨〉を構えて」
「は、はい」
「わたしが合図したら〈天つ御骨〉を〈鏡〉に突き刺しなさい」
「は?はい!」
「――イグドラシルよ……」メイヴさんが両腕を掲げて虚空に呼びかけた。「いま天空の扉を開き架け橋をお渡しします!我らを受け容れたまえませ!ナツミ!」
「はいっ!」
わたしは両手に持った〈天つ御骨〉を〈鏡〉に突き刺した。
七支刀は鏡に根元まで突き刺さった。
そして――
それだけだった。
派手なエフェクトもなにも無かった。
「え~……」わたしは剣の柄を掴んだままメイヴさんを見上げた。「これでいいですか?」
「もう引き抜いて良いわよ」
わたしは〈天つ御骨〉をオイルのような鏡の表面からゆっくり引き抜いて、立ち上がった。なんか拍子抜けだ。
「……これでおしまいですか?」
メイヴさんはうなずいて、アーチに顎をしゃくった。わたしが見上げると、目の前の風景が妙な具合になっていた。
空が半分見えない。
目を凝らすと、アーチの内側が巨大な壁になっていた……。
掴みとどころのない灰色の、煙のような柔らかい壁だ。
うしろで「パン」という音がして、振り返るとサイが拳銃のようなものを空に向けていた。信号弾らしい。ピンク色の花火がシュウシュウ音を立てながら上昇してゆく。
どこか遠くのほうで拡声器の声が聞こえた。
「ポータル開通成功。先行部隊は前進してください……神のご加護を」
わたしとメイヴさんはアーチの真ん中からすこし距離を置いて、遠くのほうできらめくいくつかの光を見た。自動車のヘッドライトのようだった。接近してくる。
軍用車両が三台アーチの50メートル手前に停車して、ドアから異様な集団が現れた。黄色い防護服姿で、金属製の長い竿となにかの装置を持っている。
普通のカーキ色の制服姿の兵隊さんも現れて、車輪つきの小さな機械を地面に用意し始めた。
ラジコンらしい。
兵隊さんたちはポータルの10メートル手前まで近づくと、ラジコンをポータルの壁に向かって突進させた。ラジコンはひもを引きずってて、それを引っ張りながら壁に衝突して――
消えた。
見えなくなってもラジコンはしばらくひもを引きずり続けた。おそらく10秒ほど。
それが、切れた。
兵隊さんたちは動かなくなったひもをたぐり寄せ始めた。別の一団が車のフロントに置いたノーパソのモニターを眺めながら何やら話し合っていた。その背後では防護服を着た6人くらいがやはり画面を覗きこんでる。
たぐり寄せたひもの先にラジコンは繋がってなかった。すっぱり切断されていた。
「やはり予想理論モデルどおり、電波も有線信号も帰ってきません。このまま行くしかないようですね……少佐殿、どうします?」
「行くしかないでしょう。諸君、もう覚悟は決まっています。「ゴー」を出して頂きたい」
「――少佐どの、どうかお気をつけて……!」
「さよならは言わない、みんなも追いかけてきてくれ。向こうで会おう!」
それから防護服の一団が、敬礼しながらわたしたちの前を通り過ぎた。先頭は少佐と呼ばれていた人だ。
立ち止まってポータルの表面に片手をかざすと、防護服の腕が壁に埋没した。少佐はいったんその腕を引き抜いて軽くうなずくと、「さあ行こう」というように片手を回して壁に踏み入れ……消えた。
残りの五人と二台の車両がそれに続いた。
「行っちゃった……」
わたしが呟くと、メイヴさんがうなずいた。




