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174 対決


 「巌津和尚――じゃなかった、巌津上人(しょうにん)!」

 

 巌津和尚はサッと飛び上がって宙を舞い、わたしたちの眼前にひらりと舞い降りた。

 「なんでもよろしいが、大変遅くなりました」

 言いながら片手拝みに一礼した。

 「メイヴさま、川上ナツミ殿」

 「あ……ありがとう、巌津和尚」

 「礼などもったいない」巌津和尚は岩槻教授が弾き飛ばされたラーメン屋に顔を向けた。

 「きゃつは我々日本人、いえ人類が対処せねばならぬ、言わば身内の澱。この巌津、命がけで挑みましょう」

 「たいへん強い相手のようです。油断なさらず」

 「承知」

 

 「巌津上人!」タカコに付き添って地下に向かった天草さんが階段から現れた。「来てくださった!」

 丸井デパート方面からアルファも現れた。右手にギザギザ怪人の首を何個かぶら下げていた。

 「こっちのばか騒ぎはおおむね終わったよー」斜め後ろに顔を向けた。「――まあサイファーとバカでかい奴以外は」

 アルファのうしろには詰め襟制服の中学生が道路いっぱい控えていた。


 ボブ、ブライアン、シャロン。ジョーを除くAチームも公園のほうから現れた。みんな戦闘コスチューム姿だ。

 「ナツミ~!怪我はないか~?」

 わたしは手を振った。

 「大丈夫です、ボビー!」

 「よっしゃ、それで次の相手は――うわっ、なんだあれ!?」


 ラーメン店の割れたガラス窓の奥から偽物のわたしが現れたのだ。


 「冗談抜きだぜ……」ブライアンがわたしと偽物を交互に見やりながら言った。わたしもそう思うよ!

 そうは言っても、相手はもうわたしの顔をしてるけれど明らかに別人だと分かる、凶悪な顔つきだ。

 ……ずいぶん怒ってるようだ。


 「いまのはちょっと効いたわ……」

 偽わたしが言った。


 巌津和尚と天草さん、アルファがわたしとメイヴさんの前に並び立った。

 「怪異のもの、拙僧がお相手する」

 「上等だァ――!!」

 偽わたしがそう叫ぶと同時に地面がゆれて、巌津和尚の足許から無数のトゲが突き出した――太さが電柱ほどもある黒いトゲ……と言うか、いわゆる触手。

 だけど巌津和尚も天草さんズもサッと飛び退いた。

 「ナツミ!」

 メイヴさんがわたしの腕を掴んで引っ張り、わたしたちはふたたび魔法の絨毯に乗って空に舞い上がった。

 今回はメイヴさんも絨毯を忙しく操って、縦横に襲いかかってくる触手の追撃をかわした。まるでアニメの戦闘機みたいな動きで、わたしは絨毯に正座したまま固まっていた。


 東武デパートの陰に回り込むとようやく攻撃の難を逃れた。


 高いところに昇ったので、戦いの様相がすべて見渡せた。


 サイと巨大尾藤は大学のグラウンドで剣戟を繰り広げている。


 空から降りてきた〈後帝〉(ハインドモースト)の片割れはですぴーたちの攻撃でダメージを負い、半分近くが白っぽく炭化している。

 都内は、攻撃やら落下物やらでかなり被害が出ているようだ。


 「酷い……」

 「しっかりしてナツミ、あなたのおかげでこれでも修羅場は避けられたのよ」

 「でも、なにかできることありませんか?」

 「わたしもこの戦いは未知なことばかりで、決定打は思いつかないわねえ。だけど戦力は――」メイヴさんはまわりを飛び交う絨毯を見渡した。

 「――わたしとサイファーたちがイグドラシルで魔導傭兵してた頃とは比べものにならない。勝ち目はじゅうぶんある」

 轟音が響いてなにごとかと振り返ると、東武デパートの屋上が一部崩落していた。触手攻撃が激しさを増しているようだ。

 「ああ……東武デパートが」

 タカコは無事だろうか?

 メイヴさんは楽観しているようだけど、わたしはますます焦燥が高まる。

 大切なものがどんどん崩れていってしまう。

 なにかしなきゃと思っても、なにひとつできることが無い。

 わたしは戦争なんて知らなかったけれど、このやるせない喪失感と苛立ちは、たぶん戦火に巻き込まれた多くのひとたちが味わったものだろう。


 わたしは空を仰いだ。

 「メイヴさん、雲の上に出られます?」

 「えっ?」メイヴさんがわたしを振り返った。

 「もっと高く、上がれますか?」

 メイヴさんはうなずいた。

 刺繍模様に手をかざすと、絨毯が高度を上げはじめた。


 厚い雲の狭間を抜けて、わたしたちはとつぜん晴天の空に出た。

 黒っぽい蒼穹を仰ぎ見ると、ぎらぎらした太陽と、空一面に覆い被さる〈後帝〉がいた。

 地上から見たときよりはっきりと、まるで数㎞先に浮かんでいるように見えた。

 だけど十字架は形を変え、いまは短く太い×印になっている。

 よく目をこらせば周囲に黒い棒状の物体が無数に浮かんで、時折パッと光が瞬いている。アルファが宇宙でも戦いが起こってるって言ってたけれど……。

 

 わたしは絨毯のうえで立ち上がった。

 「オーイ!〈後帝〉(ハインドモースト)聞こえるかーッ!」

 わたしは声の限りに叫んだ。

 「ナツミ、何しているの!?」メイヴさんがぎょっとした声で言った。わたしは構わず続けた。

 「あんたが欲しがってるものはここだ――っ!」

 わたしは〈天つ御骨〉を両手で掲げた。

 わたしはもうヤケになってた。こんなことしたって声が届くとは思えなかったけれど――

 だけど、通じたらしい。


 〈後帝〉の中心部から幾筋もの黒い線が放射状に延びて、その先端が赤く瞬いた。

 「メイヴさん来ます!」

 「ええそのようね!姿勢を低くして!」

 黒い放射状の線がだんだん太く見えてきた……どうやらまた触手攻撃らしいけれど、太さが池袋上空に降りてきた筒状の「ちっこい奴」ぐらいある。つまり直径100メートル……

 すべてわたしたちに向かってくる。

 

 「〈天つ御骨〉――アマルティス・オーミ!――わたしに力を貸してっ!」

 

 わたしの頭上で〈天つ御骨〉が強烈なピンク色の光を放った。


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