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169 ひょっとして絶体絶命ピンチ?

一回休みしたので早めに投稿しました。


 わたしたちが向かっていた要町方面の道路いっぱいに集団が立ち塞がっていた。


 「もう逃げられないからなー!」集団の先頭に立った人物が陽気とも思える声で叫んだ。


 鮫島さんが言った。「なんということだ……岩槻教授じゃないか!」

 「あのお騒がせ野郎まだ懲りてないのか」シャロンがあきれ顔で言った。

 たしかに彼だった。

 勝利に酔いしれたように両腕を腰に当て仁王立ちしていた。空にバカでかい十字架が覆い被さっているのに、なんなんだろうあの余裕綽々な態度は……。

 

 若槻教授は道路いっぱいの暴徒を引き連れてわたしたちのほうにのし歩いてくる。池袋方面の暴徒集団も100メートル背後に現れ始めた。総じてわたしたちは完全包囲されたらしい。

 「ナツミさん、タカコさんも心配するな」鮫島さんがわたしたちに首を向けて言った。「相手は人間だ。いざとなればジャンプで逃げられるよ」

 わたしはうなずいたけれど、 そんなに上手くはいかないという漠然とした不安を感じていた。


 若槻教授はわたしたちの10メートル手前で立ち止まり、両腕を上げて背後の連中を停止させた。集団を制する様子が堂に入ってる。


 「あいつ、憑かれてる」アルファがぽつりと言った。

 わたしはうなずいた。以前の神経質で他人を不快がらせる人物とは別人に見えた。

 正直言っていやな予感しかない。

 

 「さてさて、国益を損なう無法者の諸君、傍若無人の振る舞いも今日限りだよ」

 「岩槻先生」鮫島さんが一歩進み出た。

 「あなたこそ、いったいなにをなさっているのか。暴徒集団など引き連れて……」

 「彼らは憂国の士だよ」

 「憂国の士ですって?」鮫島さんは失笑した。「暇を持て余したごろつきじゃないですか」

 「なにを言うか!」

 岩槻教授はとつぜん激高した。

 「彼らが自堕落で刹那的快楽に耽溺しているのはすべて君たち体制側の責任じゃないか!日々の安寧も保証されず将来は不安しかない彼らに同情するならともかくごろつき呼ばわり!そういう傲慢な思考がこの国を駄目にしたのだよ!」

 「はあ?」


 「いいぞじじい!」

 「なんか知らんけどもっと言え!」

 岩槻教授の背後に控える暴徒たちはやんやとはしゃいでいた。


 「あれが見えんのか?」岩槻教授が頭上を振り仰いだ。

 「あれが君たち事なかれ主義の行政がもたらした罰なのだ!わたしの主張に耳を傾けていればああはならなかったのに!いま現在の国難はすべて君たちのせいだ。責任取ってくれたまえ!」

 「岩槻先生、言いがかりも甚だしいな」

 「言いがかりだと!?君たちはいつもそうだ!現実が見えていない。米国はあの通り、庶民を蔑ろにした結果としてキリストが再降臨して贖罪に追い込まれた。われわれにとってはあの空にかかる十字架がそれだ!いまこそ国民の尊厳に仇なす君らのような輩に鉄槌を下して現実を取り戻さねばならんのだ!」

 「あんたのほうが現実が見えてないじゃないか。というよりいま現在の現実から逃避したいだけなんでしょう?頭上のあれだってあんたがほんとに認識できてるか疑問だな。われわれを排除すれば何も起こらなかった以前の生活に戻れると思ってるのなら大間違いですよ――」

 「うっせー!」

 集団の誰かが叫んだ。

 「うっせえよバーカ!グダグダ言ってんじゃねーよクソうぜえ」

 「いいからもうやっちゃえ!」


 「黙らんか馬鹿ども!」岩槻教授が一括すると、驚いたことに暴徒たちは素直に黙り込んだ。そんなに人望あるひとだっけ?

 だけど暴徒たちの顔に浮かんでいるのは冷やかし半分のニタニタ笑い……この連中いったいなんなんだろう。

 「いーぞ上級市民!」

 「シビれるぅ~」 

「ジジイそろそろ飽きた~、イリュージョン見してよ~」

 どうやら教授は敬意を払われてるわけじゃないらしい。

 本当に、ここに集ってる連中は、ひたすら暇なだけなのだ。憂さ晴らしになればなんでも良いと思ってる。尾藤と、それに類する放火魔気質の人間が動員したのがこういう人たちなのだ……


 いつの間にか、スマホを構えた何人かの男性がわたしたちに接近していた。おもにアルファを勝手に撮影しているようだ。

 「ナツミ~、こいつらウザいんだけど蹴散らして良い?」

 「うおー声もカワエエ、巫女さんこっち向いて!JKだよねえ?」

 「アルファ……もうすこし我慢して」

 「デカい女邪魔!」

 シャロンがそいつにサッと顔を向けて、問いかけるように自分を指さした。

 「あれ、日本語わかんの?ヤベー」仲間と一緒にケタケタ笑っていた。

 「ナツミ~、あたしも我慢の限界」

 わたしがシャロンをなだめる言葉を考えていると、お馴染みの甲高い声が響いた。

 「なつみーん!やっほ~!」

 わたしは顔をしかめて声の主のほうに顔を向けた。

 尾藤だ……。お姉走りでこっちにやってきた。

 やっぱりスマホを構えてる。

 「……わたしもいい加減ガマンの限界」


 「オオびっくん、やっと来たねえ」

 「ハーイ岩槻センセ、盛り上がってますぅ?」

 尾藤がまるっきり女の子みたいに教授の腕にしがみついた。

 「はっはっはっ、おかげさまで、ずいぶん風通しが良くなったのだよ」岩槻教授はご機嫌だ。


 (はあ?)

 わたしは眼前のシュールな光景に胸が悪くなった。

 なんらかの繋がりはあると承知してたけれど、このふたりがこんなに仲良しなんて……!

 「さーて!そんじゃなつみん、(天つ御骨)出して!したらブッ殺されずにすむから~」

 わたしは戸惑った。

 「あんた、なんでその名前知ってるの……?」

 「エ~?だってあたしぃスーパーハカーだもん、なんつって~」

 尾藤は頭上の十字架を指さした。

 「ホントはね~あの()()に教わったんだよね~」

 「は、〈後帝〉(ハインドモースト)に!?」


 「後帝様とお呼びッ!!」

 尾藤の態度が豹変した。ニヤニヤが消えて声も2オクターブ低いうなり声だった。


 「尾藤……あんた」

 アルファがわたしの二の腕を掴んで引き下がらせた。

 「アルファ?」

 「こいつ、もう人間じゃないよ」

 鮫島さんもわたしの前に立ちはだかった。

 「たしかに異常な〈魔導律〉を感じます」


 「アハハハー」尾藤は元の声に戻って言った。

 「あたしさ~後帝様の計らいでめっちゃ強キャラに紹介してもらったんだわ~。おかげで身体乗っ取られちゃったけど。だ・か・ら・いますっごいスキルホルダーだからねっ」


 アルファがうなずいた。「この強力な結界を張ったのはあんただね」

 尾藤がアルファを指さして言った。

 「ピンポーン♪」

 

 「なんてこと……」

 

 思ったよりずっとピンチに陥ったかも。

 


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