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162 わたしを巡るあれこれ

 

 今日のユリナちゃんはピンクのダウンジャケットに毛糸の帽子で、なぜか前髪をぜんぶたくし込んじゃってるため、まぁるいおでこが丸見えだ。

 可愛い。

 それで、わたしはさっきからまんまるいおでこにマジックで「肉」って書きたい衝動に駆られている。


 「おねえちゃん聞いてる?」

 わたしの妹、ユイのキビシイ声にわたしは振り返った。

 「はい、聞いてる」

 「それじゃあ本当に、この本に書いてあることは事実なの?」

 妹はテーブルのムックに掌を叩きつけた。

 コンビニで売ってるカラーページ多めの薄い本だ。心霊スポットとか温泉の紹介本と一緒の棚に置いてある。だけどタイトルは「全日本人が異世界に旅立つ日が来る!?」

 わたしは神妙な顔でうなずいた。

 「うん……ホント」

 「マァジかよ!」

 「まあいますぐ……ってワケじゃないと思うけれど……」

 「やっぱりお姉ちゃんこの騒ぎに関わってるんだね!?アメリカのアレも空の十字架もぜんぶおねえちゃんとサイファーくんが関係してるんだ!」

 「そうでーす」わたしはしぶしぶ認めながら縮こまった。


 空にあの十字架、「後帝」(ハインドモースト)が出現して三日。

 もうなにも隠せる段階ではなくなってた。

 日本でもようやく「我々ってひょっとして異星人に侵略されてるんじゃね?」みたいな認識がじんわり浸透しはじめてた。

 妹が持ち込んだムックにもいろいろ書かれていた。

 サイの写真はバッチリ載ってるし、その関係者としてわたしの写真も一部モザイクで掲載されてる……まだ「埼玉在住のA子さん」扱いだけども。

 A子さんが川越在住の川上ナツミさん(28)だということも、もはや知る人は知ってる状態だし。

 事実妹も気付いて、いまこうしてわたしは問い詰められていた。


 ユリナちゃんはネコのハリー軍曹を追いかけ回してこたつのまわりをグルグル駆けずってる。

 「それじゃあわたしもユリナもみんな、どっか得体の知れない場所に移住しなけりゃならないの?いまの生活をやめて?」

 「まあ、そうなる……かな」

 「信じらんない!」

 「無理もないよ」

 妹はハーッとため息を漏らしてうなだれた。

 「……まあ、おねえちゃんが悪いんじゃないんだろうけどさ……でもやっぱ現実的じゃないよ。昨日はアメリカで〈ハイパワー〉って人たちと和平調印式だかなんだかってニュース流れてたし。ねえ、ホントに宇宙人と戦争になっちゃうの?まさかと思うけどそれもおねえちゃん関係してたりする?」

 「まあ関係してるっていえばしてるような……わたしにもよく分からないの」

 「だって魔法の話まで出てるのよ?この世に魔法使いがいるって……しかもそれサイファーくんのお友達でしょ?」


 物事の伝わりかたは千差万別、人によって解釈が異なる……


 わたしとサイを巡る問題についての妹の理解もとうてい正確ではないけれど、どちらかと言えば非オタクである妹がこんな話をしているだけでも、いかに世間一般に「この問題」が浸透したか分かるというものだ。

 わたしはぜんぜん嬉しくないけど。


 そう、日本中、いや世界中が大騒ぎになってる。

 UFOが実在してるってだけで大事件なのに、その異星人はじつは異星人じゃなくて、しかも「良い方と悪い奴」に別れてる。

 そして「地球人を救うために」異星人と異世界人が暗躍してる。


 いやいや!地球人を救済しようとしているのはワシントンのミスターXことアダム・ワイアである!

 〈ハイパワー〉とやらと異世界人は地球を乗っ取ろうとしている敵だ!


 世論はこんな調子で絶賛分断中。


 こんな時に頼りになるはずのアメリカ合衆国は、イエス・キリスト様の再来とみなされてるアダム・ワイア氏によって大混乱。

 ワシントンD.C.がキリスト教原理主義者に占拠されてしまったため大統領はホワイトハウスに居られず、エアフォースワンで各地を転々としている。

 いまや武力革命寸前だという。

メイガンのNSA川越支部も今後の身のふり方で大いに困惑中だった。


洗面所のほうからですぴーが現れて、わたしと妹の会話が中断した。

 「ナツミ~、サバのみりん干し、まだあったっけ?」

 「あ、うん。あるよ~」

 妹は突然現れた大男に目を丸くしていた。いまの今まで部屋にはわたしとユイとユリナちゃんしか居なかったのだから無理もない。

 「エ~……」

 ですぴーは冷蔵庫から干物の束を取り出して立ち上がると、困惑する妹に軽く会釈した。

 「よお、ナツミの妹さんだな、はじめまして」

 「あ~、あなた……」

 「デスペラン・アンバーだ、よろしく」

 妹は椅子から立ち上がって一歩退いた。

 「デスペランて、あ、あなたテレビに出てた?あのデスペラン……」

 「そう、あのデスペランだ」

 妹がもの凄い形相をわたしに向けた。なんでそんな有名人がここに居る!?とその目が問うていた。

 んなこと言ったってサイファーとですぴーが友達だってことぐらい、みんな知ってるじゃん。

 まあ、伝聞とじっさいに見るのは違うんでしょうけれど。


 ですぴーが干物とビールの6本パックを持ってふたたび洗面所に行ってしまうのを、妹はガン見し続けた。

 黒猫のハリーがサッとですぴーを追いかけ、続いてユリナちゃんがその後を追いかけると、妹も慌てて洗面所に向かった。

 「ちょっとなにアレ――!」

 妹は、さっきまで存在してなかった洗面所の突き当たりのドアを見た。

 そのドアの向こう側に立ち去ろうとしてるですぴーと、その後を追うネコ、そしてやんちゃ娘までがそのドアに突進しかけてるのを見た。

 「まっ待ちなさいユリナ!」

 と言ってもユリナちゃんはどこでもドアを一度体験している。躊躇せずドアの向こうに飛びだしてしまった。ママが慌ててその後を追ったのでわたしも続いた。


 「ちょっ!なにここ!?」

 狭いアパートから一歩でラブラブアイランドの浜辺に出てしまったので、とうぜん妹は当惑していた。わたしのほうに振り返って言った。

 「どうして……こんな」なにをどう尋ねれば良いのかも見当つかないらしい。

 「だから、魔法なんだって」

 「ああ……」

 妹は不思議な空や大河、娘とネコが砂浜で追いかけっこしている様子、ですぴーの後ろ姿を見回した。

 「あの人、どこに行くの?」

 「ま、ちょうど良いから、ついて行ってみよう……ユリナ~?」

 「ハーイ!」

 ユリナちゃんがネコを抱えて戻ってきた。

 「お散歩するよ~」

 「おしゃんぽ!」

 ハリー軍曹がのたうってユリナの手から逃れ、ですぴーを追いかけていった。

 わたしと妹はユリナと手を繋いでそのあとに続いた。

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