175 空の光
「メ、メイヴさん!なんか光ってます!」
メイヴさんが振り返ってわたしを見上げた。
「その調子で続けて」わりと冷静に言われた。
直径100メートルの巨大触手がわたしたちめがけて襲いかかってくる。しかも先端からビームっぽい光条を放ってきてるし。
だけどメイヴさんはその攻撃を巧みにかわして、さらに魔法の絨毯を上昇させ続けた。もう旅客機に乗ったとき見たのとほとんど同じくらいの高さ――雲が地球の表面に張りついて見えるくらいの高さだ。
寒くて空気もほとんど無いはずだけど、わたしたちの絨毯は魔法のバリアに包まれているから何も感じない。触手の攻撃もくぐもったドーン、ドーンという音が聞こえてくるだけだった。
わたしは〈後帝〉を見据えながら〈天つ御骨〉を高く掲げ続けた。
「ナツミ、あなたの判断は的確だったわ!」
「そっそうですか?」
「ええ、〈後帝〉がなんであれ以上近づいてこないのか、分かったと思う。あいつはあの図体に神器を持っている。接近しすぎるとあなたの〈天つ御骨〉と〈鏡〉が共鳴してしまうから、慎重に距離を取っていたのよ!」
「なーる」
「ま、仮説だけど」
「なんだ……」
「まあすぐに分かる!」
わたしたちを乗せた絨毯はさらに上昇した。
メイヴさんが言ったように〈後帝〉はわたしたちの接近を防ごうとしているように見えた。進路を触手で通せんぼしようとしていたけれど、〈天つ御骨〉の刀身が光ると触手の先端が炭化して灰色の塵と化してしまう。
「ほうらやっぱり、奴は逃げられなくなってる!」
「たしかに、なんだか必死な気がします」
わたしは〈天つ御骨〉がなにかと引き寄せられているのを両腕で感じていた。メイヴさんが言ったように〈鏡〉と共鳴しているのだろう――
絨毯がとつぜん急旋回したのでわたしはつんのめりそうになった。いったい何が――メイヴさんに尋ねかけて、わたしはふと足元のほうに目を向けて、理由を知った。
巨大な翼を生やした怪獣――もとい尾藤がわたしたちを追ってきたのだ!
もう人間の形を成していない……地球上のどんな動物にも似てない醜悪な姿――強いて言えばクラゲとウニが合体してサメの口を付け足したような姿だった。控えめに言っても恐ろしげな光景だ。
だけど、そのすぐうしろにはサイの姿があった。
青みがかった黒い甲冑姿で、やはり翼を羽ばたかせて、怪獣を追ってる。
『ヤメろオーッ!!」怪獣がそれに相応しい声量の銅鑼声で吠えた。空気が薄くてもはっきり聞こえるのは、魔力のせいだろう。
よくよく目をこらして、わたしは胸を締め付けられそうなショックを受けた。
サイはかなり怪我を負っていた。
甲冑はボロボロにひび割れ、額から血が流れて片目を閉じていた。
「サイーッ!」
『大丈夫だ……』
久しぶりに聞く男版サイの声なのに……食いしばった歯のあいだから絞り出される声には少なからぬ苦悶がにじんでいた。
サイが怪獣に追いついて掴みかかった。引きずり下ろそうとするサイに怪獣の触手が絡みつく。サイはのたうつ怪物の体に何度も何度も剣を突き立ててた。
でもブヨブヨのスライムみたいな身体をいくら突き刺しても決定的なダメージを与えられないようだ。
(サイ!)
わたしはほとんど何も考えず、サイに向かって〈天つ御骨〉を投げていた。
〈天つ御骨〉は落下しながらどんどん大きくなってゆく。
そこまで見届けたところでとつぜん魔法の絨毯が方向転換した。
〈後帝〉の触手攻撃が激しくなったのだ。
「メイヴさん!ごめんなさいわたし、〈天つ御骨〉をサイに渡しちゃった!」
「正しい判断かもしれない」メイヴさんが言った。「だけど分かってるでしょうけどわたしたちノーガードだわよ!覚悟してね!」
「わたしもう〈天つ御骨〉持ってませんけど、まだ攻撃してきますか!?」
「わたしたちが少しでも奴らを煩わせないとすべての攻撃がサイに向かってしまうのよ!」
「そ、そうですよね!分かりました!」
そう答えてみたものの、触手攻撃をかわすのは格段に難易度上がったようだ。
メイヴさんは魔法の絨毯をきりもみ飛行させて触手のムチみたいな動きやビームをギリギリでかわしつづけた。
しかしながら、限界だったようだ。
メイヴさんがとつぜん立ち上がってわたしに飛びついて、絨毯から飛び降りた。
わたしたちが離れたとたん魔法の絨毯がビームに切り裂かれた。
(あらまあ)
最初に思ったのは軽い驚きだった。
あまりにも高い空の上なので落下してる実感が薄い。
それからじんわりと、わたしは空を飛ぶ手段もなく落っこちている、と理解した。
しかも、このまま無事に地上まで落ち続けられるとは思えない。
巨大な触手が2本、わたしたちのほうに接近してくる。攻撃中のあり得ない早さではなく、ゆっくり、生け捕りにしようとでもするように。
わたしはメイヴさんの腰にしっかりしがみついて、メイヴさんは魔法の杖を掲げて攻撃を試みようとしていた。
「メイヴさん!わたしが離れるから――」
「なに言ってるの!死なば諸共っていうでしょ!しっかり摑まってなさい!」
わたしがチラッと空を見上げると、サイが光る2本の剣を両手に持って、怪獣に突き立てようとしているのが一瞬だけ見えた。
それからどんどん近づいてくる触手が見えた。
触手の先端がガバッと開いて、わたしたちを飲み込もうとしている。
その触手が大爆発した。
それから、わたしたちのすぐ横に魔法の絨毯にあぐらを搔いたですぴーが現れた。
「やーおふたりさん、スカイダイビングかね?」
「デスペラン・アンバー!」メイヴさんが言った。「つまらないこと言ってんじゃないッ!」
ですぴーとジョーが立ち上がってわたしたちを絨毯のうえに引っ張りこんだ。
ちなみに絨毯はわたしたちと同様真っ逆さまに降下してるから、妙な具合だった。とつぜん重力の方向が変わってわたしとメイヴさんは絨毯のうえに転がり落ちた。
「ずいぶん遅かったわね!」
「どういたしまして!」
たくさんの魔法の絨毯がわたしたちと逆方向にすごいスピードで飛んでゆく。絨毯の裏側にアメリカの☆マークが書かれている。ヒノマルもちらほら。
わたしたちの絨毯もターンして、ふたたび上昇しはじめた。
わたしはどっと汗を吹き出していた。
(なんか……信じられないけど、わたし無事だ……)胸がドキドキしてた。
(――そうだ、それドコじゃない!サイは!?)
サイの姿を捜して空を見渡すと、すぐに光が見えた。
(後帝)の黒い十字架を背景に激しく明滅する、青い光。
サイがとどめを刺したのだとわたしは分かった。




