172 戦線拡大
空が燃え上がった。
まるで火炎放射器の炎をガラス越しに見てるような。
〈後帝〉のビーム攻撃が見えない障壁に阻まれて、紅蓮の炎が空一面に広がっていた。 端的に言ってこの世の終わりのような光景だった。
攻撃は10秒あまり続いて、最後にオレンジ色の光暈がさざ波のように広がって、空が元の色に戻った。
「ジョー!なんだよあの滅茶苦茶なのは!?まるでガッズィーラの放射能じゃねえか!」
「知らないよ!あたしゃSF専門家じゃないんだよ!」
隣に浮かぶ絨毯でシャロンとジョーががなりあってる。
「レーザー攻撃じゃなさそうだから、たぶん馬鹿でかい荷電粒子ビームみたいなもんだろうけど」
「けど音も熱も伝わらなかったから大気圏外で食い止めたらしい……大気圏内だったら今ごろここ一帯酸素ゼロの灼熱地獄になってたぞ……」
遅まきながら物騒なこと言ってた。
慌ただしい展開の連続ですっかり寡黙になってたタカコが口を開いた。
「すごいなナツミ……あんたガンダムじゃん」
現状認識しっかりできてんのか出来てないのか分からんこと言ってる。
「本当にすごいです」天草さんが目を丸くしていた。「さすが龍の巫女さま……〈天つ御骨〉を自在に操れるようになられたのですね?」
「う、うん、まあそこそこ……」
「ナツミ!」ジョーが呼びかけてきた。「いまの防御シールドすごかったよ!」
「ありがとう!でも、まわりのみなさんも協力してくれたんでしょう?」
「微々たるもんだけどね。完全に想定外の威力だったからあんたがいなかったら――」空を仰いで肩をすくめた。
「あの!サイとですぴーがとっても強い敵と戦ってる最中なんですけど……」
「分かってる!鮫島とシャロンから聞いた。こっちだって逐次兵隊投入してるんだ、心配ないよ!」
ジョーが言った通りだった。
〈ハイパワー〉の真っ黒な紡錘型UFOが空に集結しはじめてる。やはり何十隻という数だ。尖った舳先を真上に向けていた。
「宇宙空間では戦闘が始まった。都内に潜伏してた田中や山田や佐藤もここに集結して、すでに交戦状態に入ってる。中村や吉田や加藤も、その他たくさん」
わたしは絨毯の端から下を見おろした。
サイたちが戦ってるあたりに見当をつけると、すでに雑居ビルが2~3棟倒壊して火事になっていた。
元の暴徒はほとんど池袋駅まで後退したようだ。
その暴徒と入れ替わったように無数のギザギザ怪人同士が戦っていた。なるほど、あの中学生たちはいったい何人日本に潜伏してたのやら。
わたしが呑気に眺めていると、また5階建てぐらいのビルがひとつ、轟音を立てて砕けた。その粉塵のなかから巨大な禍々しい腕が伸び上がってわたしたちを掴もうとした。
「わアーッ!」叫んだのはわたし。
メイヴさんは絨毯を巧みに操って巨大な腕から逃れた。
倒壊するビルを押しのけて尾藤が――というか元尾藤だったと思われる怪物が姿をあらわした。
同時にサイも巨大化して、巨大尾藤の背中に飛びついてわたしたちを捕まえようとする動きを阻止した。
わたしたちとAチームの絨毯組はその場から距離を取るべく慌ててUターンした。Aチームの絨毯にどこからともかくですぴーが舞い降りた。
「ふいー、さすがにあの戦いには付き合えんわ」
「ボス、お疲れなとこ悪いけどメイガンがさっきからしきりに連絡してきてる」
「あいよ」
ですぴーがスマホを取りだして喋りはじめた。
わたしとタカコは巨大化したふたりの戦いを声もなく見続けた。ふたりとも10階建てのビルより大きい。サイも元尾藤――中ボスヘルドールも背中から超巨大な翼を生やしてる。
空はいつの間にかいちめん、低く暗い曇天になってる。それで〈後帝〉の姿が一時的に見えなくなってるけれど、かえって不安だ。
通話を終えたですぴーが大声で言った。
「野郎どもとお嬢さんたち!宇宙の〈後帝〉がバラけてちっこい奴がいくつも降下してるそうだ!メイガンによるとぜんぶここに来るそうだ!対空警戒!」
「イエッサーボス!」
まもなく、ですぴーが言う「ちっこい奴」が雲の合間から現れたけれど、言うほどちっこくなかった。
青いネオンが表面を這いずる黒い円柱……
太さは100メートルくらいありそう。長さは――
「デカすぎる……」ジョーが言った。
「どーれ」ですぴーがミネラルウォーターを飲み干して、口を拭った。大剣を肩に担いで立ち上がった。「もういっちょやるか!」
「ボス、対抗できるんですか?」ジョーが見上げて尋ねた。
「〈魔導律〉なめんな。鮫島!もう良いか?」
鮫島さんが立ち上がった。
「新品同様だ」
「よし、降下してシャドウレンジャーを集めろ。シャロンは地上のAチームと合流!」
「了解だ!」
鮫島さんとシャロンが絨毯から飛び降りた。
「そんじゃジョー!俺たちはいちばん近い柱に突進する!」
「ですぴー!がんばって!」タカコが叫んだ。
ですぴーがにやりとして、手を上げた。
「あーもうやけくそだあ――!」ジョーが叫んで、魔法の絨毯が急加速した。
「メイヴさん、わたしたちは――」
「お空が賑やかになりそうだから、降りるわ」
「え~?」
メイヴさんは池袋駅前の人っ子ひとりいなくなったロータリーに絨毯を降ろした。
ほんの数十分前に通り過ぎた駅前はすっかり荒れ果てていた。デパートのガラス窓はほとんどたたき割られ、略奪品が地面に転がってる。
まだ身体が浮いてるフワフワした感じのまま、わたしたちは地面に降りた。
空でドン、ドン、という不気味な轟音がいくつも響き渡り、紫色の光線が幾筋も横切っていた。
「なんか……日本じゃないみたい……」タカコが途方に暮れていた。わたしはその肩に手を添えた。
「ナツミ」メイヴさんがやや切迫した口調で言った。
わたしはメイヴさんが見てる方向、丸井デパートのほうに振り返った。
四車線道路をこっちのほうにやって来る人影。
目を凝らすと、それは岩槻教授だった。




