171 中ボス現る
「あんたなにゲロ吐いてんのよ!」
尾藤がサッと手を払うと、吐いてた男性とそのまわりの数人が忽然と姿を消した。残った暴徒たちがさらに後じさる。
それから尾藤はわたしたちに微笑んでみせた。
「サーァ始まるザマすわよ!」
攻撃はまったく予想外の方向から来た――まあわたしには予想外ってだけで、サイとですぴーは、背後から襲ってきた敵を剣で振り払った。弾き飛ばされた異形の巨体が轟音とともに雑居ビルの壁にめり込んだ。
それが合図かのように、暴徒に紛れていた尾藤の尖兵が次々と正体を現した。まえに川越で佐藤くんが複数合体してトゲトゲ怪人に変身した、その親類だった。
隣に体長2メートル超の怪人が現れ、暴徒たちはついにパニックに陥った。
暴徒が散り散りに逃げてゆくと、その間にAチームとシャドウレンジャーが立っているのが見えた。
取っ組み合いが始まった。
だけど尾藤と岩槻さんだけはこんな騒ぎにもかかわらず目的がはっきりしていた。まっすぐわたしに目を向けている。
わたしと尾藤のあいだにはサイとですぴーが立ちはだかっている。
「さて尾藤!あるいは誰か知らないが――」
尾藤が片手を上げてサイを制した。
「あ、ちょっと待って、腱がずれてんのよこの――」尾藤は両手でぐりぐり首の位置を直した。「出来損ないの下等生物、まったく窮屈で不便たらないんだから!」
「まだ人間の身体に慣れてないか?やっぱりおまえイグドラシルから来たんだな?」
「ま~ね~、サイファー・デス・ギャランハルトちゃんにデスペラン・アンバー、あんたたちが生きてたとは、この目で見るまで信じられなかったわよぅ」
サイファーとですぴーは顔を見合わせた。
「貴様、わたしたちと面識があるのか?」
「ずいぶんむかし、一回だけね。そのとき殺しときゃ良かったんだけど、あたしを手こずらせるとは思わなくてさ~。あんたらつねに目の上のたんこぶだったわよ」
サイがハッと眼を見開いた。
「おまえまさか――」
「そうでーす!あんたを可愛い坊やに変えてやったでしょ?」
「ヘルドール!」
わたしは手で口を覆った。
サイに呪いをかけて男の子に変えた張本人!?
「あ~やっぱり……」わたしの隣で誰かが残念そうに呟いた。そちらに顔を向けると、天使のアズラエル伍長が突っ立っていた。
「あ、アズラエルさん……いつの間に」
「やーどーも。ナツミさん。サイファーに連れてこられちゃいました」
「あーやっぱりって、どういう意味なんで……?」
「いやね、〈世界王〉が片腕をこの世界に送ったって噂が立ちましてね。それでわたしは大天使ガブリエル曹長に様子を見て来いって無茶降りされまして……それで世界王のお膝元で密偵してたら見つかっちゃって、ごらんの有様でして」
「せっ世界王の、片腕ですって……?」
「はいそうなんですよ。こうしてヘルドールを確認しましたんで、これでわたし、任務完了したようなもんですけど」
「ちょっと!軽く言わないでよ。なにか対策持ってこなかったんですか?」
「いや~……すごい強敵なんでねえ」
サイが続けた。
「そうか、おまえがじきじきに〈魔導律〉をばらまいてこの世界に混沌をもたらしていたのだな?」
「うん、ちょっとひと押しするだけだったよ。手始めにこいつ」自分を指さした。「まったく、人間て邪悪なのよね~。さすがギルシスの末裔よねえ……ああそうだ!一悶着はじめるまえにこれだけやっときましょ」
尾藤が指パッチンした。
サイは怪訝な顔してたけれど、わたしとですぴーは息を呑んだ。
サイが、少年の姿に戻ってる!
一拍子遅れてサイも異変に気付いた。
小柄になった身体に合わない甲冑が肩からずり落ち、上着とズボンがだぶだぶになっていた。
「貴様――!」サイは邪魔になった上着を振りほどきながら尾藤を睨んだ。
「やっぱその格好のほうがお似合いよ、サイファーちゃん」
サイがほとんど逆上して尾藤に斬りかかった。
ですぴーも同時に動いて尾藤の背後に回り込んだ。サイの一撃を尾藤は片手で受け止めた。すかさずですぴーが背後から大剣を一閃したけど、尾藤はそれももういっぽうの手で受け止めてしまった。
だけど三撃目が――猛烈な雷撃が尾藤の頭を直撃した。
猛烈な光に目が眩んでわたしもタカコも尻餅をついた。思わず空を仰ぐと四角い物体が宙に浮いていた。
メイヴさんだ!魔法の絨毯に乗ってる。
尾藤はさすがにダメージを受けたらしい。上半身が真っ黒に炭化して、それでも倒れなかったけど、ふらついてた。
「メイヴ!天草!」サイが叫んだ。「ナツミたちを頼む!」
天草さんが魔法の絨毯からひらりと飛び降りて、問答無用でタカコを肩に担いだ。魔法の絨毯がわたしたちの目の前に降下して止まり、メイヴさんがわたしに手を差し伸べたので、わたしはその手を掴んで絨毯によじ登った。
絨毯がわたしたちを乗せて急上昇した。
「メイヴさん!」
「ナツミ、結界を破ったのね。よくやったわ!」
「サイがいま戦ってる相手、世界王の片腕なんですよ!」
「なんですって……?」
「その通りなんですよー」背後で間の抜けた声が聞こえて振り返ると、アズラエル伍長が絨毯の端にしがみついていた。
「ちょっと!あなたは逃げちゃダメでしょ!?」
「勘弁してください。いまは〈魔導律〉空っぽの人間でしかないんですから」
わたしたちの隣にもう一枚の絨毯が現れた。ジョーとシャロンが乗ってる。そのうしろに鮫島さんが横たわってて、赤十字のローブを纏った知らないひとが魔法の杖で鮫島さんを治癒していた。
それだけじゃなかった。
池袋上空に何十、何百の魔法の絨毯が飛び回ってた。
「なんでこんなに……?」
メイヴさんが言った。
「デスペランの魔導大隊が初出動してるの」
魔法の絨毯の一群は、よく見ると隊列を組んで、大きな輪を描くように旋回しているようだ。
「メイヴさん!わたしはサイの側に戻らなきゃ!わたしの〈天つ御骨〉のちからが必要なはず!」
「慌てないで!あなたのちからがいま必要なのはここよ」
そう言ってるあいだにわたしたちは、絨毯の隊列の大きな輪の中心に向かっていた。
「さあナツミ!こんどはあなたが防御結界を張る番よ!」
「えっ!?……あっ!」
メイヴさんの言葉の意味はすぐに分かった。空の十字架がいかにも不穏な光を発していたから。
だからってわたしにどうしろと?
とにかく、輪の中心にたどり着いて絨毯が止まると、わたしは立ち上がった。
――そして〈天つ御骨〉を頭上に掲げてみた。
だってほかにそれらしい動作なんて思いつかなかったし。
十字架の中心がカッと光って、真っ赤な光線がわたしたちに向けて放たれた。
自分でもたまげたことに、わたしはそのビーム攻撃を受け止めた。




